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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 ジークは予習のために五十階層を歩きながら、先日なぜパーティを組むことを断られたのかを考える。左右から仕掛けてくるオーガを、左、右の順で、相手の攻撃が届く暇もなく両断。それを隠れ蓑に正面から仕掛けてきた一体も、斜めに切り上げて臓物をばら撒かせる。

 五十階層はいつもと変わらぬオーガの住処だ。

 地面がぬかるみ、外壁が崩れ、何やら湿った風まで吹いてくるが、ここが塔の中であることは間違いない。五十階層を越えると少しずつ塔ごとの特色が出始めるのだが、この街の塔の場合は湿地帯からはじまり、高層階に向かうにつれ、徐々に深い森へと向かっていくのが特徴であった。

 正直五十階層のぬかるんだ足元と湿度の高い空気は、あまり戦ったり宿泊したりするのには向いていない。そのためジークは、この階層で探索を行うことがあまりなかった。

 久々の探索であったが、どうやら内部構造も魔物の出現率も以前と変わっていない。

 しかしどうしたものか。

 テルマとはできればパーティを組んでおきたいのだが、相手が断るとなると、こちらで積極的に動いて守っていくしかない。探索物自体は拾っていかなければ許されるだろうかと、そんなことを考えながらもジークはぴたりと立ち止まる。

 そして突然剣を水たまりに向かって大きく振るった。

 かんしゃくを起こしたわけではない。

 ちょうど地面に着くかつかないかのあたりで、三十階層で現れた大蛙の三倍はあろうかという蛙が飛び出してきたのだ。水たまりと思っていたのは、蛙が大きく口を開けて上を向いていただけである。

 近くに生き物が通りかかった気配がすると、こうしてとびかかってくるのだ。

 たまにオーガが丸呑みされているので運良くそれを見られれば警戒できるが、それを見ずにやってきてしまった探索者は、これに丸のみされてしまうことがある。

 一応どんな魔物が出ることが多いのかという情報は、ギルドで売り買いされているのだが、知識で知っているのと実際に見るのでは話が違う。それに加えて、魔物は時折急に変な行動をすることだってあるので、知識にばかり頼っているのも危ない。

 いくら備えても実際の経験を積んでみないとわからないことなんて、魔物のことに限らずこの世に山と存在する。


 五十階層の予習をたった一日で済ませたジークは、さっさと宿へ引き上げると、翌日からギルドに顔を出す。探索を優先しなかったため、大した収穫物はないが、一応鑑定を済ませ、当面の生活費として小金(ジークにとってだが)の入った袋を腰にぶら下げた。

 ギルドにはいつものようにテルマもいたが、ジークは近寄ろうともせずにギルドの噂話に耳を傾けていた。

 当然テルマもジークがいることには気づいている。先日突然パーティを組む提案をしてきたので、何か声をかけてくるのではないかと警戒していたのだが、まるでそんな気配がない。

 いつも通りに換金を済ませて、まるでギルドの主かのように、一つ長椅子に腰掛け、腕を組んで耳を澄ませている。

 断っておいてなんだが、あちらから何もアクションを起こしてこないことに、テルマは拍子抜けしてしまった。

 もしやからかわれたのではと疑うが、考えれば考えるほど、そんなことをしそうには思えない。

 なぜ仲がいいわけでもない相手のためにこんなに頭を悩ませなければならないのか、というところまで辿り着いたテルマは、何だか腹が立ってきて、ジークのことを気にするのをやめた。


 ジークが不意に立ち上がったのはそんな時のことだ。

 ずかずかとギルドの中を歩き、テルマと同じくらいの探索者の元へ行くと、相手が怯えているのも気に留めずに口を開く。


「お前らは三十階層はまだ早い」

「な、なんだよ急にきて……」


 なんとか言い返したのは生意気そうな少年一人だった。しかし、途中でギロリとジークに睨まれると、言葉は尻すぼみになって消えいってしまう。


「身の程を知れ。わからないなら教えてやろうか」


 パーティの仲間たちが下を向いて首を横に振る中、唯一反論した少年だけが、口を結びながらも反抗的な目でジークを見ていた。


「死にたいのか?」


 ジークが顔を寄せると、少年は思わず目を逸らしてしまってから、ぎゅっと拳を握って赤面する。威圧に負けてしまったことと、それを周りに見られたことが恥ずかしかったのだ。

