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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 自分が普段探索している階層でゆっくりと過ごして戻ってきたジークを待っていたのは、ジト目で見つめてくる受付嬢、ニコラであった。カウンターにお金を置いていつもの言葉をかけても、何かジークの言葉を待っているかのように動こうとしない。

 仕方なく袋に手を伸ばし別の受付へ行こうとすると、ニコラが袋を上から押さえつける。


「……なんだ」

「今度っていつなのかしら。比較的近い未来のことを差しているのだと思っていたのだけれど」

「…………今晩は空いてる」


 ややあってから、食事の約束だと気づいたジークから出た言葉は、女性との約束への答えとしてはかなり最悪な部類だった。思い出すのに時間がかかったのは、記憶になかったというわけではない。

 友人との約束なんて、適当にあちらが暇なときに声をかけてくるだろうと思っていただけだ。どうやらそうではなかったらしいことに、今気づいたわけで。

 

 そんなどうしようもない男であるが、覚えており守る気があっただけでも、ニコラにとっては合格点である。


「じゃ、店は私が選ぶから、私が仕事終わるまでいつものところで待ってて」

「わかった」


 ニコラは当然エスコートの仕方も知らないであろうジークに、最初から店選びなんて期待していない。一緒に行くならばここがいい、どこがいいと、普段からラインナップした店なら山ほどある。

 ジークの居心地が悪くならない程度の格式で、食事は美味しく、周りからの視界が遮られるような店。

 どこに行くかを頭の中で決めながら、頭をかきながら去っていくジークを見送り、ニコラは受付の札を元に戻した。


 ジークとはずいぶんと離れた場所に、若い女性だけが集まったテーブルがある。

 示し合わせて集まったわけではなく、興味本位で次々と若い女性探索者が集まってきてしまったのだ。

 その中心にいるのはテルマで、もう何度目かになるかわからない言葉をなぞっていた。


「ですから、ただパーティを組んだだけです。脅されているわけでもありませんし、色恋なんてもってのほかです」

「……じゃ、じゃあなんで、パーティを組んだの?」


 探索者にしては大人しめの性格をした少女が、もじもじとしながら上目遣いでテルマを見る。これまではやめといたほうがいいとか、ジークの悪口が始まったりする程度で、それ以上の説明を求められなかったため、テルマは一瞬答えをためらった。


「……私が他の街の高層階探索者だから、副ギルド長がベテランを案内に雇ってくれたんです。実力も確かですし、好き嫌いで判別するべきことではないのでは?」


 考えてみればそれに関する答えは難しくない。

 根本はウームによる引き合わせで、ジークはそれに従ってテルマを世話してくれているだけだ。テルマはあの男のことを、不器用で不愛想なお人好しであると認識している。


「じゃあテルマさんはジークさんのことが好きじゃないってこと?」

「……そうですけど?」

「そっか」


 何か妙な納得のされ方をされる。

 そもそもジークのことを呼び捨てにしなかったり、あいつと呼ばない人自体が珍しいので、違和感があった。


「あー、この子趣味が悪いの。ああいう悪い感じのが好みなんだって」

「ち、違くて! 昔助けてもらって……!」

「どうせたまたま通りかかっただけでしょ」

「違うもん……」


 幾人かが変な顔をしたのを見て、『ああ、なるほど』とテルマは納得する。

 素直に正直に、はねっかえらずに、助けてもらったことを認められるようなものは、こうした気の弱いものが多いのだ。探索者として活動を続ける気の強い者たちは、簡単に助けてもらったことを認めるわけにはいかない。

 特にあの悪評高いジークなんかに助けられたなんて言えない。


「まぁ、皆さんが思うほど悪い人じゃないと思いますよ」

「そ、そうだよね!」

「やっぱり脅されてるんじゃない? 大丈夫?」

「だから違いますってば」

「……あ」


 うんざりしたやり取りをしていると、魔法使いの少女が小さな、悲しそうな声を漏らす。視線の先を追いかけると、ジークが受付でニコラと話しているのが見えた。

 ニコラの機嫌は悪そうだが、いつもの通りわざわざ受付の札をひっくり返して私的なお話を楽しんでいるようだ。テルマはジークの人間性というものをなんとなく理解してしまったから、ニコラがあんな態度をとる理由がわからないでもない。

 それにしたってあれほどの美人なら、他にいくらでも相手は選び放題だとも思うのだけれど。


「ニコラさんも趣味悪いよねー、あんな美人なのに……。あーあ、昔はかっこいい探索者で、私の憧れだったのにな……」

「……え、ニコラさんって探索者だったんですか?」

「そうだよー。私とほとんど年が変わらないのに、私が探索者になった頃には六十階層に登ってたんだから。なのに引退したと思ったら受付になって、それからずっとあんな調子……あーあ、絶対あいつが何かしたに違いないんだから……」


 六十階層と言えば探索者の中でも相当腕の立つ部類だ。

 線の細い美女にしか見えないのに意外なことである。


「はぁ、私もあんな美人だったらなぁ……」

「安心なさい、あんたも十分かわいいから。でもあんな奴はやめて他の奴を狙うの。いい、わかった?」

「……よくない…………」


 テルマは途中から花が咲いたような笑顔を見せたニコラを眺めながら、二人の不毛な会話を聞き流す。ジークはきっとこの魔法使いの少女の名前を覚えていないのだろう。そう考えれば確かに恋愛対象としておすすめしづらい男である。


「でも多分ジークさん、テルマさんのことは気に入ってると思う」

「なんでそう思うのよ」


 いつの間にやら二人の話題はテルマのものへ戻っている。あまり興味のないふりをしながら耳を傾けていると、少女は理由を述べた。


「この間テルマさんとジークさんが話をしてたの。それでテルマさんが帰った後、みんながその……、色々と噂をしてて……」


 ちらりちらりと顔色をうかがいながら話す少女に、テルマは苦笑を返して続きを促す。


「そしたらその、ジークさんがジョッキをテーブルにたたきつけて壊して、ギルド中を睨みつけたの。あの時ウームさんが来てなかったら、ジークさんきっと……」


 最後の方はそうだったらかっこいいなという少女の妄想でしかない。

 ウームが来なくたってジークは気分を害して帰っていただけだろうし、そもそもジョッキの弁償をしにいってからウームが現れているので、暴れ散らしたりすることはなかっただろう。

 ただ、その場にいなかったテルマが真実を知るすべはないわけで。


「ふーん、そうなんですか」


 どうやらそんなに悪い気はしなかったようである。

 澄ました顔をしているが視線はジークの方へ向いていた。

 むすっとして待機しているように見えるが、あの三白眼もよく見れば家で飼っていた犬のように、愛嬌のある顔であるように見えてきたテルマである。

 なんとなく前から思っていたが、人のジークとテルマの家でのっそりと暮らしていた大きな犬のジークはどことなく似ているのだ。

 それはテルマがジークに対して多少気安い理由の一つとなっていた。


 それはそうと、話によると今週末辺りにテルマが探しているかもしれない人物が帰ってくるらしい。

 他の街の塔にも顔を出し、毎月のように大金を送っても生活に困らない探索者。

 この街でのトップ探索者と名高いヴァンツァーという探索者である。

 

 相変わらず続くジークに関する本当か嘘かわからない雑学を聞きながら、テルマは全く別のことに思いを巡らせていたのであった。



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― 新着の感想 ―
嫌ってる人間の名前を、わざわざペットにつけるかねぇ?
恋愛要素にはマジで期待してます。 あの朴念仁が人並みに恋して手探りで距離の縮め方を模索するような
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