追い込み漁
そこからさらに数日。
順調に階層の探索を進めていたジークたちは、九十五階の攻略に乗り出した。
九十五階に来るのはこれで六度目、累計十日間探索したところで、大体出てくる魔物の種類と質も把握できた。
ここからは喋る魔物に特に警戒をしながら、上りの階段を探すことになる。
相変わらず薄暗い坑道のような道を、方眼紙に線を引いただけのような簡易的な地図を描きながら先へ先へと進んでいく。ここで重要なことは、何度どの方向に曲がったかなどが分かるようにしておき、帰りの道を理解していることである。
階段を見つけなければ、一度入り口まで戻らなければならないので、マッピングは必須であった。
途中で一晩の休みを入れて、更にもう少し先へと足を進めていた二人だったが、通路を移動している途中でジークがぴたりと足を止める。
「……戻るぞ、急げ」
ジークの眉間の皺がいつもよりも深く、これは緊急事態のようだと察したテルマは、駆けだしたジークの後に続く。地図も見ずに来た道を戻っていくジークが、分岐で来た道ではない通路に向かうのを見て、テルマは声をかけた。
「帰り道ならあっちですが!」
「分かってる!」
どうやら理由あってのことらしい。
テルマにはわからない何かがあって、あえて別ルートを選択したということのようだ。
ジークの行動には慣れてきたテルマだったが、今回ばかりはなぜこんな風に移動を始めたのかが分からず、ただ、判断を信じてついていくことしかできない。言葉足らずであるが、ジークが自分の身を危険にさらそうとはしないだろうということは信じることができた。
ジークは通路を走り抜けつつ、途中でぴたりと足を止める。
「……テルマ、武器を抜け。敵だ」
そう言いながら自らも剣を抜いたジークは、振り返ると天井に剣を突き立て、無理やり振り抜く。土と岩がガラガラと崩れて退路を塞いだ。
普通ならば気が狂ったのかと思うところだが、ここにきてテルマは、どうやら背後から敵がやってきているようだと悟る。
「後ろからですか?」
「いや、囲まれている。これは時間稼ぎだ。前を突破する」
突然帰り道を違えたのはつまり、そちらの方向にも敵がいたということであった。
遭遇しないために別の通路を選択したが、どうやらそちらにもまた敵がいたらしい。
短い説明を終えたジークは、また正面方向に向けて走り出す。
宣言通り無理やり正面突破して、別の通路を探して帰るつもりのようだ。
『来たな』
その先で待っていたのは、立派な鬚と、異様なまでに肩の筋肉が盛り上がった喋る魔物だった。ジークを見ると口角を上げてにっかりと笑う。
両手に携えた斧は、手元まで金属で鍛え上げられており、鈍い鋼色をしている。
体には帷子のような鎧をまとっており、身じろぎするだけでがしゃがしゃと音を鳴らしていた。
『儂こそが鋼の国の……』
「おおぉぉぉお!」
喋る魔物が片手を上げて何かを言っている途中で、ジークは咆哮をあげて走り出していた。テルマには喋る魔物の言葉が分かるが、ジークからすれば訳の分からぬことをごちゃごちゃと言っているだけである。
さりとて相手がやる気満々で待機していることくらいは伝わってくる。
ジークにとって、殺す相手との対話など必要ないものであった。
『まるで獣じゃな!』
ジークの胸元を貫かんとする鋭い突きを、喋る魔物は僅かに身をかがめつつ体を傾けて回避する。その鉤状の先端は、喋る魔物の左頬をこそぎつつ通過。
喋る魔物は右手に持った斧を振るって、ジークの足元を薙ぎ払わんとする。
瞬間、ジークの伸び切った腕が引かれ、帷子の一部にがちりと鉤が引っかけられる。ジークがそのまま力づくで剣を振り回すと、喋る魔物の体勢が崩れ、地面をごろごろと転がっていく。
ただ、どうやら喋る魔物は攻撃に対して抵抗したのではなく、自らの意思で力に身を任せて転がったようで、飛ばされた先で素早く体勢を立て直して再び武器を構える。
鈍重そうな鎧をつけている割に、その動きは重さを感じさせないものだった。
すでに迫りくるジークに対して、喋る魔物は苦笑しながら走りだす。
『やるのう!』
その言葉はどこか楽しげで、テルマはどうしていいやらわからなくなる。
ジークが一撃を振るえば、喋る魔物の斧がそれを迎え撃つ。
一見互角の戦いのようにも見えるそれは、武器を打ち合わせることが十度ほど続くと、段々と喋る魔物の方が押されてきていることが分かった。
武器を振るう速度こそ互角だが、一撃ごとに喋る魔物の体勢は少しずつ崩されているのだ。さらにそれが続くと、段々と喋る魔物の攻撃の出が、ジークよりも遅くなってきていることが分かる。
都合十五度武器を打ち合わせたところで、ついに攻撃が間に合わなくなった喋る魔物は、ついに両手の斧をクロスさせて、何とかジークの一撃を受け止めるような形になった。
圧倒的な強者たちの戦い。
ジークとこれほどまでに渡り合えるものを、テルマは初めて目にした。
どこかで援護に入れないかと考えていたが、そんな隙はどこにもない。
ギラギラと輝くジークの目は、喋る魔物の言った通り獣じみており、『ぐぬぅうう』と唸りつつ、何とかジークの剣を押し返そうとしている喋る魔物の方が、まだ理性的なようにも見える。
『こなくそ!!』
足のばねを使って無理やりその場から転がり逃げた喋る魔物は、隙を与えず距離を詰めて来るジークを睨みながら、片手の斧をポイっと放り捨てた。
イニシアチブをとって手数で勝負できる相手なら二刀流は有利だが、ジーク相手には防戦一方だ。
一本の斧を両手でしっかりと持って戦った方がましだと判断したのだろう。
しかしそれは、いざという時のガードを投げ捨てたということでもある。
喋る魔物の背水の陣が始まろうとしていた。
ジークはそんな喋る魔物に殺意を振りまきながら接近していく。
その光景は、どう贔屓目に見たってジークの方が悪者にしか見えないのであった。




