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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 反省会の後、当然の様にニコラから食事に誘われたジークは、まぁいいかと今日も二人きりでの食事会に付き合うことになった。一度受け入れてしまうとずるずるとそのままになってしまうは、ジークの人間らしいところである。

 機嫌のいいニコラに腕をとられて、この間とは違う個室のある店に入り、普通に食事をとる。


「どうかしら、ここは味付けがしっかりしてて、探索者には人気の店らしいのだけど」

「そうだな」


 そうだな、は同意の意味である。

 美味しいとか不味いとかではなく、確かに味付けが濃いなというのがジークの感想であった。

 昔から魔物の肉というゲテモノばかりを食べて育ってきたジークは、あまり料理の味に頓着したことがない。ギルドへ行ってもナッツばかりかじっているのは、なんとなく栄養がありそうだからというのと、待たなくても出てくるからという理由に過ぎない。

 仲間と共に過ごしていた頃のジークは、色々と食べ物を与えられたはずなのだが、持っていた感想は筋張って無くて食べやすいものが多い、というしょうもない感想だけだった。

 つまり、そもそもな話、美味いとか不味いとかいう概念がジークの中にはほとんど存在していない。

 念のため、臭い食べ物が好きなわけでもないし、味がついていないものが好きなわけでもない。つまり悪食ではないので、塔に入る時には調味料を多少持っていくようになったのが、辛うじてパーティを組んで以降に成長した部分である。

 実に店の選びがいがない男である。


 曖昧な返事が気になったニコラはもう一度質問を変えて尋ねる。


「口にはあうかしら?」

「食える」


 これはいわば二人きりのデートだ。

 ニコラがジークのために気に入ってくれそうな店を探して、メニューを選んで食べさせているわけである。そこで美味しいかどうか尋ねて『食える』と答えるような人間に、愛想をつかさないものがいるだろうか。


「……どんな味が好きなのかしら?」


 少し考えてから、さてはこの男、美味いとか不味いとかそもそも分かっていないなと、正解にたどり着いたニコラが発した質問がこれだった。

 普段からジークがナッツをかじってばかりいるのを見て、よく飽きないなと思っていたニコラだから気づけたことだろう。

 そしてジークが答える前に、続けて言う。


「いえ、そうね……、ちょっと待ってて!」


 席を立ったニコラは、部屋から出ていくと外に待機していた店員に、今日のメニューの変更を頼む。コースのような料理ではなく、種類豊富な食べ物を用意してほしいとお願いしたのだ。

 そうして戻ってきたニコラは、満足げに席についてジークを指さす。


「今日はジークさんが好きな食べもの探す日にします」

「好きなものを食え。俺は別に何でもいい」

「私が探したいからやるの」

「……そうか」


 ジークにはニコラが何を楽しんでいるのかさっぱりわからない。

 ただなんとなく、自分といることが嫌ではないのだろうということだけはわかった。折角出来た友人なのだから、その意思を尊重してやりたいという気持ちもなくはない。

 だからこの日は、ニコラに勧められるままに食べて、どっちが好きかという質問に答え続けた。

 結果ニコラがわかったことは、ジークはどうやら酸味の強いものやどろりとした食べ物があまり好きではなさそうということである。

 予定とは違う食事会になってしまったものの、帰り道のニコラは随分と満足げな表情をしていた。ジークにはなぜニコラがそんな顔をするのかやっぱりわからなかったが、ご機嫌に鼻歌まで歌っていたので、つい珍しく質問してしまう。


「楽しかったのか?」

「ええ、もちろん」


 先を歩いていたニコラが振り返った。

 すっかり暗くなって、月明かりを背負っているというのに、その表情が想像できてしまったジークは、ほんの僅かに口元を緩め「そうか」と呟いた。


「家まで送って行ってくれる?」

「そうだな」


 ジークが答えると、ニコラはまた横に並んで腕をとる。

 とっさに動き難そうだなと思ったジークだったけれど、なぜかそれを口に出すことははばかられた。それを言ったら笑っているニコラの機嫌が悪くなるような気がしたからだ。

 普段のジークからは考えつかないようなまともな発想だったが、今夜のジークはなんとなくその考えに従ってみることにしたのだった。



 シーダイの街の大通りを、大きな犬を連れた女性が歩いていた。

 その犬は大きく、真っ白で、長い毛に隠れているその目はまるで狼のように鋭い。しかし攻撃的であるかというとそうではなく、常に横を歩いている女性の方を窺いながら、楽しそうに尻尾を振って歩いている。

