魔神
魔人ベンクーダ視界からアルフィム一瞬で消えた。
次の瞬間、ベンクーダの視界は反転し
地面に向かって落下していく。
ベンクーダの目には地面を転がる映像。
止まったあと視界の先に映ったのは
首のないタキシードの男の姿だった。
(首を斬られた!?・・・。チツクショー!
全魔物に総攻撃を指示しなくては! )
ベンクーダは大きく口を開くが声が出ない。
ジワジワと意識レベルが低下していく。
(すぐに再生しないと!・・・。
ううう。うがぁ~!!!
意識にノイズが混じって集中できん。)
ベンクーダの視界が徐々に暗くなっていく。
(!?・・死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!
嫌だ・・わたしは・・・・これで終わるのか。)
ベンクーダの視界に突如、アルフィムの姿が映った。
アルフィムはしゃがんだ姿勢で
不思議そうな顔をしながら
ベンクーダを上から覗き込んでいた。
「なんつぅ~か。ごめん。
魔人がこの程度の攻撃で
致命傷になるとは思わなかったんだ。
お前の事はおそらくすぐに忘れてしまいそうだが
俺の記憶の端っこで永遠に生きていくだろう。
だから安心して安らかに眠ってくれ。アーメン。」
アルフィムは両手を重ね祈るような仕草をした。
ベンクーダは意識が遠のいていく。
(こいつ。勝手なことばかり言いおって!
絶対に許さん! 許さんぞぉー! ・・・・・)
バタン!っと
首の無いベンクーダの体は膝が崩れて
右肩から地面に倒れた。
ベンクーダの視界は真っ暗な闇に覆われて
ベンクーダの意識はプツンと途絶えた。
アルフィムは右手をベンクーダの両目に当てて
瞼を優しく閉じさせた。
「口だけの卑怯な男よ・・・眠れ。」
そう言ってアルフィムは立ち上がる。
アルフィムを囲む何万といた怪物が
命令が無い事で行動をしかねるような様子だった。
アルフィムは周囲を見渡すと
「ベンクーダも一人では冥界の旅が寂しいだろうな。
こいつらもお前の道連れに送ってやるか。」
アルフィムはデスソードを両手で地面に刺した。
「デスソードに宿りし魔神よ!
こいつらを食らいつくせ!!!
召喚! 嘆きの魔神ベルクトス!!! 」
デスソードから黒き瘴気をブワっと立ちのぼり
巨大な暗雲となって天を覆いつくす。
上空の暗雲は雷を放ちながら
何十万もの巨大な黒き蛇が躍り出てきた。
地上も禍々しい瘴気に覆われ視界を奪う。
巨大な暗雲から放たれた蛇たちは
空中を泳ぎ、巨大な顎を開きながら
体長20m級の飛竜をも一口で呑み込んだ。
怪物たちは逃げ惑うが数の暴力に成すすべはない。
地上に降りた巨大な蛇の大軍は
津波のごとく波うち蠢きながら
怪物の群れに襲い掛かり食らい尽くす。
30分すると空を覆っていた暗雲の切れ間から
徐々に光が差し始めた。
絶望の大森林は広大な範囲で木々はなぎ倒され
鬱蒼としていた草花は強い瘴気の影響で
茎や葉が黒く変色し、枯れ果てていた。
アルフィムは大剣を地面から抜いた。
周囲の惨状を見渡しながら
「う~ん・・やりすぎたかなぁ。」とつぶやく。
「あ、そういえば、昔、兵士時代に先輩が
『気にしたら負けやで』と口癖のように言ってたな。
何事も前向きに捉えていこう。
行動しなかったことへの後悔より
行動したあとの後悔を俺は選ぶぜ。」
アルフィムは東に向かって歩き出そうとした。
ゴゴゴゴ!!! と
空間に歪みのようなもの発生した。
アルフィムの目の前の先の空間に
5mほど亀裂が走る。
空間の穴がゆっくりと広がっていった。
アルフィムはそれがなんなのかを理解していた。
(やっぱりやりすぎたんだなぁ。やべぇ。どうしよう。)
空間から黒い角が出てくるのが見える。
アルフィムは片膝を地面について跪くと
敬服の姿勢を取って顔を下に向けた。
空間の穴から黒き一角獣が姿を現す。
一角獣には中年らしき男性が騎乗していた。
紺の軍服を着用しており
左肩から金色に輝く飾緒が
ぶら下がっている。
右胸にはいくつもの勲章が輝いていた。
カッツ! カッツ! カッツ! と
蹄の音がアルフィムにゆっくり近づいてくる。
アルフィムはただ黙って敬服の姿勢を崩さない。
漆黒の一角獣に騎乗する中年の騎士は
周囲を見渡す様子を見せて
呆れたような笑顔を見せる。
「まったく、こりゃ、ひでぇな。」
一角獣はアルフィムのすぐ手前で足を止めた。
「大天使アルフィムよ。
かまわぬ。面をあげよ。」
アルフィムは騎士を見上げた。
眉間には深い皺が刻まれており
無精髭が生えっぱなし
しかし、目元はただただ優しい印象だった。
千年前から変わらぬその姿を見て
アルフィムは懐かしい気持ちになった。
「おひさしゅうございます。界神キシュハード様。」
アルフィムはゆっくりと
立ち上がると軍隊式の気をつけの姿勢を取った。