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 ジークは翌日から塔にこもることを決めた。

 もともと街にいたってすることはさほどないし、ちょっとした宝探しをしながら塔をうろついていた方が幾分か有意義だ。

 ギルドが管理している受付に組合員である証明を見せて、誰と言葉をかわすでもなく、転移の宝玉の横を通り過ぎる。

 今回の塔入りにはテルマの様子を見るという目的があるのだ。

 いくら他の塔で高層階まで登っていようとも、新たに他の塔へ挑戦するときは一階からのスタートになる。つまり、テルマが来るまで一階で時間を潰していれば、自然とその動きを追いかけられるということになるのだ。

 周囲からの女の、しかも年端もいかぬ少女の尻を追いかけているように見られることは不名誉であるが、ジークは失うほどの名誉もないと開き直った。さりげなくついて行ったとしても、ある程度の実力者にはいずればれる。

 なにせジークは別に隠密が得意な探索者ではないのだ。

 それとは真逆の、真正面から敵をねじ伏せていくタイプである。


 数日中で過ごしていても、テルマはやってこない。

 それもそのはず、街に来て数日なのだからまずは街にある店や雰囲気を掴んだり、最低限の情報収集をしているのだ。

 テルマは実力に自信はあるけれど、それが絶対でないことを知っている。

 地元に住んでいる母親からはさんざん探索者になることを反対されたし、いざなってからはその心得を耳にたこができるほど言い聞かされている。煩わしいと思う時もあったけれど、心配性な母の言葉は、少しばかり行き過ぎではあっても間違っていることはなかった。

 テルマは母親の愛情を一身に受けて育った自覚がある。それも一つの愛情なのだろうと飲み込むことが出来たテルマは、よくできた娘であり、そう育てた母もよくできた母である。

 この街には母とよく話し合ってからやってきている。

 散々反対をされたのを押し切ったわけだが、少々ごまかしはあれども、家を飛び出してきたわけではない。

 何度も聞かされた心得を、また一から全部頭に叩きこまれてからの遠征だ。


 結局テルマが塔にやってきたのは、ジークが入ってから五日後のことであった。

 テルマは塔へ向かう時にふと、そういえばあれ以来一度もジークの顔を見ていないなと思う。そりゃあずっと塔にこもっているのだから見るはずもないのだが、そんなことはテルマにはあずかり知らぬことであった。


 ジークは普通の探索者とは違って、塔の中で暮らすことに何の抵抗もない。

 普通に火を焚いて、普通に眠ったり、出てくる魔物と呼ばれる敵を狩ったりして過ごしている。

 塔の低階層の多くは、迷宮じみた通路に、時折広いフロアで構成されている。

 妙な鳴き声を上げる緑色の肌で二足歩行の小人、通称ゴブリンだとか、けば立った毛皮を持つでかい鼠とかが出てくる。

 子どもなんかが入ったら大変なことになるが、一般的な膂力を持っている大人であれば、何とか戦えないこともないくらいの相手である。

 流石の他の塔で高層階に到達している者が、こんなところで危険な目に合うとは思えないが……、などと何度目になるかわからない思考をめぐらせながら、ジークは棒切れに差して焼いた肉にかぶりついた。


「ひっ」


 少し離れた場所から息を呑むような声が聞こえる。

 ジークはそちらに目を向けてから、そのまま肉を食いちぎって咀嚼した。

 ゴブリンではなく鼠の肉だ。貧しい暮らしをしている街の人でも、鼠くらいは捕まえて食らう。それほどおかしな光景ではないとジークは考えているが、新人の探索者にとっては恐怖映像だ。

 そもそも塔の中で捕まえた、どんな毒を持っているかもわからない、あまり清潔にも見えない鼠の肉を食らうのは、一般的な感性からはかなり脱線した行為である。

 もしやとんでもない固有の魔物にでも出会ってしまったのではないかと悲鳴を上げるのも無理ないことだ。

 事実は、ただ眉の短い三白眼の男が栄養補給をしているだけなのだが。

 そもそもジークが入り口付近で食事をしているのも良くない。

 ここから先は分かれ道になってしまうので、見逃すことのないようにという配慮なのであるが、ここ数日で塔にやってきた新人探索者は、一様にこの部屋を通ってぎょっとする羽目になる。

