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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 各地の七十階、八十階という階層を効率的に回るためには、パーティを組むことは良いことだ。経験を積むことで互いのフォローをすることが出来るし、いざという時の生存率も段違いに上がる。

 特に、探索をメインに行う場合にパーティは有効になるだろう。

 ただし、攻略を行う場合においてはそうとは限らない。

 

 塔に挑戦するものの一部には、アイテムを探すことではなく、高い階層に挑戦することを主目的にしている者がいる。これはごく少数ではあるがどの街にも存在していて、金や名誉は十分すぎるほど手に入れた者の末路としては珍しくない。

 そうして貴重な高層階探索者は個性と我の塊のような人物が多く、大抵がいつの間にか音信不通となってしまう。高層階探索者たちの中には、それを塔に食われた、と表現する者もいる。

 そんな個人主義者ばかりの世界で、このヴァンツァーという青年の存在は非常に貴重かつ有用だ。後進の育成はするし、定期的なアイテムの納入もしてくれる。人当たりはよく無茶な要求はしてこないし、ギルドや研究者への協力も惜しまない。

 もしヴァンツァーが美形でなかったとしても、そんなことは関係ないくらいに各都市からは引っ張りだこになっていることだろう。

 攻略を主にする者たちからはいけ好かない奴と思われることもあるようだが、そんな万人に一人のマイナス評価などあってないようなものである。

 

 そんなヴァンツァーは今、九十三階層で苦戦を強いられていた。

 この辺りに来るともはや現れる魔物の種類も豊富になってくる上に、なぜか外部からの侵入者に対して手を組んで反抗してくるから厄介だ。生態系として、おそらく普段は捕食者、被捕食者の関係にあるようなものまでそうなのだから手に負えない。

 ヴァンツァーを今襲っているのは、種の銃弾を飛ばしてくる植物と、木の上から急襲してくる爪が鋭く、人と変わらぬ大きさをした猿。それに破裂するシャボンのような魔法を飛ばしてくる妖精である。

 シャボンの動きはゆっくりで、躱すことは難しくない。

 ただし丁寧に動いていると、種から狙い撃ちをされるし、猿はシャボンのないところにヴァンツァーが来るのを見越して襲ってくる。

 それでも器用に確実に前に進み、まずは数の少ない妖精から処理を試みるヴァンツァーであったが、どうしても時間はかかってしまう。

 少し距離を詰めるとまた新たに別の方向から種が飛んでくるので、その都度状況を把握し直さなければならないのが歯がゆかった。命までは落とさないけれど、確実に体力を消耗する戦いである。

 ヴァンツァーが額から汗を流しながら少しずつ攻略しているのに対して、同じくそれほど離れていない場所ですべてに対応しているジークは涼しい顔をしていた。

 襲ってきた猿を、いつも使っているかなり大ぶりな剣を振るい迎え撃つ。

 ジークの剣は他では見たこともない特殊な形をしている。

 塔のどこかで手に入れた代物らしく、片刃で幅広の剣であり、先端が鉤のような形になっているのだ。

 ジークは襲ってきた猿の毛皮にその鉤の部分をひっかけると、叫び声をあげるのを無視してそのまま振り回してシャボンにぶつけていく。

 このシャボン、どんな仕組みかわからないが、剣で切っても割れないくせに、生き物にあたれば破裂するのだ。その衝撃はすさまじく、猿の体は次々と削られていくのだが、それでもジークの剣を持つ手はぶれもしない。

 とてつもない膂力で周囲のシャボンを破壊しきった時には、剣の先にぶら下がっているのは本当に毛皮の一部だけとなっていた。

 それからジークはおもむろに体を低くし、剣を横なぎにする。

 飛んでいった斬撃はいくつかの種をはたき落として、その発生源である植物もまとめて真っ二つにぶった切った。関係のない木々もいくつか倒れたところで、ジークの隙を狙っていた猿たちが叫び声をあげながら逃げて行く。

 そこに放たれた二撃目の飛ぶ斬撃は、逃げて行く猿たちの背中に血の華を咲かせた。

 

 高層階の魔物たちはそれなりに賢い。

 もはやジークに襲い掛かる者がいなくなった場所で、ヴァンツァーは自分なりのやり方で、時間をかけて確実に敵を処理し、数分後にはかすり傷ひとつ負わずに無事難関を乗り切った。

 しばし周囲の警戒をして、確実に何者も襲ってこないことを確認してから、ヴァンツァーは腰につけていた水筒のふたを外して喉に流し込む。

 

