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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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「何でついてくるんですか」


 十分に時間を空けてから転移の宝玉を使ったはずなのに、その先でジークを待ち構えていたのはテルマだった。

 腰に手を当てて堂々とジークを見上げている。

 テルマくらいの年頃の少女で、ジークの真正面に立つことが出来るものがどれだけいることだろうか。とてつもなく勇気のある所業であるはずなのだが、テルマはなぜかこの強面の大男のことをそれほど怖いと思っていなかった。

 情報を集めれば集めるほど良い人物ではないはずなのに、観察をしていると悪さをしている様子はない。悪さらしいことを見たのは、最初に探索者四人を伸していたことくらいだ。

 よくよく考えてみればあの時だって一対四であったはずなのに、伸びていた探索者たちにはあとに残るような怪我は何もなかった。無礼な態度をとったテルマにだって乱暴なことをしてこない。


 よくわからない人だと認識を改めていたが、それはそれとして、奇行は目立つ。

 テルマは馬鹿ではないから、ジークがあからさまに自分が塔に入るのを待っていることくらいもう気付いていた。

 だがそれも様子がおかしい。

 見目の整っているテルマは、男性からのそういった視線に敏感であったが、ジークには色めいた雰囲気が一切ない。だからこそ余計に訳が分からず、どうしたものかと悩んだ末にウームに相談をしたのである。

 結果はこの通り。

 待つ場所が塔の中から外に変わっただけである。

 じれったくなってしまったテルマは、ついにジークに直接話をつけようと、こうして追いかけてくるのを待ち構えていたわけである。


「……たまたまとか言わないでくださいね。二度も三度も続くなら、それは偶然じゃなくて誰かの意志が宿ってるものです」


 ジークは懐かしい言葉を聞いて眉を上げた。

 その昔一緒に塔に挑んでいたギャンブル好きの斥候がそんな話をしていたのを思い出す。説教する割にギャンブルの戦績はややマイナスだったけれども、手先が器用で目端が利く男だった。


「……ウームに言われたからだ」

「断りましたよね?」

「そのあとさりげなく見てやってくれと頼まれた」

「お金でも積まれたんですか?」

「……いや、どうなんだろうな」

「どうなんだってなんですか」


 街の利益のために行っていることなのだから、依頼料くらい発生するのが当たり前だ。しかし頼まれごとはたまにあるし、そんな時は思い出したかのようにお金を手渡されることが多い。

 実際ウームが思い出したときに支払ってるのだから当然なのだが。

 いくら払うともいつ払うとも、そもそも払うとも言われてないからこその『どうなんだろうな』であった。聞かれたって回答は持ち合わせていない。


「貰うんですか、貰わないんですか、はっきりしてください」

「今のところ何も約束してない」

「じゃあ何でついてきてるんですか」

「だから、頼まれたからだ」

「頼まれたら何でもするんですか」

「いや、時と場合による」

「なんでこの件はやってるんです」

「……わからん、うるさい奴だな」


 自分の方が立場が悪いことがわかっていたからこそ矢継ぎ早の質問にも答えていたが、いい加減に面倒くさくなったジークは、最終的に回答を放り投げた。何一つ嘘はついていないけれど、普通に考えれば印象は最悪である。

 しかしテルマはこの男にそんなに悪い印象を受けていなかった。

 意外と長いこと質問に付き合ってくれたし、うるさいと言いながらも気まずそうにテルマからは視線をそらしている。

 テルマの実家では怖い顔をした大きな犬を飼っていたのだが、何の偶然か、その名前がジークであった。

 テルマたちが留守にしている間に悪さをした犬のジークは、母に怒られたときにそ知らぬ顔をして誤魔化そうとする。今の人間のジークの態度が、それにそっくりに見えて、なぜだか腹も立たなかった。