 変な探索者が入り口入ってしばらくの大部屋で暮らしていると、外ではすでに噂が広がり始めていた。


 火を焚いた後。

 肉の焼けた香り。

 無精ひげに、三白眼。

 一人で塔の中へ入ってきたテルマが見たのは、野人、ではなく、先日案内をお断りしたジークの姿だった。

 何をしているのかと、思わず声をかけそうになって、何とかそれを思いとどまる。

 よくわからない人物と塔の中で交流しても良いことなど一つもない。

 いくら低層階とはいえ、自分の命を狙ってくる魔物が生息している場所なのだ。

 母から授けられた心得によれば、君子危うきに近寄らずである。

 テルマがもっている情報によれば、ジークは高層階までの案内をすることが出来る実力者であることは確かだ。この低層階の探索において、最も警戒をするべき相手だと言っても過言ではない。


 テルマがじりじりとジークから距離を取ったまま、右の通路へ消えていくのを確認してジークは立ち上がる。最低限悲鳴が聞こえるくらいの距離を保ったまま後を追うつもりだ。

 しかしジークはテルマの装備を見て少しばかり安心していた。

 必要なものが最低限揃えられているようで、武器も中々質のいいものを使っている。

 若いのに高層階に到達しただけあって、そこらのイキリ散らしている中堅どころのような危なげがない。

 

 さりげなく足音に耳を傾けながら、ジークはテルマの後に続く。

 ジークは隠密が得意な探索者ではないが、追跡をしたり、僅かな跡から情報を読み取ることは苦手でない。それは探索者にとって塔で生き残るためのスキルでもあるからだ。

 少しくらい距離が離れていても、ジークはテルマのたどった道を見失うことはなかった。


 一階、二階、三階、と順調に進んでいく。

 残された魔物の切り口は鮮やかで、断面を見るだけでテルマの実力の一端を測ることが出来た。情報を得れば得るほど、ジークは勝手に感心して、勝手にテルマの評価を上げていく。

 もともと人から拒絶されたり陰口を言われることには慣れているので、案内を断られたくらいではジークのテルマに対する評価は下がっていない。やや無謀な正義感は持っているようだが、引くべきところは引けるようだし、正しいことをしようという心がけ自体は好ましい。

 良い若者だから、このまま順調に階層を上げていって欲しいと願いながら、ジークはテルマの後に続くのであった。


 結局テルマは一日で十階層までを難なく攻略し、転移の宝玉で街へと帰った。

 少しばかり遅れて街へ戻ったジークも、がらくたよりは少しはましくらいの戦利品を換金するためにギルドへ向かう。

 あれだけしっかりした探索者ならば、次の探索には数日間を空けるだろうと予測しながらも、ジークは翌日にはまた塔へとこもるつもりでいた。

 次は十一階層でのんびり生活の予定である。


「適当でいい」

「いいや、しっかり鑑定するね」

「良いから早くしてくれ」

「黙っていろ、仕事に口を出すな」


 いつもジークの戦利品を換金してくれるのは、眼鏡をかけた頑固そうな初老の男だ。他に頼むと妙な忖度をされてしまうことがあって、昔ウームに待ったをかけられたのだ。

 ジークだってずるがしたいわけではないのだが、相手が勝手にビビり散らしてしまうのだから仕方ない。

 この男は手際が悪いわけではないのだが、いい加減なことを絶対にしない。

 他が山のままざっくりするような鑑定も、一つ一つ手に取って素早く鑑定していくので、どうしても時間がかかるのだ。

 鑑定が終わるのを待つ間、ジークは考える。

 どうしてこう周りに変な奴ばかりいるのだろう。

 どう考えたって類は友を呼ぶの典型であったが、本人は面倒なことだと自分のことを棚に上げて思うのであった。


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