「っああ! やっぱきついなぁ」

「よく動けてる」

「ジークさんがいなかったらかすり傷くらいは負ってるだろうし、倍以上時間がかかったはずだよ。……やっぱこれじゃ九十四階層はきつい?」

「一人で行けば危ないこともある」

「……だよね。やっぱ僕も攻略に集中するべきかな」

「好きにしろ」

 

 腰を下ろして一休みしながら雑談の時間だ。

 流石のヴァンツァーも、街にいる時のような余裕はない。

 ヴァンツァーはこれまでに幾度かジークにこの階層での戦いを見てもらったことがある。

 パーティを組むことは断られ続けているし、今回のように案内をしてもらったこともなかった。だから一緒に塔に入ったことはなかったが、たまたまジークが同じ階層にいたことがある。

 頼んでもいないのにジークが同じ階層にいるというのは、つまりそういうことである。

 

 ヴァンツァーはジークの戦い方を見れば見るほど、自分は攻略に向いていないとわかっている。世界に自分の探索が求められていることは十分に理解しているし、同じくらいの階層に挑戦している攻略組たちには、決して出来ない社会貢献をしている自覚だってある。

 適材適所というならば、ヴァンツァーは今まで通りにアイテムを納入し、研究に協力する探索者の活動方法を続けるべきなのだ。

 わかっていながらもジークに『攻略に集中すべきか?』なんて問いを発するのは、ひとえに憧れによるものでしかなかった。

 

「冗談。今まで通りに頑張るよ。僕には才能がないからね」

 

 余計なことを言ったなと思いながらも、ヴァンツァーは言葉を撤回しなかった。

 下層階で足踏みしているものたちの前でこんなことを言ったら、流石のヴァンツァーでも顰蹙を買うことだろう。

 それでも、思わずポロリと言葉が漏れてしまうくらいには、ヴァンツァーはジークとの実力の差を強く感じていた。

 慰めなんか一切期待していなかった。

 

「……十分だろ」

「ジークさん?」

「お前は誰も不幸にしない。俺はその方が羨ましい」

 

 物心ついた時から余計な者扱いで、塔に消耗品のように放り出されたのが始まりだった。

 居場所を与えてくれた人は自分のせいで死に、生き残った人を不幸にした。

 愚かだった若い自分の姿に重ねて、見ていられないからという身勝手な理由で人の挑戦を邪魔し嫌われてきた人生だった。

 嫌われているくらいで丁度いいと思っていた。

 何かのきっかけで好いてもらえたとて、塔にはいれば守れないことだってある。

 また失くすことは怖かった。

 それならば、最初から何も持たないほうがいいとすら思っていた。

 

 ヴァンツァーやニコラが好いてくれていることはずっと知っていて、誤魔化しながらやってきた。

 誰とも深く関わってきていないならばともかく、テルマと関わっているのに二人を拒絶し続けるのは悪いことであるように思えてしまった。

 

「ヴァンツァー、お前は死ぬなよ」

 

 ヴァンツァーは何度か瞬きしてから笑った。

 

「知ってるでしょ。ジークさんに助けてもらって以来、ずっと手堅くやってきたの。死なないよ。死んだらジークさんにアプローチできなくなるし」

「俺の知り合いの中じゃ、お前が一番死にやすそうだ」

「……怖いこと言うのやめてよー」

「無理するな。困ったことがあれば言え、多少なら手を貸してやる」

 

 本当に今日は良くしゃべる。

 ヴァンツァーは、言葉がすっと心にしみ込んでくるのを感じながら、浮かれる気分をごまかしながら笑う。

 

「じゃ、結婚……」

「帰るぞ」

「え、え、冗談。もう言わないからもうちょっと!」

「嫌だ、帰る」

「そんなー」

 

 どちらにせよこの階層に来てからもう二日。

 戦いの中で、ヴァンツァーの呼吸が乱れるのが少し早くなってきていた。

 あと何度か戦闘を繰り返したら、それこそ手を貸してやらなければ、かすり傷くらいは負うようになるだろう。

 万が一はぐれるようなことがあって、四肢のどこかが使えなくなるような怪我を負ったならば、そこから命を落とすところまではもう一直線だ。

 冗談抜きで帰り時である。

 

「まぁ、仕方ないか」

 

 できて後一戦。

 そこで余裕をもって退散を申し出ようと思っていたヴァンツァーは、しつこく追いすがることはせずにジークの後に続くことにしたのであった。

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こんなん悪食じゃなくても惚れちゃうわよ!
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