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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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「いやー、久しぶりだね」

「ご用件は何ですか?」

「元気にしてた?」

「待っている方もいらっしゃるので、用事がないのなら早くどこかへ行ってください」

「ところで僕は昨日、ジークさんとお食事をしてきたよ」


 シーダイの探索者ギルドでは有名な話がいくつかある。

 例えば、謎の高層階探索者がいるとか。

 例えば、強面の悪漢がいるとか。

 例えば、男の趣味が悪い美形兄妹がいるとか。


「そうですか」


 ツンと澄ました様子で返事をするのはニコラで、アレっと首を傾げたのはヴァンツァーだ。いつもだったらこの一言で台パンが出てもおかしくないのに今日は妙に冷静だ。


「なんかあった?」

「……食事くらいだったら、この間私もしてきました」

「……へ、へぇ、なに? ウームさんとかと一緒に?」

「いいえ? 二人きりで個室でしたけど?」


 ヴァンツァーが両手を受付について顔を寄せる。


「どういうこと? え? なんて名目で?」

「……デートですけど?」

「あー、嘘だね、それは嘘」


 ほんの一瞬のためらいを見破ってホッとする顔をするヴァンツァーと、悔し気に舌打ちをするニコラ。双方いつもとは少しばかり様子が違う。

 少しばかり反抗的な様子に、ヴァンツァーは早々に第二矢を放ち勝負を決めにいくことにした。


「僕はね、なんと今度一緒に塔に登ってくるんだよ!?」

「な、もしかして、パーティを組むんですか!?」

「……ん、そう、そうだね」

「はい、嘘ですね、嘘」


 同じくすぐさま嘘を見破ったニコラはホッとした顔を見せてから追撃をする。


「どうせ調査とかの名目でしょう。いつも情報共有だとか調査だとか、兄さんはそんな言い訳ばかり。そんなことしてるから、妹に先を越されるんですよ」

「な、何? 先を越すって何さ」

「……私、実はこの間、ジークさんと宿で一晩を過ごしました」

「はぁあああ!? 何を! どこまで!?」

「…………なんか、もう、全部です」


 この妹、モテるくせに兄とは違って初心なものだから、そんな嘘は一目で見破られてしまう。かわいらしいけれど少し残念だ。


「……あ、ふーん。どうせ酔い潰れて介抱されたとかでしょ。それでもずるいんだ、あー、ずるい、ずるいな。僕も酔い潰れたら介抱してもらえるかな」

「パーティ仲間に任されると思います」

「だよねぇ」


 気づけばだらりと喋り込んでいる二人だが、セットになると鑑賞にも値する絵面を邪魔しにくるものはいない。


「でも兄さんはいいですね。一緒に塔に登れるのなら、私も探索者を続けていればよかったでしょうか」

「どうかな。かわりにニコラは、ジークさんが帰ってきたらいつでも出迎えられるでしょ。喋る機会だって多いし。僕なんて最近あちこちの街に出張しててさ、ニコラの方が羨ましいよ」


 互いにないものねだりをして、同じタイミングでため息をつく。


「そういえば知ってる? テルマさんっているじゃない。あの子のお母さんが今度街に来るらしいよ? 多分ジークさんがいつもお金送ってる相手だと思うんだけど……」

「え、本当ですか? ……ちょっと、その話詳しく聞きたいです。仕事が終わったら時間を作るので聞かせてもらえます?」

「僕もそう思ってた。ちょっと情報共有しておこう」


 互いに真剣な顔で相談しているが、内容は片思いの相手の個人情報の交換会である。碌でもない。



 美形兄妹が楽しく噂話をしている間も、ジークは塔に篭っていた。テルマが来てから長年作り上げてきたルーティンのようなものが狂ってきていて、どうも塔にいる時間が少し短くなっている。

 それを補うかのように、ジークは九十五階層を剣を振りながら走り回る。

 四方八方から伸びてくる蔦は、ジークの四肢を捕まえて拘束するのが目的ではない。そのまま引き裂くのを目的とした恐ろしい植物だ。

 それを操っているのが幾重にも蔓が巻き付いた木のうろに隠れている妖精で、時折隙を見ては魔法を放ってきていた。

 そのたび剣で地面を削り礫をぶつけてやることで、ついには顔を出さなくなったので、あとは鬱陶しい蔓をぶった斬りながら巨木に近づき、それを切り倒し、出てきた妖精を真っ二つにするだけである。

