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そもそもジークは別に会話が得意なわけでも好きなわけでもない。
気の許せる相手に付き合うことくらいはできるが、それはジークが積極的に誰かと交流しようとした結果ではなかった。
ましてよく知らないやつらに囲まれて質問攻めにされることは、決して面白いことではない。
普通に返事はする。
普通に答えはする。
ぶっきらぼうであったり空気が読めなかったりはしても、なぜだか今日は周りから人がいなくならなかった。
それでいてどうも自分のことが特別好きなわけでもなさそうな奴らが、いつまでも周囲にへばりついている状況が、ジークにとっては、はっきり言って鬱陶しくて仕方なかった。
探索者たちはまだいい。
なにやら取材だとか交渉だとか言って、昼すぎから張り付き始めた奴らは最悪だった。最高層階に到達して云々とか、契約がどうちゃらとか、本当にどうだっていいことしか言わない。
「あの、すいません、ちょっといいですか」
そろそろ無視して塔にでも向かおうかと思った頃、一人の女探索者がやってきて、周囲にいる人たちの言葉を遮ってジークへ話しかける。女探索者の口は少しばかりへの字に曲がり不満を示していた。
文句ありげなくせに、ジークのことを怖がるように絶妙に距離を置いて、探るような目つきをしている。
「なんだ」
ジークが答えると、びくりと反応したが、果敢にも口を開く。
女探索者の腕を、魔法使いの少女が引っ張り「やめようよ!」などと言っているが、彼女は足を震わせながらもひこうとしなかった。
「ゆ、有名になったからって、テルマのことはほったらかしですか?」
「……どういうことだ?」
立ち上がって尋ねると、女探索者は怯えたように数歩下がったが、それでも言葉を続けた。
「な、何か悩んでるみたいで、もう三日続けて塔に入ってるんです、けど……」
「なんだと!?」
ジークは商人や記者たちを無視してずかずかと女探索者の下へ歩いていく。
「何階だ?」
「きょ、今日は五十階層って……」
五十と言った瞬間、ジークはそのまま横を通り過ぎて、乱暴にギルドの扉を開けて走り出す。
力を使えるようになれと言ったあとは、テルマの動きが悪くなっていることに気づいていた。いくら五十階層と言えども万が一はあり得る。
ジークは人ごみを縫うように走り塔までやってくると、まっすぐに転移の宝玉に触れて五十階層へと移動した。
準備なんかしていない。
ただ相棒の剣だけは背負っている。
幸いなことに五十階層からはそこここの壁が崩れ、場所によっては視界が開けていることもある。くまなく歩きまわり、時折見かけた探索者に、鬼の形相でテルマのことを見なかったか尋ね、最速で次の階層へ向かう。
五十四階層へ到着した時だった。
探索者のパーティがちょうど正面から帰ってくるところだった。
ぬっとあらわれたジークの顔を見て、彼らは「ひっ」と息を呑む。
「テルマを、金髪の、ソロの女探索者を見なかったか?」
「け、結構前にすれ違ったぞ。まだこの階にいるんじゃないのか?」
「どのあたりだ」
「あ、あっちの方だ」
地図を出す動作をしたら襲い掛かられるのではないかと恐れた探索者は、大体の方角を指で示す。
ジークはずかずかと近寄ると、相手に武器を構える隙すら与えずに肩に手をバンと乗せて「恩に着る」とだけ言って示された方角へと走りだした。
ジークが去っていった後、肩を叩かれた探索者はひきつった笑みを浮かべながら呟く。
「……ちびるかと思った」
「こええよ、誰だよあいつをいい奴かもって言ったの」
「いや、でもテルマって探索者のこと心配してきたみたいだから、悪い奴じゃねぇんじゃねぇのか?」
「あれが助けるって面か? 殺しに行くの間違いだろ……。どっと疲れた、さっさと帰ろうぜ……」
探索者がそそくさと塔から撤退する中、ジークは全力で走っていた。
道にあまり魔物がいないのは、さっきのパーティかテルマが倒したからだろう。
時折横から現れるオーガや、沼からぬぼっと飛び出してくる大蛙を、足も止めずに肉塊に変えながらジークは走り続ける。