 ジークは体勢を戻すと見下すように少年たちを見てから、ため息をついてその場を立ち去った。

 あの調子だと場合によっては跳ねっ返りの少年主導で三十階層に挑戦しそうだと思ったのだ。


「またやってるよ、あいつ……」


 テルマのそばで話をしていた若い女性が、ジークの方を控えめに睨む。


「あいつ、これからって若者が上に挑戦するのをすぐ邪魔しにくるんだから。私たちも昔やられたの。本当に嫌なやつ」

「……あの、すごく失礼な質問なのでお嫌でしたら答えなくて結構なんですが、ホリィさんはパーティの仲間を失ったことがありますか?」

「ないわ」

「そうですか……、優秀なパーティなんですね」

「そ。あいつのせいで足踏みしてなきゃ、今頃もうちょっと上に挑戦できてたかも知れないのに」


 このホリィという女性は、若いけれど四十階層に登ることのできる優秀な探索者だ。テルマが知っている限り、この街には十代から二十代の中間層を探索できるパーティが異様に多い。

 そして彼らの多くは、仲間を失うという経験をしたことがない。

 ジークが人前で注意をして、人のプライドを踏み躙っているのは確かな事実だが、どうやらそれがこの街の中間層の厚みにつながっていることに、テルマは気づいてしまった。

 先ほどジークが忠告したパーティは、テルマのところにもやってきたことがある。同世代のテルマにライバル心を抱いているのは、テルマから見てもあからさまだった。

 実力がどの程度かテルマにはわからないけれど、それがきっかけとなって背伸びした挑戦をしようとしているとしたら、ジークの忠告は的をいていることになる。


「またやってやがるよ、あいつ」


 横合いから酒焼けした男の声がして、テルマはそちらを見る。いかにも玄人然とした探索者が、昼間っから酒を片手に赤ら顔をしていた。


「またというのは?」

「ん? ああ、噂の嬢ちゃんか。さっきのジークの奴のことだよ」

「いつもあんなことを?」

「そうそう、余計なことばっかしやがる」


 男の言葉は確かにジークのことを非難しているが、だからと言って少年たちを庇うような風でもなかった。


「余計、ですか?」

「そーそー。俺たちみたいな中間層の探索者にとっちゃな、ああいった跳ねっ返りの若者は、どんどん死んでなんぼなんだよ。なんたって商売敵になるからな。あいつらも三十階に挑戦してくれりゃあ、一人や二人死にそうなんだがな。な、そう思うだろ?」


 男が仲間たちに話を振ると、酔っ払いたちががっはっはと笑い「そうだな」とか「何人死ぬか賭けようぜ」などと答える。


「そうだな、あの調子じゃジークのやつの話聞いても突っ込んでいきそうだからな。俺は全滅に銀貨一枚かけるぜ! 嬢ちゃんは……っと、どっか行っちまったか」


 聞いていて気分が悪くなるような話に、テルマはそっとその場を後にしていた。


「どうしたの、テルマ」

「……ホリィは、ジーク……さんに邪魔をされてどうしたんですか?」

「……まぁ、ちょっと怖かったし、元いた階層で訓練し直すことにしたけど」

「そうしなかった人ってどうなってます?」

「いうこと聞かなかったのが気に食わなかったのか、怪我させられたり、待ち伏せされて脅されたりしたらしいわよ。ほんっと、何がしたいんだか」

「なるほど、そうでしたか……」


 テルマは初日に出会った若者たちのことを思い出す。

 いうことを聞かなかったから、怪我をさせられる。彼らも、確かにたんこぶくらいはできてそうだったが、その後の探索活動には支障のない程度の怪我だ。

 そして彼らからはジークを自分たちと同じくらいの実力と吹き込まれているが、それが事実でないことをテルマはもう知っている。


「何なのあの人」


 半分以上答えに辿り着いていながらも、気持ちがどうも事実を認めることができず、テルマは一人納得いかない思いを吐き出したのだった。


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