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 テルマはせっせと壁を崩して持ってくると、適当に地面に広げ、更にその上に枯れている蔓を束にして並べる。その上にマントを広げると、腰を下ろして、小さな声で「よし」と呟いた。

 一方でジークは、荷物の中から取り出したものを木の根元に広げてその上に座った。


「……なんですか、それは」

「巨大蛙の皮をはいで乾かしたものだ。水分がしみこまない」

「そんな便利なものがあるなら教えてください。どこで買えるんですか?」

「自分で作った」

「……そうですか。次からはそういうのあらかじめ教えていただけると助かります」


 現地調達の材料で自作したものは、確かに入る前に便利だよとお勧めのしようがない。しかしあらかじめ言ってくれれば、それに近いものは用意できたのではないかと思うテルマである。

 簡単な食事を終えるとテルマは体を横にして、ジークは座って木に寄りかかったまま目を閉じる。

 テルマは初めて入る階層の探索に気を張っていたので多少疲れていたが、すぐに眠りに落ちてしまうほどではない。だから、出会ってからずっと感情を乱されっぱなしのジークという人物について考えを巡らせていた。


 そもそもジークは悪人ではない、というのがテルマの結論だ。

 むしろ行動だけを考えるのならば、聖人と言っても差し支えないだろう。

 自殺志願のような無謀な挑戦をするものに注意をし、それでも聞かない場合は現場に助けに行く。その際に怪我をしたものがいれば、勝手にポーションを使って治療までしていた。

 きっとあの探索者たちは気づいていないだろうけれど、普段から高層階へ潜っているテルマは、あれがそれなりに値の張るポーションであることを知っている。

 そのあと何をするのかと思えば、帰り道の安全を確保して、見つけた探索者の遺品回収までやりはじめた。遺品回収は通常、ドッグタグ以外の金目のものを身内へ返すような真似はしない。塔に登っているだけでリスクが伴うというのに、わざわざ何のリターンもないような作業をする意味がないからだ。

 どうしても返して欲しい遺品を高く売りつけようとする探索者すらいるのに、ジークと言えば、全て返還するどころか、手伝ったテルマに自分の懐から報酬を出す始末だ。


 ではと人物を見ていくと、途端に駄目になるからよくわからない。

 まず怖い顔で凄む。

 いや、本人は凄んでいるつもりはないのかもしれないが、長身に三白眼、ほぼない眉の間には常にしわを寄せ、顎髭を生やしている。声は低くぶっきらぼうで、話しかけても煩わしそうに返事をしないこともある。

 誤解による悪評を何とかしようという意思も感じられず、むしろそれでいいと考えている節すら見られる。

 人の名前はろくに覚えないし、いざ喋ってみれば自分の頭の中だけで考えを進めて、結論しか言ってこない。

 コミュニケーション能力の不足ではない。これはもう欠如と言って差し支えないだろう。親の顔が見てみたいところだ。

 と、そこまで考えたところで、テルマはジークの過去を何も知らないことに思い至った。

 あちらだってテルマのことを何も知らない(とテルマは思っている)が、それは秘密にしているわけではなく、たんにジークが聞いてこないからだ。何も自分までジークのペースに合わせる必要はないとテルマは思う。

