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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 ジークは街へ戻るとギルドへ向かい、鍵を受け取って自分用の倉庫へ向かう。

 おんぼろな宿にものを置いておくといつ一緒に崩れて無くなるかわからないので、必要なものは全部ギルドに倉庫を借りて預けてあるのだ。

 ジークは意外とキッチリとした性格をしていて、倉庫の中にはいくつかの箱が用意されている。中は材料ごとに分けられていて、どこに何が入っているかをジークはすべて把握している。


『道具は綺麗に片づけておけよー。でないといざって時に使えねぇからな?』


 これも昔仲間に言われたことだ。

 親を早くに失い、野良犬のような生き方しか知らなかったジークにとって、ものを教えてくれる彼らは親にも近いものであった。

 ジークは必要なものを取り出し、袋に乱雑に詰め込んだ。

 ついでに血にまみれた服を脱いで、新しいものに着替える。すっかり乾いてしまったから、脱いだ服は捨ててしまうことに決めて、ジークは倉庫に鍵をかけた。


 鍵を返すとジークはそのまま街へ出て、相変わらず人から避けられながら道の端を歩く。大通りから路地へ入り込み、いくつもの角をグネグネと曲がってたどり着いた先は行き止まりだった。

 よく見ればその塀には線が入っており、扉のようになっていることはわかる。

 問題はそこにノブがないことであるが、ジークはためらうことなく乱暴に五度ノックをした。


「仕事だ」


 ぎぃと音がして内から外に扉が開く。

 扉の先はカウンターのようになっていて、ここから中へ入る様には出来ていない。

 フードをかぶった人物が、肩を竦めて首を振りながらジークへ文句を言う。


「もうちょっと優ぁしく、ノックしてもらえませんかねぇ」


 ちょうど性別がわからないくらいの高くもなく低くもない声だった。

 ジークはそれを完全に無視して、カウンターの上に持ってきたものと金をのせる。


「もうちょっとコミュニケーションとりません? 今日は何があったんです?」

「馬鹿が死にかけていたから使った」

「それ説明になってないんですよねぇ」


 ごそごそとカウンターの上に乗せられたものを取り込んで、実験道具などが大量に並んでいるテーブルへ乗せていく。


「こうしてやってきた人としか喋らないんでねぇ。色々話してくれたら料金を値引きしますよ?」

「しなくていいからさっさとやれ」

「本当に連れないお客さんだよぉ……」


 ぶつくさと文句を言いながら、フードをかぶった人物は作業を開始する。

 材料をポイポイと放り込んでから、壁に寄りかかったジークをちらりと見ると、フードの人物は見えている口をへの字にする。


「そういえば最近商店街に出かけた時のことなんですがねぇ」


 ジークは扉に手をかけると、フードの人物が背中を向けてしゃべっている隙に、無視してそっと閉じる。そうして改めて壁に寄りかかり地面に座った。喋り声は中から聞こえてくるが、まだ気が付いていないようだ。

