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死念  作者: 南部鞍人
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死念

 オバケ屋敷、おぼえとるか?


 おー、懐かしいな。でもあれ、今もう無くなったやろ。


 そうそう、池ンなってしもた。やけどさ、そこいま有名な心霊スポットになっとるらしいで。


 え、うそぉ。オバケ屋敷ンときもソンナ話しとったけど、入っても何も無かったやん。


 それがこんどはマジらしい。子供の幽霊見たいう話がメッチャ出てる。


 マジか。ほな行ってみよか。


 マジで? 今から?


 おう。今から。




     ***




 ある日に架かってきた電話が、私の心に、過去のざわつきをよみがえらせた。



 画面に表示された番号は未登録。

 しかし、取引先や保険会社の可能性も捨てきれず、私は架電に応じた。



「白瀬?」



 おぼえの無い声が、私の名を気安く呼ぶ。



「誰?」


「ああ……桂田(かつらだ)。小中ンとき、おんなじクラスやったやろ」



 受話器から虚無の波が湧いて、私を呑み込んだ。



「どこからこの番号聞いた」


「お前のお母さん」



 私は番号の変更と、故郷との完全な不通を決意した。



「なんの用?」


友知(ともち)、おったやん」


「うん」


「あいつ、死んだんよ」



 私は黙った。

 友知もおなじ小学校から中学にかけての同級生。

 だが、その死を聞かされても、何の感慨も湧かない。

 だから、黙るほかないのだ。



「自殺やった」



 私はまた黙る。



「あの……オバケ屋敷言われとったボロ家、あったやん」



 私の沈黙を無視して(あるいはその理由を知りたがってか)、桂田は話を変える。



「あそこ、昔から出る出る言われてたけど、けっきょく何もなかったやんか。やけど、高校上がってちょっとした頃に大きめの地震あって、あのへん池になったやん。あ、白瀬……高校、関東のほう行ったから知らんか。

 もともと埋め立て地やったみたいで、地盤も緩かったみたいでさ。オバケ屋敷も崩れて、瓦礫も綺麗に取られたんやけどな……」



 私が相槌を打つまでもなく、桂田はまくし立てるように語る。

 伝えなければ命に関わるとでも言わんばかり。



「そしたら、そこの池に子供の幽霊が出るっちゅう話が出はじめたんよ」


「へぇ」



 おもわず、私はながらく溜め込んでいた声を漏らした。



「地震ンときに入り込んでて、巻き込まれた子の幽霊やとか、もともと池やった大昔に溺れて死んだ子やとか、いろいろウワサが立ったんやけどな。

 ついこないだ、メッチャひさびさに友知と()うてさ、飲んだ帰りに、その池、行ってみよかってなったんよ。

 夜中でメッチャ暗いし、道路からも離れてるから池の縁とかも見えんくて――まぁフェンスはあったけどさ。まぁなんも見えへんなぁっておもてたら……フェンスの網越しにな……おってん……男の子」



 桂田が言葉を切る。

 そのときの光景を思い出して身震いしているのか、それとも私がちゃんと聴いているか確かめているのか。



「白瀬」


「きいてる」


「ちゃう。お前や」



 桂田の震える言葉は、微塵も理解できない。



「その子供、お前やってん」


「は?」



 砕かれても呑み込めない。

 が、その一方で、私の頭は、二本の思い出の糸をたぐり寄せて、複雑な紋様を描くように、からめ、結び始めていた。



「中学くらいンときのお前がさ、池ンなかから体出して、じっとこっち見とんねん。おかしいやろ。スマホで照らしても、目の前のフェンスと足下くらいしか見えへんのに、向こうにいるお前だけメッチャ見えんねんで。うちも友知もワケ分からんくなって、悲鳴上げて逃げたわ。お前になんかあったか思たけど、お前のお母さんに訊いても“元気やで”て言わはるやん」



 ああ、それでか――つい先週、母から私の息災を確かめるような電話があったのは。

 よもや息子さんの姿をした幽霊が出たなどとは、桂田達も父母に言えず、当たり障りない会話で私の状況を探ったのだろう。

 それで母も少し心配になって、と…………



「そのあとやねん。友知が、おかしなったん」



 はぁ、はぁ、桂田の息が荒くなっている。

 ここからが本題らしい。



「そんとき、LINEの交換もしとったんやけどな。友知……昼でも夜でも、白瀬が見えるって言い出しよるねん。中学ンときのお前。

 外いても、家ンなかでも、目のはしにお前が映ってきて、そっち見たら消えるって。ほんで……寝るたんびに、夢ンなかにも出てきて……お前が……その……ひどいことしよるって」



