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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 遠くでジークとハンナが話す声が聞こえた。

 それが少しずつ現実味を帯びてきて、テルマは意識を取り戻した。

 背中には柔らかいものが触れている。

 体に痛みはなく、匂いはそれなりに長く滞在した宿とハンナのものが混ざった居心地に良いもの。

 目を開けようとした時、ハンナの言葉が耳に飛び込んできた。


「……探索者、やめさせたほうがいいかしら?」


 心配そうな、不安そうな声色だった。

 テルマは目を閉じたまま、自分が何をしていたかを思い出す。

 五十階層で力を開放する訓練をしていた。

 焦りで武器の整備を怠った。

 連日の挑戦で心も体も疲れていたのかもしれない。

 とにかく、オーガに遅れをとった。

 剣が折れて、短剣を振り回しなんとか時間を稼いだ。やがて追い詰められて、短剣で攻撃を受け止め、壁に叩きつけられた。

 そこからの記憶はおぼろげだ。

 力が溢れてくるのがわかった。

 赤く染まった視界の中、目の前にいるオーガたちを力づくで屠った。確実にとどめをさして……、そして新たに現れた強い相手、ジークに襲いかかった。

 冷静ではなかった。

 今思えば何てことをしたのだろうと後悔しかないが、その時は目の前にいるものを全て殺さなければいけないと思っていたのだ。

 それが正しいと思っていたのだ。

 殺してしまう。

 自分を世話してくれたジークを殺してしまうと思った。

 体は止まらなかった。

 いつになく鋭く動く体が恨めしくて……、と記憶に残っているのはそこまでだ。

 気づけばここに寝ており、ジークはハンナと話をしている。


 制御できない力なんて、無い方がいい。

 自分のことしか守れず、他人を傷つけるだけの力などない方がいい。

 もしこの力さえなければ、全力を出すことを恐れずに戦うことができたのに。

 そう考えたテルマは、そこでようやく自分が力を恐れていたことに気がついた。

 怖がって目を背けているものをコントロール下に置くことなどできるわけがないのだ。

 自分はずっと力を使いこなせない。

 全力を出すこともできない。

 追い詰められれば誰彼構わず攻撃してしまう。

 ハンナの言う通り、探索者などやめた方がいいのかもしれないと思った。


 流石のジークだって、あの全能感あふれる状態の自分と戦っていれば怪我の一つや二つしているはずだ。

 それを確認するのが怖くて、テルマはじっと目を閉じて眠ったふりを続けていた。


 ハンナの不安に、ジークが「なぜだ」と尋ねる。

 いわば被害者であるはずのジークが、なぜかテルマに探索者をやめさせることを反対しているのだ。

 テルマにはその気持ちが理解できなかったが、ただ、まだ会話も謝罪もしていないのに、許されたような気がしてしまった。

 ジークは言う。

 決めるのはテルマだと。

 力を使う時は自分が見ていると。

 テルマは自分が守ると。

 そして、最後には勝手に塔に入ったテルマも悪いと、不満げな声を上げた。


 その不満の声が、逆にテルマを慰める。

 うまくいかないなら相談してよかったのだ。

 そして、大失敗してしまった自分を、まだ見捨てるつもりはないのだと。


 ただ事実を、思ったことを、そしてちょっとした言い訳を述べていただけのジークの言葉は、いつの間にやらテルマの心を上向きにさせることに成功していたようだ。

 ハンナが納得したところで会話が途切れ、ふと二人同時に眠っているテルマの方を見る。やけに規則正しく、そしてなぜか体に力の入ったテルマが目を閉じているのが視界に入った。


 狸寝入りはバレている。


「何を……」


 ジークが声をかけようとしたところで、ハンナがジークの口の前に指を立てて黙らせる。

 ハンナはそっと近寄っていくと、息を大きく吸ってからしゃがみ込み「テルマ!」と大きな声を出した。


「わっ!」


 体を跳ねさせて飛び起きるテルマと、それを見てしてやったりと笑うハンナに、ジークは何をしているんだと呆れ顔だ。

 ハンナとしては心配をさせた罰にちょっとばかり驚かせてやっただけであるが、テルマは叱られたのかと目を白黒させて硬直してしまっていた。

 よくないことをやったという後ろめたさがそうさせているのだが、それだけ反省の色が見えると言うことでもある。

 ハンナはしゃがんだままテルマに問いかける。


「怪我はない? 体に痛いところは?」

「な、ない……」

「そう。随分と無茶をしたみたいだけど、探索者はまだ続けるの?」


 テルマはまずハンナの様子を伺う。

 先ほどまでは不安で曇っていたハンナの表情だが、ジークと話したおかげで、今は落ち着いた母親の顔に戻っている。

 もちろんテルマを気遣う気持ちはあったが、無理にその手を引いて引き止めるようなつもりはもうなかった。

 テルマはそれからジークのことを見る。

 怪我の一つでもあるかと思っていたが、思ったよりもずっとピンピンとしていた。ポーションでも使ったのかもしれないと考えるテルマだったが、実のところは鎧袖一触にされただけである。