やがてジークの耳は戦闘らしき音を拾い上げた。
聞こえるのは金属音ではなく、直接肉がぶつかり合う音。
テルマが剣を捨てて戦ったところは見たことがない。
最悪の光景を脳裏によぎらせながらも、ジークは迷うことなく音のする場所へと向かった。
そこでジークが見たのは、オーガの体にぼろぼろになったナイフを差し込み続けるテルマの姿だった。
ほぼ刃がなくなったナイフは、もはや何の役にも立っておらず、オーガの死体に直接拳をぶつけているような状況だ。攻撃を加える度に、テルマの手からも出血が見られ、もはや正気の状態でないのがはっきりとわかる。
首をねじられ、あるいは、何十と胸を刺され、もしくは口を大きく上下にちぎられた、とにかく凄惨なオーガの死体の山の上にテルマは立っていた。
今まさに最後のあばらを砕ききられて倒れたオーガの頭を、テルマが何度もストンプしてとどめを刺す。一人終われば倒れた他のオーガの頭を順番に、執拗に踏みつぶしていくテルマの動きは、あまりにも野蛮であった。
しかしそれは、武器を失った人が魔物を殺すためには必要な執拗さでもあった。
まるでジークが仇を取るために一人で塔に潜伏していた時の様である。
「テルマ」
とにかく命は無事だった。
相当に無茶をしたようだ。
どうやらその代わりに力は発揮できたようだが、褒められた行動ではなかった。
決して一人で塔には登らないように言ったはずだった。
それでも一人で入ってしまったのは、自分にいたらないところがあるからなのだろうと流石のジークも気が付いている。
どこが悪かったのかわからない。
しかし、話し合う必要があることだけはわかった。たとえそれがどんなに苦手であってもだ。
そんなジークの思いがこもった呼びかけに帰ってきた答えは、拳だった。
無言で歩き出し、やがて勢いをつけて走ってきたテルマは、ジークの顔面にたたきつけんとその拳を振るった。
明らかに正気ではなく、その表情はどこかうつろだ。
もしこれが力の解放なのだとするならば、とてもじゃないが塔の中で使うべき力ではない。
ジークは振るわれた拳の手首をつかんだ。
勢いがあるとはいえ、体重差は歴然だ。
だというのに、ジークの体がじりっと後ろへ下がった。
足元がぬかるんでいることを考慮しても、とてつもない膂力を発揮している。
例えるのならば、ジークの故郷であるアイオスの塔の九十階層に出てくる力自慢の獣人たちとも正面から遣り合えそうな怪力だ。
とてもテルマの体から出るような力ではない。
続けて放たれた自由な左腕から繰り出された拳も捕まえると、今度は蹴りを放とうと足元が不穏な動きを見せる。しかしそのどれもが、技術の伴っていない力任せの一撃でしかなかった。
ジークは片足が浮いたところでテルマの足を払う。
全身が宙に浮いた状態で力を籠めることは難しい。
ぐるりと横回転したテルマの頭が足の先に来たところで、ジークの癖の悪い足がもう一度動いてテルマのこめかみを蹴飛ばした。
もちろん殺す気はないが、あまりにも容赦のない意識の奪い方である。
ジークは常に持ち歩いているポーションを取り出すと、泥だらけで横たわったテルマの全身にすぐふりかけた。砕けた拳、受け止めた拍子に折れたであろう手首。あともしかしたらひびが入っている頭蓋辺りは重点的にだ。
殺す気はなかったが、ジークをして、骨を折るくらいには力を籠めなければならなかったのだ。今のテルマの身には余る、おかしな力である。
もしこの場に来たのがジーク以外の探索者であったら、テルマは取り返しのつかない過ちを犯していたことだろう。
ジークは思う。
だから全力を制御できるようになれと言ったのだ、と。
やることはこれからも変わらない。
持っている力は自在に使うことができなければ意味がないのだから。
その力の根源なんていうものは、ジークにとっては糞ほどどうでも良かった。
ジークはテルマを背負いあげると、そのまままっすぐに塔の外へ向かう。
ああそうだ、さっきテルマのいる場所を教えてくれた探索者には、ちゃんと礼をしてやらなければいけないな、と考えながら。




