貴人
薬が良く効いてる。
月が煌々と檻のついた窓から見えるが、それに何も感じない。
拘束服は着せられているが、前みたいにベッドに縛り付けられてはいない。
寝返りは打つことは出来た。
監視カメラのレンズは暗闇でもピカピカと市子を見つめてる。
今夜は黒い影すら来ない。
嬉しくも悲しくもない。
ただ生きてるだけだ。
母は週1で見舞いに来てくれるが、姉は来たことが無い。
仕方ない。
邪魔をしょうとしたので息を止めたし。
心臓も止めれたが、ちょっと恐かったのかもしれない。
姉は怒り出すとめちゃくちゃ恐いから。
あのアキラ君がいつのまにか姉の側に居た。
ビックリした。
小学校でたまにジッと見つめられて恐かった。
母からスゴい霊媒師だとか病院の霊障を治めたとか
噂は聞いてた。
私の黒い影の友達に彼だけ気付いてた。
だから、出来るだけ近付かないように避けてた。
姉にガン詰めされた子は、ある日アキラくんに背筋からヘビを抜かれてた。
そのヘビが私に向って来ると、アキラ君が頭を踏んで潰した。
楽しそうに。
他の子には見えてないようで、不思議そうにしてた。
アキラ君は誰も気付いてないと思ってたのか?
「ゴキブリ踏んだあ〜」とかふざけてた。
私の黒い影の友達も悲鳴を上げてた。
高校が別になって、正直ホッとした。
大学でまた一緒になったが、必死で気付かないふりしてたはず…
大学行かない間に姉と仲良くなってたなんて!
痛かった、熱かった…アキラ君が私の友達を焼き殺していく。
もう友達じゃない。私自身になってた。
一緒に世を呪い愚痴を吐き抱き合う内に皆で一つの身体に。
その度に頭は冴え、この世の全てが見えてきた。
京都の街を俯瞰で見ることもできた。
私を辱めた奴らの姿も見えた。
「あいつらに罰を。アナタにはその権利がある。」
私自身となった黒い影が口々に言う。
私が躊躇うと影たちは、彼らの周りの人の身体に入り
操り殺した。
「アナタは何もしなくて良い。
私たちがしてあげるから。もう私達は、今の世では
霊だから。
心配しないで。」
友達は優しく囁く。
人間の友達は、私を裏切るけど黒い影達は私を裏切らない。
大学の友人の家にも毎晩行った。
枕元でずっと呪いと恨みを吐き続けた。
楽しかった。
生まれて初めて、あんな爽快な日々は無かった。
アキラ君が、ふたたび現れるまでは!
煌々と光る月を背に真っ黒な影が、市子の檻のついた独房の窓から部屋の中に入ってきた。
漆黒の影は人の姿となり、美しい男の姿となった。
「あなたは…?」薬で呂律もあやふやだが声を振り絞る。
「かわいそうに。貴女は何も悪くない。
私の女御となりなさい。貴女には、その資格がある。」
拘束服を着た市子を抱き上げる。
市子の欲しい言葉を全て言ってくれる。
『褒められたい。認められたい。愛されたい。』
姉には絶対分からない私の気持ち。
姉妹だけど、ずっと一緒にいたけど、この気持ちは伝わらなかった。
「どうか、貴方のそばに置いてください。」
市子はハラハラと涙を流した。
「心得た。」
その瞬間、部屋は黒いツタに覆われ消失した。