 テルマの力を間近で見たはずのジークは、まるでいつもと変わらなかった。

 仏頂面で、ただ泰然とそこに立ってテルマのことを見守っている。

 実力が認められて、成果が認められて人気になったからといって、この男は何一つ変わらない。助力を求められれば手を貸すし、危ないと思えば助けに行く。

 ただし余計な手出しはしない、いつも通りの不器用な男がそこにいた。


 でも一つ確認して、謝らなければいけないことはあった。これはけじめみたいなものだ。


「ジークさん、すみません」

「何がだ?」

「きっと怪我をさせたでしょう」

「は?」


 ジークは何も分からんとでもいうように首を傾げる。


「ほら、私が力を暴走させてしまったので、怪我をさせてしまったでしょうと。そんな私と、これからも一緒に塔に入ってもらえますか?」

「お前なんかの攻撃で怪我するわけがないだろう」


 そんな言い方はないんじゃないだろうか、と思う。いくら怪我をして悔しいからとはいえ、相手を貶すのはよくない。


「……強がらなくても」

「ちゃんと力を使えるようになれ。あの程度じゃ九十階層にも登れん」

「…………本当に」

「しつこい。弱いから早く力を使いこなせとずっと言っている」


 あの全能感。

 感じたことのない力の迸り。

 誰にも負けないと思えるほどの膂力、スピード。

 それを持っていたはずのテルマをジークはあっさり『弱い』と評した。


「せめて力を出している時も培った技術を使えるようにしろ」

「……なるほど、暴走状態で剣を使ってなかったからと言うことですね。流石のジークさんも力比べでは力を使っている私には勝てませんよね?」


 そう言うことならば納得だ。

 あの状態の力は、人を超越しているとテルマは確信している。


「いや、初めからわかっていれば力比べでも俺が勝つ」

「……流石に嘘ですよ」

「本当だ」


 テルマの疑いの目をジークはまっすぐに受け止める。

 接触した時、テルマは全速力で突撃し、全力で拳を放った。力の具合を測りかねていたジークは、その拳の動きをはっきりと目で追い、手首を捕まえて、ぬかるんだ地面を少しばかり下がった。

 そして続け様に放たれた左の拳は、その場でガッチリと受け止めてから足払いを仕掛けている。

 テルマの記憶にはほぼ残っていない攻防だが、その一瞬のやり取りで、ジークは、力を解放しているテルマが自分の敵ではないことを確信している。

 つまり、嘘でも強がりでもなんでもなかった。

 なんなら敵だと判断していたならば、最初の一撃の時点で真っ二つに切り捨てることすらできたはずだ。


 変なやり取りを横で眺めていたハンナは、意外とこの二人は仲良くやっているのだなと思いながら、テルマにもう一度尋ねる。


「それで、探索者は続けるの?」

「……続ける」

「そう。じゃあジークのいうことをちゃんと聞くのよ?」

「……はい」


 先ほどまでの問答のせいで、いろいろ迷惑をかけたのがわかっているのに、よく分からない悔しさのようなものがある。

 テルマには、なんとしてでも力を使いこなして、ジークを驚かせてやりたいという、今までにない別の目標ができてしまっていた。


 ハンナの横で舌を出して座っていた犬のジークが、くるっと横を向いてハンナのほおを舐めた。心なしか毛艶はよく、宿で良い暮らしをしているらしいことがわかる。


「この子のこともあるし、この街にしばらくいるのなら家でも借りようかしら。その方が安くつきそうだわ」


 立ち上がったハンナは、尻尾を振っている犬のジークの顔をわしゃわしゃと撫で回しながら窓の外を見る。


「そうだな」

「おすすめの物件とかないの? 十五年も住んでいるんでしょう?」

「探してみる」

「頼むわね」


 先ほどまで探索者を辞めるか続けるかの瀬戸際にいたのが嘘のように、穏やかな会話が交わされていた。

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ジークかわいい (いぬぅぅぅぅぅ)
ジークが15年間住んでた物件がこちらです(塔を指差しながら)
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