 何せテルマにとってジークは、塔を探索する初めての相棒なのだ。

 相手を知ろうと思うのは当たり前のことである。


「……あなたは、いつから探索者をしてるのですか」

「知らん」

「……そんな言い方することないじゃないですか。……もういいです」


 前向きに尋ねた言葉があっさりと切り捨てられて、テルマは少しだけ悲しい気持ちになった。それはなんとなくジークにも伝わり、流石のジークもこれはまずいなと気づく。

 別に質問に答えたくなかったわけではない。自分自身、いつから塔へ入っていたのか覚えていないだけだ。


「おい」


 テルマはジークの声掛けを無視する。


「おい、テルマ」

「なんですか」


 しかし、名前を呼ばれて仕方なく反応を返した。

 優しいことである。


「俺は自分の正確な年も知らん。おそらく五歳とかだ」

「は?」


 テルマが探索者になったのは十四。

 それでもめちゃくちゃ早い方だし、周りからは随分と止められたものだ。

 幼くして塔に入る子供がいるとすればそれは……。


「気づいたときには塔に住んでいた」


 テルマは思わず体を起こしてジークを凝視する。

 馬鹿な冗談を言っているのかと思ったのだ。

 五歳の子供が、塔で生きられるはずがない。


「落ちてた武器を拾って、死肉を食いながら生きていた。塔の壁にはたまに秘密の部屋があるだろう。そこに俺は住んでいた」

「秘密の部屋、ってあの、低階層にたまにある宝箱部屋ですか?」

「そうだ」


 低階層の壁には、時折仕掛けが施されており、手順を踏むと入れるようになっている秘密の部屋がある。新人冒険者が好奇心で探し回るけれど、それを見つけられるものはごく稀で、いつの間にか実力がついてきて、次の階層に進んで忘れていくような代物だ。

 実際見つけたからと言って、非常にレアリティの高いものがあるわけではなく、ただ、安全なエリアとして機能しているくらいなものだ。見つかった秘密の部屋はギルドでも共有されており、初心者探索者がいざという時に休むための場所になっている。


「その部屋の宝箱には、桶があった。使い切っても翌日には水が満杯になっている桶だ。だから俺は生きられた。おそらく数年間、俺は塔の中に住んでいた」

「な、なんで外に出ようとしなかったんですか」

「外に出る意味がないからだ。俺は外ではいつも腹を空かせていた。父親らしき男に連れられて塔に入って、何か見つけるまで帰ってくるなと言われた」

「ひどい……」


 テルマは母親しかいなかったが、愛情たっぷりに育てられた自覚がある。

 生活が困窮しているものが、時折若くして塔へ挑むことは知っていたが、彼らの殆んどは大成する前に命を落とす。

 しかしそれだって、いくら若くたって塔に挑むのは十代の前半ぐらいからである。

 五歳程度の子供を塔に放置するのは、死ねと言っているのと大差ない。

 すでに過ぎ去ったことだからと、ジークは思い出しながら淡々と語る。


「錆びたナイフを拾って戻った頃には、その男は魔物と相打ちになって死んでいた。俺は腹が減っていた。外へ出ても食べるものはない。でも、塔の中なら魔物の死体がたくさん落ちていることに気が付いた。俺にとって塔は、外よりも暮らしやすい場所だった。運よく秘密の部屋で水も手に入れた。外に出る理由がなかった」

「……じゃあその、どうして今は外に?」


 その質問に答えることを、ジークは少しの間躊躇った。

 長い沈黙。

 テルマが『答えたくないのなら』と切り出そうとしたところで、ジークが口を開いた。


「好奇心旺盛な探索者が、秘密の部屋を探して回っていた。実力はもう少し上の階層の癖に、変な奴らだった。そいつらに見つかって、無理やり外へ連れていかれた。年齢もその中の一人に勝手に決められた」

『ま、多分十二歳くらいだろ。俺の弟と同じくらいっぽいしな』

「あなたは外に出るの嫌だったの?」

「嫌だった。慣れていたしな。でも無理やり気絶させられて連れていかれた」

「……なんか、勝手ですね」


 お前の父親と母親の話だ、とはいえない。

 

「いや……、連れて出てくれたおかげで、俺は……人間らしく暮らすことができるようになった。あいつらが、俺に全部を教えてくれた。………………もう二度と会えないがな」


 前半をしゃべっている間、ジークの表情からは険がとれていた。

 初めて見る穏やかな表情にテルマが釘付けになっていると、やがてすぐにそれは元に戻ってしまう。


「……いつまでもしゃべっていないで寝ろ」

「……わかりました」


 急に冷たい態度になったけれど、これは単純に明日のことを考えての忠告である。

 テルマにしても、今日はこれ以上の話を聞く気にはなれなかった。

 思ったよりもずっと重たくて、妙な話を聞いてしまって、今の時点でももう、しばらくの間は眠りに就けそうな気がしなかったからだ。

 明日の支障が出ないように、テルマは再び体を横にして、ゆるりと目を閉じ、眠る努力をするのであった。

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