「……依頼を受けたならちゃんとお金の話もしてください。それが普通になってしまうと、他の人だって困りますから」

「金には困っていない」

「そんな話はしていません」


 テルマはため息をついて回れ右して、塔の中を歩き出す。

 ジークはその場に立ち尽くして、いつものようにその背中を見送った。

 しばらくしてから距離を置いて後を追いかけるつもりである。


 十メートルほど先に進んだところで、もう一度大きなため息をついてテルマが振り返る。


「どうせついてくるなら一緒に来たらいいじゃないですか」

「いいのか?」

「邪魔しないならいいですけど」

「そうか」


 ジークにはテルマの中でどんな心変わりがあったのかさっぱりわからない。

 そもそも女性心なんてよくわからない。

 かつて世話になった陽気な男は、それらしいことをよく話していたし実際に女性心を掴むのがうまかった。塔に潜ることにおいて全く必要がないことだと確信していたジークは、いつもその話を聞きながしていた。

 ちゃんと聞いていればもうちょっとコミュニケーション能力も上がっていたかもしれない。しかし、当時はどうせその男がいるから自分にはその役割が回ってこないと思い込んでいたのだ。


 ジークはテルマの後について行く。

 戦闘が発生しても本当に後方で腕を組んだまま何もしないことに、テルマは少しだけいらだったが、よくわからない状況のまま遠くからついてこられているよりは多少ましである。

 それに三十階層程度ならば、まだまだテルマにも余裕がある。

 はじめのうちは何か変なことをしてこないか一応警戒したまま戦闘を続けていたが、やがて近くにいることも全然気にならなくなってきた。

 時折テルマの剣筋を見て満足げに頷いたりしているのも、またちょっと腹が立ったが、そういうやつなのだと思えばすぐにどうでも良くなる。テルマは正義感こそ強いが、自分に対する行動については割と寛容な少女であった。

 つくづく探索者らしくないが、ジークにはそれがまた、昔世話になった仲間たちを思い起こさせる。


 昼の休憩を挟んだ際に、ジークは珍しく自分からテルマに声をかける。


「俺の方に魔物がこないように戦っているな?」

「わかるんですか?」


 テルマは朴念仁と言って差し支えなさそうな男に疑いの目を向けるが、人間関係と戦いの状況把握能力は比例するわけではない。


「わかる。来たら勝手にやるから気にするな。邪魔するためについてきてるんじゃない」

「……わかりました。大丈夫なんですね」

「大丈夫だ、問題ない」

「ならそうします」


 昼食時の二人の会話はそれだけだった。

 友達でも何でもない奇妙な間柄なのだから、それも不思議ではない。

 

 三十階層で主に出てくるのは、巨大な蛙の魔物だ。

 伸びてきた舌に捕まれば人間なんて平気で一呑みにされてしまう。

 肌は弾性が強く、打撃に耐性がある上、素手で触れると毒に侵されるという、かなりめんどうな類の魔物である。

 ただし、熱や斬撃には弱く、剣を持つテルマやジークにとってはそれほど相性の悪くない相手であった。

 ある広間へやってきたとき、その真ん中に大きな影が三つ塊を作っていた。

 目を凝らしてみると、口がもごもごと動いており、足元には探索者のものと思われる武器が落ちている。

 テルマたちに気づいた大蛙たちは、喉をぼこっと動かすと、口から金属で作られた防具をごろっと床に吐き出した。その兜の中にはまだ人の頭部が残っており、それに気づいた一匹の大蛙は舌をまたベロンと伸ばして口の中へ戻す。


「……そっちに行くこともあると思います」


 これまで戦ってきた経験から、三体すべてを自分の方へ引き付けることは難しいと悟ったテルマは、あらかじめジークに告げて走り出す。

 三対一でも負けるとは思えないが、二匹を倒している間に一匹がジークの方へ向かってしまう可能性は十分にあった。

 仕掛けてきたテルマに対応したのは、先ほど舌を伸ばさなかった方の二匹。

 戦略もなくまっすぐに近寄ってくる蛙たちを相手するのはそれほど難しくない。


 しかし予想していた通り、最後の一匹はテルマが戦っている最中に、頭上を飛び越えてジークの方へと向かっていた。小さな頭で、これからテルマとの戦いに参戦したところで貰いが少ないとでも思ったのだろう。

 ゾンッ、と何かが動き、発生した風がテルマの髪を揺らした。

 テルマが位置を入れ替えながら、大蛙の手足や舌を斬り落としている最中。たまたまジークの姿が目に入る。

 ジークの前には真っ二つになった大蛙。

 そしてジーク本人は、すでに広間の端で腕を組んで石像のように突っ立っていたのであった。

 


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