ヴァンツァーの苦悩
「今度は誰を連れて帰ってきたんですかねぇ……」
宿へ入ると、クエットが一緒に歩いているドグラを見て呟いた。
本人はそれほど心配はしていなかったのだが、ニコラやヴァンツァーが動揺してクエットにまで相談したことで、ヴァンツァーの仲間である女探索者たちと共に、ロビーで気を紛らわしていたのである。
「ドグラだ」
「はー、ドグラさんですか。探索者の人で?」
「いや、喋る魔物の王らしい」
「はー……、背は小さくても人に見えますけどね」
『なんじゃいじろじろ見て』
「おお、知らない言葉ですね」
「待って待って二人とも、普通に話を進めるのやめてもらえない?」
背の高いクエットが興味津々に腰を曲げたところで、耳を疑っていたヴァンツァーがようやく再起動して話に割って入った。
「今なんて、ジークさん」
「喋る魔物の王らしい。俺にはわからんが、テルマは喋れる」
「……テルマちゃん、どういうこと?」
「話が長くなるので場所を移しましょう。ただ、ジークさんの言っていることは間違っていません」
ヴァンツァーは一瞬ニコラと視線を交わしたが、そちらも今の段階では何が起こっているか理解できず、静かに首を横に振った。
あっさりと受け入れたのは変人のクエットだけである。
「とにかく、場所を変えようか」
早急に話を聞かなければならない。
慌てて場所を用意して、そこに駆け込んだ仲間たちはさっさと席を決めて椅子に腰を下ろした。
ドワーフにはやや背の高い椅子にドグラが腰を掛けたところで、第一に何を質問するかで悩んでいたヴァンツァーは、テルマに向かって問いかける。
「言葉が分かるというのは?」
「なぜか私はドグラさんの喋っていることが理解できます。ドグラさんもまた、私の話している言葉の意味が分かるようです」
「なるほど、それなら言葉を覚えるのは比較的簡単そうですねぇ。実に興味深い!」
「その人が喋る魔物だというのは本当?」
途中でクエットが口を挟んだが、ヴァンツァーはそれに対して一切触れずに、喋り終わると同時に二つ目の質問を投げかける。
「本当です。その王だというのも本当でしょう。九十五階で待ち受けていたドグラさんたちに追い込まれましたが、ジークさんが勝利。交渉の末、ドグラさんの希望で塔の外まで一緒にやってきました。そのため転移の宝玉が使えず、帰りが遅れました。心配をかけてすみません」
「いや、それはいいよ、無事で何より。どうしようかな、聞きたいことが山ほどあるんだけど……、とりあえず今わかっていることだけ教えてもらえる? あ、あとドグラさんに、悪いけど今話を聞かせてもらうから、少しだけ待ってもらうように伝えてもらっていいかな」
「はい、分かりました」
喋る魔物といえばずっと危険なものだと聞いてきたヴァンツァーであったが、こうしてドグラと向かい合ってみると、普通に理性のある人のようにしか思えない。ただ、こうして冷静に会話をしていられるのも、そのドグラの隣にジークが座っているからだ。
黙って見ていれば、テルマとドグラは確かに普通に会話を繰り広げている。
別の言語をまるで同じ言語を話しているかのように、滞ることなくキャッチボールが続き、ドグラが大きく頷いたところでテルマがヴァンツァーに向き直る。
それから始まった説明は、これまでのヴァンツァーたちの認識を一新するものであり、にわかには信じがたい内容であった。
話が終わるころにはほぼ全員が黙り込んで難しい顔をしていたが、クエットだけはワクワクした表情をしていた。どうやら未知との遭遇に余程心躍らされているようだ。
「少し考える時間が欲しい」
情報整理のためにヴァンツァーが黙り込んだところで、クエットがニコニコしながら自分を指さしながら口を開く。
『儂、クエット、お主、ドグラ?』
『……なんじゃこいつ、急に喋り出したぞ。もう儂らの言葉を覚えたのか?』
「賢い人なので十分にあり得ると思います。でもそれだと一人称が儂で、二人称がお主、になってますよ」
「なるほどなるほど、ではその辺りの認識はあっていたようですねぇ。ちょっと後で言葉を覚えたいので一緒にお話しに付き合ってもらえます?」
「私は構いませんが……。ドグラさん、クエットさんが言葉を覚えたいので、あとで話に付き合ってほしいと」
『ほう、変な奴じゃなぁ。まぁ、構わんがな、はっは』
「楽しそうですねぇ、ふふ」
ドグラが豪快に笑うとクエットもつられて笑う。
クエットはこの世界でも特別変な奴に類するので、ドグラの見解は真っ当である。
それからもしばらく、二人は拙い言葉を交わしていたが、やがてヴァンツァーが重い口を開く。
「まずは外にばれないようにします。幸いここまで問題なくやってこれる程度には、ドグラさんの見た目は人に近い。少し時間をかけて状況を整理しましょう」
聞いた話をそのまま信じるのなら、喋る魔物の目的はこの世界の侵略だ。
ジークはともかく、テルマもぎりぎりの追い詰められた状況での判断だったので、深く考える余裕もなく受け入れていた。
冷静にじっくりと考えた上で、短い時間で受け入れる心構えを整えられたヴァンツァーはやっぱり大したものである。
「わかった。ヴァンツァー」
「なに、ジークさん」
「風呂屋に行っていいか。こいつも行ってみたいらしい」
「ジークさん……」
「なんだ」
「さすがに駄目です」
いつもと変わらないペースのジークを見て、ヴァンツァーはちょっとほっとしながら苦笑しながら答えるのであった。