 女性は適当な店を見繕うと、肉や野菜をたっぷりと挟み込んだパンを購入して店主に尋ねる。


「探索者ギルドってどっちかしら?」

「ん、他所の街から来たのかい? このまま通りをまっすぐ進めばでかい建物が見えてくるからすぐわかるよ。近くに行きゃ探索者っぽい奴がうろついてるしな」


 店主は丈の長いワンピーススカートに白いハットをかぶった女性が、なぜそんな場所のことを聞くのかと内心首をかしげながら、準備のできたパンを紙に包んで手渡す。


「はいよ、あんたみたいな上品な人は、絡まれないように気をつけてな」

「あら、上品だなんて、ね、ジーク」


 女性は店主の忠告に喜びながら、紙をバリバリとはぐと、口を大きく開けてパンにかじりついた。ぼろりとこぼれた野菜を、足元にいる大きな犬が口をパクリと動かし器用に食べている。

 どうやら女性の口にはパンが大きすぎるようだが、座って気をつけながら食べればここまで具材を落としたりしないはずだ。どうもこの女性は、上品な身なりをしている割に、外で食事を食べ歩くことに随分となれているようであった。

 あれおかしいぞと感づいた店主は、振り返って歩き出した女性の腰に、大ぶりのダガーが合計五本もおさまっているのを見て納得をした。

 こりゃ、おしゃれしてきただけで、探索者関係の人間だな、と。


 その女性はまっすぐに探索者のギルドを目指して歩く。

 途中の食べこぼしは、綺麗にジークと呼ばれた犬がキャッチして食べていた。

 ギルドへ到着するころには食事を終えた女性は、紙くずを丸めて荷物の中に突っ込み、指に着いたソースをぺろりと舐めた。


 そうして犬を連れたままギルドへ入ると、ぐるりと中を見回して、椅子に座ったままぴたりと固まった目的の人物を見つける。女性そっくりの綺麗な金色の長い髪をしたその少女は、少し年上の非常に整った男性と一緒の席に座っていた。

 女性は「あら……」と呟きながらも、まっすぐに少女の下へ向かう。


「テルマ、ちょっと時間良いかしら?」

「……はい」


 ハンナは、目を合わせようとしないテルマを見ながら、笑いをこらえながらも厳めしい表情をしていた。

 いろんな人の協力の元成長したテルマは、自分にはもったいないくらいに良い子に育ったとハンナは考えている。手紙ではちょっと厳しいことを言ったから、到着するまでに随分と反省しているだろうとは思っていたのだ。

 今の態度を見てそれを確信して、怒るような気はすっかり失せてしまっていた。


「……もしかして、テルマさんのお母さんですか?」

「ええ、ハンナと申します」


 ハンナは同じテーブルにいる男性――ヴァンツァーとその仲間をさっと観察して感心していた。

 かなりやり手の部類だ。

 まだ街に来て二カ月とたっていないのに、これだけの関係を築くことができているのは大したことである。娘を褒めてやりたい気持ちをこらえながら、ハンナはにっこりと笑ってヴァンツァーに尋ねる。


「テルマを借りてもいいかしら?」

「もちろん、どうぞ」


 ヴァンツァーもにっこりと笑って応える。

 もしやって来たならばもとよりそうするつもりだった。

 しかしハンナは、きれいな金色の髪以外はあまりテルマと似ていない。

 身長はテルマの方が高いし、テルマが凛々しい顔つきをしているのに対して、ハンナは小動物系の可愛らしい顔つきをしていた。

 見た目も若々しく、少し年の離れた姉妹だと言われても疑う者はいないだろう。


「……ママ、怒ってる?」


 その質問がもうかわいらしくて、ハンナはうっかり相好を崩しそうになったが、何とかそれをこらえてきりっとして見せる。


「ええ、もちろん」

「ごめんなさい」

「……話は場所を変えてしましょうか」


 ぷいっと振り返って歩き出すハンナの後にテルマがとぼとぼとついて行く。

 テルマは目を合わせられないから気づいていないようだが、傍から見ればハンナがそれほど怒っていなさそうなことを悟るのは至極簡単なことであった。

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