 私が友知に乱暴……そう聞いても、私はとくに驚かなかった。「ああ、そう」と返してもよかったが、いまは桂田の話を最後まで拝聴しよう。



「うちがお祓い行け言うても聞かんくて――あの子、幽霊とか、昔っから信じひんタチやったから。やけど、ビビってキレ散らかしてっていうのがアッというまにひどなってさ…………

 …………おととい、死んだんよ」


「なんで」


「その池で、死んでるンが見つかった。警察は、自分から入った言うてるけど、二メートル以上あるフェンス乗り越えて……しかも裸やったって……どう考えてもおかしいやろ」


「うん」


「うん、て! お前なんか知っとるンちゃうんか!」



 スマホを耳から遠ざける。

 五〇センチほど離れた受話口から、桂田の声が流れてくる。



 ――だいたい、お前さっきからなんでそんな愛想ないねん! 友達死んで、ヘェとかウンとかお前ひとのこころないんか!――



 ……人の心。

 ああ、そういうことか、と私はひとり納得した。



 ――都会出て冷たなったんかうちらのこと田舎もんや思うて調子のってんのかお前ウチらになにしたんやウチら死ななあかんほどのことしたか――



 友知。桂田。彼女たちにとっては、私は幼少期に誰もが通り過ぎる児戯の対称でしかなかったのだろう。

 あたかも、塩をかけてナメクジを殺す実験をするようなものだ。


 友知と桂田の二人から、私はずっと幼少の頃より、ひどい仕打ちを受けてきた。

 体が小さく気も弱かった私には、彼女らの狂気に抵抗するすべなどなかった――と言っても、信じられない者には、世迷い言に聞こえるだろう。

 田舎ゆえの古い男女観もあって、誰に相談しても、返ってくるのは冷笑と叱咤だけだった。

 父親など、聞きたくもないとばかりに、私の頬を張るだけだった。



「白瀬! おい白瀬!」



 桂田の雑言をBGMにして過去へトリップしていた私の意識は、彼女の必死の呼び声で現在に引き戻された。



「頼む何か言うてや! うちのこと助けてや! 見えてんねん! うちにもお前が見えてんねん! お祓いしたけどアカン! どうなってんの!」



 罵倒がいつの間にか懇願に変わっている。

 友知もこうだったのだろうか。だとしたら、もっと早く連絡して欲しかった。



「とにかく謝るし! この通りや、堪忍やで!」



 桂田の声は泣いていた。

 まるで、あの時の私のように。



「ええよ」



 私は静かに応えた。



「ほんまか! 許してくれるんか!」


「謝ってくれたしね」


「マジか! ありがとう! ありがとうな!」



 桂田がそう叫ぶと、通話は切れた。

 向こうが切ったのか、私が切ったのかは、どうでも良かった。

 私は自分の番号を変える手続きを始めようとして、思い直した。


 私は、電話を架けた。


 桂田の話が嘘だとは思わない。

 池のウワサの幽霊とは、たしかに私なのだろう。


 だが、その正体はきっと生霊などではない。呪いでもない。

 在りし日に、この身、この心から抜け落ちた何かだと、私は確信した。


 私に対する桂田達の嗜虐心は止めるものもなく、中学に入って頂点を迎えた。


 あの日、彼女らは、件のオバケ屋敷に私を連れ込み、服を剥ぎ、粗縄で縛り上げ、恐れ震える私に向かって、何度もシャッターを切った。

 ありとあらゆる卑猥な格好をさせ、素肌に油性ペンで淫らな言葉を書き刻み……そして彼女達は、それら写真を、怪しげな界隈に売りさばいた。


 あれを最後に、私の心は、何かを失った。

 以来、他者にも自分にも、なにも感じられないでいる。愛情も信頼もなければ、期待も幻滅も、嫌悪や苛立ちさえも無い。

 その結果、私は冷然とした人間になり、家族からも気味悪がられ、家から追い出されるように、遠方の寮付き高校へ進学した。

 社会人となった今も、なるべくしてなるように、ただ黙々と、日々を送っている。


 私のなかの、人の心にあるべき何かは、あそこで死んだのだ。


 そしてあの廃屋に居憑き、その崩壊によって池へと解き放たれた――あの時、私が抱いていた恨み、つらみ、憎しみ、そして復讐心……人の心にあるすべてを、あの時の姿のまま抱え込んで……


 だから、抜け殻のほうの私がどうしようと、桂田の末路が変わることなどないだろう。


 コール音が止んだ。



「おう」



 久しぶりに聞く、父の声だった。

ショートショート作品なのに、間違えて連載形式で投稿してしまいました。あーあ(^^;)

これで終わりです。


【死念】は造語です。本編にも出すつもりでしたが、説明が要るのでやめましたw

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2重人格が生まれる過程と同様ながら、嫌な事をされた時点で人格を切り離して2つに分離してしまう流れは斬新で楽しめました。 ☆5&イイネ [気になる点] 白瀬(私)が男性で桂田、友知が女性、い…
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