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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 テルマは大蛙の鮮やかな切断面をちらりと盗み見て舌を巻いた。

 普通よりもかなり長い大ぶりの剣を使っているから、一刀両断すること自体は十分に想定できたが、剣の腕というのはその切断面にこそ出るものだ。

 正中線を真っ二つにされた死体は、内臓さえこぼれていなければ、そーっとくっつけたら元に戻るんじゃないかと思うほどである。

 テルマの戦い方は堅実で間違いないものであったが、これと比べてはどうしても見劣りしてしまう。

 『見事な腕ですね』とほめたたえたいところだが、これまでの関係が一瞬それを躊躇させる。その間に、ジークが歩き始めてしまったので、テルマは仕方なく先に進むべく足を動かすことにした。


 こうなってくるとジークが悪評を甘んじて受け入れている理由がわからない。

 テルマが助け出した(と思っていた)若者たちは、ジークのことを自分たちと大して変わらない実力だと評していた。実際四十階層辺りをうろついていることもあるらしいが、どう見たって実力はテルマのそれを上回っている。

 つまり七十から八十階層に登れる程度の実力者だ。

 ここ百年、世界は塔から得られる恩恵によって随分と便利になった。

 探索者の世界、そしてそこから広がる世界において、高層階の探索者というのはそれを支える大切な存在だ。四十、五十くらいの階層であればまだ替えはきくけれど、七十、八十となると失うだけで世界の損失になるのだ。

 一つの街のギルドでの噂程度、やめさせろと言うだけですぐに鎮静化できるはずなのだ。

 謎の多い人だと考えながら歩いていると、ふいに後ろから声をかけられる。


「塔の中で考え事をしていると危ないぞ」

「……すみません、ありがとうございます」


 誰のせいだと思う部分もあったが、もっともな忠告でもある。

 散々母親から忠告されてきたことでもあったので、テルマは首を振って気持ちを切り替えた。

 この階層を攻略してからでも考える時間はいくらでもある。

 気持ちを切り替えた後のテルマの動きはきびきびとしていて、ついて行っているジークとしても安心だ。

 何事もなく三十階層を切り抜けた二人は、順番に転移の宝玉を使い塔の外へと出ることになった。


 夕暮れ時。

 ギルドの近くに宿をとっているテルマは、そのまま今日の清算のためにギルドへ向かうことにした。ほとんど何もしていないが、一応一緒に探索をしたのだから、ジークにも分け前を渡す必要がある。

 彼は彼なりに、テルマの身を気遣ってついてきてくれているのだから、それは当然のことだとテルマは考えていた。

 特に会話もせずに歩いていると、ふいに後ろをついてくる足音が消えてテルマは振り返る。夕暮れ時の往来には人が多く、そこに背の高いジークの顔は見当たらない。

 何事かと少し戻って路地を覗き込むと、ジークは当たり前のように古ぼけた家へ吸い込まれていくところだった

 追いかけて声をかけようとしたところで、古ぼけた隙間だらけの扉がぱたりと閉じられる。

 とても高層階に登る探索者が住んでいる場所とは思えない老朽化具合。

 ほぼ文字が擦り切れて読めなくなっている看板に目を凝らせば、ようやくそこが宿屋であるとわかるほどの酷さだ。

 探索者としての人付き合いがそれほどないテルマには、その扉を開けて中に飛び込むだけの勇気と理由がなかった。どうせまたどこかで会うことになるのだから、その時に換金した一部を渡せばそれでいいか、と自分を納得させてテルマはその場を後にするのであった。


 それから数日が開いたある日の夕暮れ。

 塔から直接ギルドへやってきたジークは、軽く内部を見回してから換金所へ直行する。見まわした理由は、規則正しい生活を送っているであろうテルマが、まだ四十階層に潜っていないであろうことを確認するためだ。

 まぁ、もし潜っていたとしても無事にこの場にいるならそれで構わないのだが。

 頑固な爺さんの正確な鑑定を終えれば、今度は受付に並んで金を預ける時間だ。

 ジークがやってきたのを察すると、ギルドにいる探索者たちは、馴染みの受付の列に並ばないようになる。おかげでジークはさっさとカウンターまでたどり着くことが出来るという寸法になっている。


