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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 ジークがシーダイの塔に来た頃の話は、段々と関係ない話へと推移していった。最終的に身内だけで盛り上がり始めたところで、テルマは酒代だけを置いてそっと席を立った。

 聞いてしまった以上少しは払っておくかというテルマの気遣いだが、酔っぱらった男たちは気づいていないようだった。


 数日後、二人は再び六十階層に登ることになった。

 前回からの学びと、収集した情報のお陰か、より効率のいい動きで魔物を屠っていくテルマであったが、ジークから見るとやはりどこか全力で戦うことを避けているようにも見える。

 常に全力で戦うことばかりが正義ではない。

 最低限の力で素早く難局を乗り切るということが大事なのだ。

 しかし、体力を温存しようとするあまり、全力でやれば一撃で倒せる魔物に、二撃三撃と加える必要があるのでは意味がない。

 意味がないどころか、その隙を狙ってくる魔物なんて高層階へ行けば行くほど増えてくる。他にも、虫系の魔物を相手取った時などは、無限に湧き出してきて物量に圧倒されてしまうことだってある。

 全力というのは、必要な時にいつでも出せるように制御できてこそ意味があるのだ。隠していて使わないのでは、いざという時には役に立たない。


 一日を乗り切れば、塔の中で一晩を過ごすための準備が始まる。

 周囲に鳴子を張り巡らすのはテルマで、ジークは干し肉をかじりながらそれをじっと観察して、最後に一言だけ投げかける。


「上からも来るから、それだけを信頼するのはやめろ」

「あ、そうですね」


 テルマは視線を上へ向けるが、大樹に阻まれておりあまり空は見えない。

 上層階へ来ると魔物のバリエーションが増えてくる。

 木の上を移動する魔物や空を飛ぶ魔物もいるようになってきて、ますます塔の中で夜を明かすのが危険になる。睡眠時間を確保するためには普通交代で休み時間を作る。だからこそパーティを組むことは有用なのだ。

 ソロで高層階に潜っている者が少ないのは自明の理であった。

 テルマはアイオスの街でも高層階に挑戦していたはずだが、それでもジークに注意されたのは、出現する魔物の違いによるものである。アイオスの塔の魔物は獣人型と呼ばれるものが多く、更なる高層階へ登らない限り、空から襲ってくるものがいなかったのだ。


 上空の対策がとれていないことを気にしながら、テルマはジークの近くまでやってきて、同じように携帯食をかじり出す。もくもくと栄養補給を済ませながら、テルマはいくつか浮かんできている、ジークに聞きたいことを頭の中で整理していた。

 

 固めたクッキーのようなぼそぼそとした栄養食を水で喉に流し込んだテルマは、木に寄りかかって目を閉じているジークに話しかける。


「普段の警戒はどうしてるんですか?」

「塔の中に出てくる魔物には探索者に対する明確な殺意がある。それをむけられれば大体気付く」


 なるほど参考にならない答えだ。

 聞き方を間違えたとテルマは質問し直す。


「普通はどうしてるんですか?」

「警戒の魔法を使うか、パーティを組んで見張りを立てる」

「なるほど……」


 つまりソロで潜るなということである。

 ソロで塔に潜っているジークが言うからこそ説得力はあるが、じゃあお前は何なんだという話だ。


「……殺意というのにはどうしたら気付けるようになりますか?」

「塔に住んでれば勝手に身につく」


 何言ってんだこいつ、とテルマは思ったが、ジークは嘘を口にしない。

 まさか本当に塔に住んでいたのかと聞こうとしたところで、珍しくジークの方からもう一度言葉が飛んできた。


「塔には住むな。危ない」


 守らなければいけないのに、勝手に塔に住み込まれては困る。

 余計なことを言ってしまったと気づいたジークは、ちゃんと面倒くさがらずに訂正の言葉を伝えたのだった。

 テルマは素直にジークの模倣をすることは諦める。

 じゃあ最初から言えと突っ込みたいところだが、ジークなりに自分の身を心配しての忠告だと理解しているからすぐにイラつきもおさまる。


「わかりました、魔法を身につけるか他の方法を探ります。それから、この間ヴァンツァーさんが言ってた侵蝕、というのは上層階の魔物が下りてくることで間違いありませんか?」

「そうだ。最近増えてるから気をつけろ」

「気を付けてもどうしようもない気がしますけど」

「見慣れないのがいたら逃げろ。特に何か喋っているようなのがいたら絶対にだ。あと一人で塔に入るな」


 なんだか随分と過保護にされている気がして、また先日の疑いがテルマの脳裏によぎる。すなわち、テルマの母親の旦那、実は死んでなくてこの街で探索者をしている説、の該当人物であるという疑いだ。

