消失
有間が手持ちぶたさに玄関から帰ってきた。
部屋からキッチンに来たヒミコがお茶淹れながら有間に聞く。
「どうしたんですか?」
「いや、いつも水曜日はヒミコ君のお母さんが寄るのに来ないなあ〜と」有間は大のお菓子好きなので
ヒミコの母が働くスーパーのオリジナルお菓子のお土産が楽しみなのだ。
「あの京風メロンパン?はいからバージョンを持ってきてくれる約束なんだけど…」有間がしょんぼりしてる。
「山の下にも店あるじゃないですか?」
有間はいつもは大人なんだが、食べ物に関してだけは
いやしいのだ。
「はいからバージョンは置いてないんだよ!
だからお母さんが持ってきてくれるって言ってたのに!」
白あんが入った変わったメロンパンなんだが、はいからはチーズクリームとこしあんが入っているらしい。
それがどうしても食べたかったらしい。
「母に聞いてみますね。」ヒミコは携帯アプリで母に病院なのか?聞いてみた。
『今日、病院は?』
『なんの病院?誰も病気してないけど』
変な事を言い出してる。ボケたのかな?まだ若いのに。
『市子の病院だよ!お見舞い行かないの?』
『市子って、誰?』
一瞬、固まってしまった。
どういう事???
アキラがキッチンに来た。
「今からサナトリウム行くぞ!」ヒミコに声を掛ける。
「えっ、でも…どうして?」まだヒミコは東山のサナトリウムに行ったことがないのだ。
市子に会う勇気が持てない。
「昨夜からあそこら辺に変な歪があるんだ。
気付いたら市子の記憶がぽっかり抜けてる。
妹…いるよな?」
アキラまで変な事を言い出す。
「えっ、ヒミコ君の様子を身に来るだけだよ。お母さん。
妹なんか居たっけ?」有間まで変な事を言い出す。
「あの、どういったご要件でしょうか?」
受け付けで市子の名を言ったし部屋番号も聞いてたので伝えたが、怪訝な顔をされた。
「そんな部屋はありませんし、入院されてる方にそんな方はいません。」すごい警戒されている。
「そんなバカな!妹、救急車でこちらに運ばれたのに!」ヒミコが受け付けに噛み付く勢いで聞こうとしたがアキラが止める。
「失礼しました〜」受け付けを離れ病院ロビーへ戻る。
「裏に回るぞ。雑木林の方へ行こう。」
アキラが目配せする。
一般病院と違うので入院病棟にはバリケードがある。
「どうするのよ!」ヒミコが鉄条網の前で腕組みする。
「歪みがあるのは、あの渡り廊下の向こうなんだ。
部屋番号見えるか?」
柵の向こうに非常口があり、そこから廊下が真っ直ぐ見える。
部屋番号が並んでるが、なぜか市子の部屋番号109号室が抜けて1010号室の4桁になっている。
鉄条網の端がめくれてる。
逃げ出そうとした患者がいたのかもしれない。
そこから中に入り、非常口から何食わぬ顔で廊下を歩く。
看護師とすれ違い会釈する。
やはり109号室が抜けている。
108号室から1010号室になっている。
「あれ?109号室じゃなかったっけ?」
アキラがわざとヒミコに声出しで聞く。
「無いね〜階を聞き間違えたかなあ〜?」ヒミコもとぼける。
すれ違った看護婦が聞きつけて親切に戻って来てくれた。
「1階だけ109号室無いんですよ。変わってるですが
昔からなんですよ。
2階からは普通に9号室ありますよ。」
「ありがとうございます。2階へ行ってみます。」
親切な看護師と会釈して別れる。
「どういうことなの?あの人、嘘ついてる感じしないよ!」ヒミコが小声で聞く。
「いや、ここに部屋はある!ただ空間が歪んで109号室は閉鎖空間になってるんだ!」
「どういうこと?」
「別空間なんだよ。よく神社の祠の中もこうなってる場所あるんだが…病院によく作ったな。
すごい強い霊力が無いと無理だ。
市子には無理だ!誰だ?」
アキラの横顔がこわばってる。
いつも余裕かましてるのに。
「多分、京都中の人の意識から市子を隠したんだ。
とんでもない奴だぞ!これは…」