 こんな奥までやってくるのは、ここに用があるものくらいだ。

 ジークは目を閉じて、目的のものができるまで、小一時間ほど眠ることにした。

 いつも隙間風だらけの宿で眠っているのだ。奥まった場所にあるこの路地は、宿よりも風よけが多く過ごしやすいくらいである。


 ちょうど小一時間ほど休んで、ジークはぱちりと目をあける。

 塔の中で過ごすことの多いジークは、眠りが浅く、かすかな物音でも目を覚ますことが出来るし、睡眠時間もある程度自由に調整できる。


 再び壁を乱暴にノックすると、同じように扉が開いた。


「だから、もうちょっと優しく扱って下さいってば。あと喋ってる途中にいなくならないでくださいよ、寂しいじゃないですかぁ」

「出来たのか?」

「……はい、お望みの品です、どうぞ。いやぁ、本当にたまには雑談しに来てくださいよぉ。喋る相手が少ないんですからぁ」

「忙しい」


 ジークはポーションを受け取ると、すげなく相手の言葉を却下して扉を閉じた。

 このフードの人物はジークと喋りたがるが、ジークが一言話すたびに三十分は自分語りを始めるのだ。

 結局のところジークと話したいのではなく、自分の話を聞いてくれる人物が欲しいだけである。


 これで今日消耗した分のポーションは補充することが出来た。

 最高級のポーションほどの効果はないが、これらも六十階層相当のアイテムを使ってしか作れないものだ。お値段は三人家族の家庭が数カ月暮らせるくらいは平気でする。

 用事を済ませたジークは、今度は風呂屋に向かって体を流し、それから再びギルドへと足を向けた。

 夕暮れ時から夜にかけては、探索者たちが集まって騒ぐ時間だ。

 酒も入って口が軽くなるから、情報も耳に入ってきやすい。


 いつものように酒場の端に陣取って、炒った豆をつまんでいると、テルマが歩いてきて椅子を引いて座った。ジークのテーブルに人がやってきて腰を下ろすのなんて、本当に久々のことである。

 テルマは態々やってきて座ったというのに何もしゃべり出さない。

 昼間、子供の様に腹を立てていなくなったことへの謝罪。それからもう一つ用事があってやってきたのだが、いざ対面に座ると中々言葉が出てこない。

 だからと言ってジークも積極的に話を振る方ではないので、無言の時間は続く。

 ジークが三度豆に手を伸ばして口へ放り込んだところで、テルマは意を決して口を開いた。


「昼間は、怒ったりしてすみませんでした」

「気にしていない。どうせ俺が何かしたんだろ」


 腹を立てた原因に心当たりはないが、多分自分が余計なことをしたか言ったかしたんだろうという自覚まではある。そうやって昔も、テルマの母親のことを怒らせてきたことが何度もあったからだ。

 その頃はテルマの父親である陽気な男がいつもフォローしてくれていたから何とかなっていたが、今はもう空の上だ。


『いいからお前は頭下げとけって、俺が何とかしてやるから』

『ジークがしゃべると余計にややこしくなるからな』

『まったく情けない。ワシが若い頃はたくさんの女性をまたにかけてな……』

『爺は黙ってろ。ジークに悪いこと教えるんじゃねぇ』


 昔の仲間たちのやり取りを思い出す。

 彼らが言うがまま、頼り切って過ごしてきた結果、ジークはテルマの母親が嘆き怒り悲しんでいる時に、黙って頭を下げることしかできなかった。弱っている彼女を支えることも、慰めることもできなかった。

 できたことはといえば、遺品を回収して、稼いだ金をせっせと送り続けることだけである。


「それから……」


 テルマが本題に入ろうとしたところで「珍しいわね」という声がかかって、もう一つの椅子がひかれる。

 受付の業務を終えたニコラだった。


「ご一緒しても?」

「やめとけ」

「テルマさんに聞いてるの」


 ジークが釘をさすと、ニコラはつんとした態度で答える。


「どうかしら?」

「私は、構いませんが……」

「ありがとう」

「おい」

「たまにはいいでしょ。食事にも誘ってくれないんだから。それともどこかほかの店に連れてってくれるの? 個室とかなら周りの目も気にならないのだけれど」


 勢いに負けたジークは、完全に沈黙した。

 帰り際にテルマとジークが同席していることに気が付いて、つい勢いのままやって来てしまったニコラである。いままで女性の影がなかったからこそ我慢してきたが、流石にこれは見逃せない。

 ジークがテルマに向けている感情が恋愛っぽいものではないのはほぼ確信していてなお、どうしても見逃すことが出来なかった。


「それで、どんな面白い話をしていたのかしら?」

「いえ、その……。昼間に私が短気を起こしたことを謝罪していました……」

「ふぅん、面白そうね。お話聞かせてくれる?」

「はい。ええと、ですね」


 毎日人の相手をする仕事をしているニコラである。

 あまり人付き合いが得意な方とは言えないテルマと、まったく人づきあいができないジークは、ニコラから向けられる言葉に答えることしかできないのであった。



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