 しかしどう見ても小さくてかわいくない。

 そこだけが当てはまらないし、そこは結構重要なポイントだとテルマは考えている。

 あとジークが自分の父親なのはなんとなくちょっとだけ嫌だった。

 自分の母がこの男に恋をしている姿が想像つかないのだ。

 怒って頭をひっぱたいてる姿ならちょっと想像がつく。それこそせめてジークがもう少しかわいらしいサイズであればの話だが。

 それでもテルマは念のためジークに質問を投げかけてみる。


「……この間ギルドでジークさんの話を聞きました。他の街でも探索者をしていたそうですね」


 ジークは答えない。

 自分が口下手だと知っているからこそ、真実に繋がりそうな危険な話題に返事をする気はなかった。


「もしかしてそれって、アイオスの街とかじゃないですか? というか、ハンナっていう探索者のこと知りませんか?」


 目をつぶったまま寝たふりをしてやり過ごそうとしているジークだが、無視をすればするほどテルマは不審がる。


「もしかしてジークさんって、私の父親とかってこと……」

「絶対に違う。くだらないことを言ってないで休め」


 テルマはジークがぽんぽんと嘘をつくほど器用な人間ではないだろうと判断している。そのジークが絶対という言葉を使うのだから、やっぱり予測は外れているのだろうと納得をした。

 しかし、くだらないこととは失礼だ。

 テルマにとっては、怒ると怖い母親をうまいこと誤魔化してまで探しに来たのだから、そんな風に軽く扱われるのは心外だった。

 そこまで考えてから、もうそろそろシーダイの街に母がやってくることを思い出す。

 忙しくして忘れよう考えないようにしようとしていたのに、余計な質問をしたせいで思い出してしまった。確かに塔の中の油断してはいけない場所でする話ではなかったとテルマは反省する。


「くだらなくはないですけど、休みます」

「そうしろ」

「くだらなくはないですけどね」

「うるさい、わかった」


 二人が会話をやめれば、森の中はしんと静まり返る。

 塔の中だというのに、虫の声や不気味な叫び声が聞こえてくる中、テルマは気を張ったまま目を閉じて、体をしっかりと休めるのであった。


 それからはテルマも余計な質問をすることをやめた。

 納得したり、聞きたいことがなくなったわけではなく、単純に母親がやってくるという事実から目をそらすためでしかなかったが、とにかくジークの希望通りになったわけである。

 順調に七十階層まで到達し、塔の外へ出る。

 外では顔なじみの番人であるオルガノが出迎えて、二人が一緒であるのを見て笑った。


「仲良くパーティしてるみたいですね、ありがとうございます」


 オルガノはテルマの方を向いてお礼を言う。

 どちらかと言えば見守ってもらっているのはテルマなのだから、ジークが礼を言われる方が正しいはずだ。いや、それにしたって意味が分からないけれど。

 不思議そうな顔をするテルマを見て、オルガノは笑いながら付け足す。


「いやほら、ジークさん前より元気そうなので。テルマさんのお陰かなと」

「……変わらないと思いますけど」


 振り返ってみてみると、相変わらずの仏頂面で余計なことを言っているオルガノを睨んでいる。いつもより少し怖いくらいだ。


「おい」


 ピリピリとした雰囲気のままジークが声をかけたので、大丈夫かなとテルマは様子を見る。


「何でしょう?」


 しかしオルガノは肩の力を抜いたまま問い返した。

 テルマよりもずいぶんと付き合いの長いオルガノである。

 これくらいのことでジークが怒りださないことはよく知っている。


「侵蝕の話がギルドからちゃんと伝えられることになった。以前より活性化してるから番人たちも気をつけろ」

「……それ、俺に伝えていいんですか?」

「知らん。他の奴に伝えるかはお前が決めろ」

「またそうやってよくわからない話を……。でもわかりました、ありがとうございます。それとなく気を付けるように伝えておきます」


 話が終わるとジークは挨拶をするでもなくふいっと視線を逸らして歩きだす。

 放っておくとまたこのまま風呂へ向かって宿へ帰り、次に塔に入るまで好き勝手過ごすつもりだ。


「ジークさん、今回も反省会お願いします」

「いつだ」

「明日の夜に」

「わかった」


 折角パーティを組んでいるのだからもう少し向こうからも話しかけてもいいのではないかと思うテルマだったが、そこへオルガノから声がかかる。


「ホント、随分君のことを気にしてるみたいだね」

「……そうですか? まるで興味なさそうですが」

「ま、不器用な人だからね」


 俺にはわかる、みたいな態度にテルマはなぜだか少しだけもやっとした気持ちを抱える。自分がパーティの仲間なのにという、一種の独占欲的なものだったが、テルマはその原因にまでは気づかない。


「そうですね」


 とりあえず自分だって理解しているんだぞ、と示すためにもオルガノの言葉に同意したテルマは、自分の感情に首を傾げたまま、足早に自分のとっている宿へと向かうのであった。

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