「いつも通りに」

「はいはい。……いつもよりずいぶん多くない?」


 カウンターに置いた札を『休憩中』に切り替えてから、受付嬢はずっしりと重い袋を持ち上げて尋ねる。本来受け付けはお金の話を含むプライベートな話などしないものだ。ただ、この受付嬢はジークと話すときだけ勝手にそのルールを撤廃している。


「妖精王の涙を納品した」

「……あ、そうなの。そういうの私に話しちゃ駄目よ?」

「聞いたから答えたんだろうが」

「でもだめ」


 理不尽な言い方だった。

 というか、この受付嬢はわかっていてこの質問をしているところがある。

 いつもより多いのだから、貴重な品を見つけたに決まっているのだ。

 ジークもはじめのうちは「うるさい」とか「ほっとけ」しか言わなかったが、慣れてくるにしたがって内訳をポロリと漏らすようになった。

 それは受付嬢とジークの信頼関係の証でもあるので、たまにこうして確かめたくなってしまうのだ。複雑な乙女心というやつである。


「なら聞くな」

「そうね、気を付けるわ」


 嘘である。

 また機会があれば当然のように確かめるつもりだ。


「そういえば……」


 受付嬢はジークから預かった袋を一時保管場所へ突っ込んでから、椅子に座りながら話しかける。


「この間あの子、テルマさんに声をかけられたのよね」

「そうか」

「ちょっとくらい話に付き合ってよ」


 関心がなさそうに立ち去ろうとしたジークを受付嬢が呼び止める。


「あなたと仲がいいのか、どんな人なのかって聞かれたけど」

「……嫌われているからな」


 この間一緒に探索をしたけれど、だからと言って好感度を上げるようなことはしていない。相変わらず嫌われているのだろうと考えたジークは、思うままに言葉を吐き捨てる。


「そういう感じじゃなかったけど」

「じゃあなんだ?」

「さぁ? 私はてっきり仲直りしたのかと思ってた」

「……いや?」

「秘密の関係だから教えてあげないって答えておいてあげたわよ?」


 妖艶に笑った受付嬢だったが、朴念仁のジークは全くそれらしい思考にいたっていなかった。

 確かにこの受付嬢は一時期探索者であったし、少しだけめんどうを見てやったことがある。これはあまりギルドで知られていないことだが、秘密というほどのことではない。他に何かあっただろうかと考えながら押し黙っているうちに、受付嬢がため息をついた。


「とにかくそういうことだから。気になってるみたいだし話してみたら?」

「気がむいたらな」


 今度こそ回れ右をして立ち去るジークの背中を見ながら、受付嬢は札をひっくり返す。広い背中はいつまでたっても自分になびかず面白くない。


「でも、ジークが嫌われて欲しいわけじゃないのよねー……」


 何やら珍しくジークのことを気にしている少女。

 そしてジークもまたあの少女のことを妙に気にしている。

 本当はジークの悪口でも吹き込んで、近寄らせないようにしてやりたかったが、男女関係を匂わせて牽制するだけにとどめて置いた。嘘はついていない。しかし後ろめたさはある。

 その後ろめたさが、今日余計なアシストを出してしまった原因だ。

 こんなことなら聞かれたときに、ぼんやりとしたジークの情報を伝えておけばよかったと反省する受付嬢である。


 そのままギルドから立ち去れ、と念じながらジークの後ろ姿を追いかけていると、入り口付近で待機していたテルマの方がジークへ寄っていくのが見えてしまった。


「あのぉ、受付を……」

「あ、すみません」


 おずおずと声をかけてきた探索者に、にっこりとほほ笑んでやる。

 何を勘違いしたのかその探索者は、受付嬢の笑顔を見るとカウンターに袋を押し出して、今度から三十階に潜ることにしたという私情をペラペラと語り始める。

 受付嬢は笑みを浮かべたまま預かった袋を一時保管所へ詰め込むと、話を途中で区切って「次の方がお待ちですので」と、探索者の言葉を遮るのであった。



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