 そう、ジークにとってはだけであるが、この凶悪な環境で半日生きていられる探索者は、街でも片手で収まるほどしかいないだろう。

 ようやく大木の根元に辿り着いたところで、ジークは大きく後ろに回避をすることを余儀なくされる。


 鬱蒼とした木々の隙間から、風の刃がいくつもいくつも飛んできたのだ。ケラケラと笑う小さな妖精たち。

 空を飛んだまま、群れで魔法を放ってくるそれらは、通常九十五階層には現れないはずの魔物だった。

 ジークは舌打ちをすると、体を低くし、剣先を下に向けて構え、溜めた力を一気に空に向けて解放する。

 それは魔法ではなかった。

 空間を切り裂く巨大な斬撃が、空にいる妖精の3割ほどを切り飛ばす。光を反射して七色に輝く羽が、赤く染まり森に降り注いだ。

 そのわずかな間に、切り払ったはずの蔓がまた生えてきており、ジークの手足を引き裂こうと迫ってきている。

 九十階層後半は、とても人が生きるような場所ではない。もはや人ではなくなりかけている何かが、命をむき出しにして行進する場所でしかなかった。


 丸三日ほど命の奪い合いに勤しんだジークは、やや気持ちをピリつかせたまま塔を出る。顔馴染みでない番人の前を素通りして、汚れた体を風呂で洗い流し、隙間風だらけの宿へ帰って目を閉じる。

 テルマと知り合ってから、昔の夢を見ることが増えた。

 決まって楽しかった頃の夢を見るのだが、最後には仲間たちが命を落とすところとか、テルマの母であるハンナから「一人にしてほしい」と言われた時の景色で夢は終わる。

 街を出る時にハンナとの共通の知人には、絶対に自分の情報を漏らすなと強く言ってきた。自分が死んだと思われていたなら、ジークはもうそれでいいと思っていたからだ。

 遺品は偶然見つかったことにして貰えばいい。

 それでもジークが匿名で金を送り続けたのは、ハンナに娘が生まれていたと知ったからだ。近くで守ることは叶わない。死んだテルマの父との約束は守れないけど、せめて不自由ない生活だけでもと考えてのつもりだった。

 では実際にはどうかといえば、ジークの送金はあの母娘にとって特に役立ってはいない。冷静に考えれば分かりそうなものだが、テルマの父親は若くして塔の高層階に挑戦する高給取りだったのだ。

 そしてそれは、妻でありパーティメンバーであるハンナも同じだ。普通に生きていくだけならば一生困らないほどの財があった。

 世間知らずながらもジークはそれを知っていたはずだ。それでも気付かぬふりで金を送り続けていたのは、ハンナとの、かつての仲間たちとの繋がりを、断ち切りきれなかったからに他ならない。

 そんなジークのもとにテルマが現れれば、気持ちを乱されるのは当然のことであった。

 時折面影のある言葉、仕草、表情は、ジークが頑なに絶とうとしてきた他人との関係を氷解させつつある。

 それでも、ハンナとの関係が解決しない以上、ジークはまだしばらくの間、モヤモヤとした時間を過ごし、悪夢を見ることになるのだろう。




「私が聞いたときは、知らないって言いましたよね?」

「いや、そうだったかな?」

「誰から送られてきているか聞いた時も、そう言いましたよね?」

「まぁ、実際よくわからなかったしな。あれは匿名でお前宛に送られてきているものだ」


 五十代に差し掛かろうかというロマンスグレーの男と、顔に笑顔を張り付かせたハンナが会話を続けている。


「私はすぐにジークだと分かりましたけどね。だからどこにいるか聞いたんですけど?」


 男は書類から目をあげると、呆れたように大きなため息をついて筆を置いた。


「あの時はテルマちゃんだってまだまだ小さかっただろう。知ったところですぐには会いに行けなかったはずだ。それに口止めもされていた。お前が感情を抑えられずに放った言葉が、あの不器用で真っ正直な大馬鹿者を二年間も塔の中に閉じ込めたんだ。互いの立場を考えれば同情はするさ。しかしあの当時お前が会いに行ったところであいつは逃げ出しただろうし、もし会えたとしてもお前は頭ごなしに叱りつけただろう。そしてそれきり二度と会う機会はなくなったかもしれない。無駄なことを伝えてもな」


 男はカウンターパンチとして、ハンナが言われたくないことを次々と放り投げ、黙ったところで最後の言葉を告げる。


「テルマちゃんに先に行かせるのは、我ながら良い作戦だったと自負しているのだがね。これならハンナに居場所を教えないというジークとの約束も守ったことになる」

「……せめて、私にも事前に知らせてください」

「作戦に支障が出るからできなかった。代わりに着いたらきちんとお前に手紙を送るようにテルマちゃんによく言い聞かせた。ここは文句を言うでなく、無償でここまで世話をした私に礼を言うところでは?」

「……ありがとうございます」


 目尻をひくつかせ、怒りを抑えながら礼を言ったハンナに、男は澄ました顔で「よろしい」と答えた。

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― 新着の感想 ―
いや、一人にしてほしいと顔も見たくないではかなり話が変わってくるのでは… まあ絶対そんなこったろうとは思っていましたが。
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