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まわりまわる  作者: やまのみかん
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プロローグ まわりはじめる

生まれ育ったフォトンは、灰色の町。

人々の住む石造りの小屋も、着る服も、見上げる空も、全部くすんだ色合いをしている。

昔、おばあちゃんと一緒にソレリアのバザールに行ったときに見た色とりどりの賑やかな街風景も、素晴らしいと思う。だからといってこの町はソレリアに比べてみずぼらしく映ることはない。

この灰色の町並みを眺めると落ち着く。

鮮やかな色は、ここに似合わない。むしろ不気味で毒々しい。たとえば今、わたしの前に立っている、目を刺すばがりの白と赤の格好をしている者達。

「貴女は今度の、「選ばれしもの」。」

そして意味不明な言葉を口にしている。いや、言葉通りの意味なら、理解していますが。

「レイジュまで、同行願います。出発は明日の朝の五刻。それまで、支度を済ませるように。」

「…待ってください。あなた方は、天達院の神官ですか?」

「いかにも。」

「前回の「選ばれしもの」が確定されてからまだ一年しか経っていません。慣例なら、儀式は十年置きに行われているのではありませんか?」

「さすがに情報はまだこんな辺鄙な町まで伝わっていないか。まあよい。教えましょう。前回の「選ばれしもの」は七十を越えた老人。先日寿命を迎えました。」

「同行するのは条件があります。妹に、ソレリアの公認薬師を一人つけてください。でないと同行を拒否します。」

「身を弁えなさい。同行を拒否する権利はそちらにありませんし、貴女の要求に応える義務もこちらにありません。天は、あらゆる障害を排除しますので。」

「でも…」

訴えかけて、神官の目を見た瞬間、ゾクリとした。

そこは身の程知らずの小娘に対する怒りも、蔑みが見えない。もちろん同情も、戸惑いもない。その目の視線はただわたしを捉えているだけ。何の感情をこめず、無機質ものみたいに。

「この旨を伝えた瞬間から、貴女は我々と共に天達院へ戻る運命をつけられました。無駄の足掻きをしない方がいい。それでは。」

会話はそこに切り上げられ、白の赤の群れはぞろぞろとこの場を離れた。見れば、町のはずれに同じ色の天幕が張られていた。今晩彼らは、そこに住むことになるだろう。

ぼんやりとその方角を眺めていると、後ろから声が聞こえた。

「まるで毒キノコみたいね」

振り向くとそこは、困ったような、悲しむような微笑みを浮かんでいる妹がいました。

「うっかり盗み聞きしちゃった。ごめんお姉ちゃん」


「エルワードさんに、採取に出るとき負んぶして貰えるよう頼んでみる」

二人は家に帰ってもしばらく無言でした。突然すぎの出来事に頭がついてない。しかしわたしより聡明なエリは早くも事態を理解していて、現実的の対処法を考え始めた。まだ混乱しているわたしをよそに、先に沉默を破る。

「傷薬の提供を割引し、もしくは無料にします。狩りを生業してるから、向こうにとってはいい条件だと思うよ」

「…いい考えだよ。エルワードの人柄なら、わたしも信頼できる。」

エリの持病は命にかかわるもので、定期的に薬を飲まさないといけない。調合方法自体は簡単で、初心者でもできる。

問題は材料のティカ草、こいつは山にしか生えない。

エリは大人しく座っていてもふとした拍子に息が苦しくなるものだから、ちょっとした勾配ものぼることもできない。山中を歩き回るのは論外。人を頼んで採って貰えることもできない。ティカ草を見分けるのは、薬師のわたしとエリだけ。わたしがいなくなったら、エリが自分で直々採るしかない。

ならば体力を持つ猟師さんに運んでもらえるのは最適解。異論はない。本音を言うと、採取の方法を本を見ただけで実践経験がなかったこと、冷たい風に当てられたら発作が起こるかもしれないこと、あのエルワードがうちのかわいいエリを手を出すかもしれないことそのほかいろいろ、心配です。でも言い出すとキリがないし意味もない。エリを困らせることになるだけ。

「そしてエリは頭いいだからな。公認薬師になるための勉強も一人でできる。…本当にわたしの出る幕なんでないな」

口に出して自分を安心させなきゃいけない。エリは自分で生きられるのだ、と。

「そうね。私頑張る。」

「本当にごめん。わたしは…」

「お姉ちゃん。それ以上言わないで。」

エリはわたしから目を逸らして、俯いた。

「お姉ちゃんにも、おばあちゃんにも、謝って欲しくない。だってぜんぜん悪くないよ。…お姉ちゃんにとっても不本意だよね。訳もわからずにあんなところにずっと寝かせるなんで…」

途中、涙声になった。わたしはエリを抱き寄せて、彼女は腕の中で大声を出して泣き出すのを聴きながら目を閉じて、頬に伝わる冷たい感触を味わっていた。

「どうしたら…どうしてまだ奪われてなきゃいけない?恨むよ、神様…」


「選ばれしもの」になるのは、死ぬとは大差ないと言われています。

天達院の人達が言った「天」、つまり神様が人選します。誰が選ばれるのはランダム。そして神官たちは何にかの方法で天の指示を受け、その人を探し出し天達院に連れ戻す。

「彼の者は、神と対話する使者なり。大いなる意志と対等になるため、器から精神を解き放って…」

この勿体ぶった言葉使いが嫌になるな。あ、誰でも分かるような言い方をしたらありがたみがなくなるか。なるほど一理あるね。この説に清き一票。

要するに、神が話し相手が欲しいから、その神様と仲良くお話しするため、魂を体から抜かれちゃう。非常識的だけど、天達院相手に常識は通用しない。

前回の老人は例外として、歴代の役目の終わった「選ばれしもの」が生死不明で失踪扱いの理由が分かる気がした。

わたしが今読んでいるのは、エルワードが親切に貸してくれた天達院に関する紹介冊子。神官達の派手な格好をして人々の注意を集めたせいで、わたしが選ばれたことはたちまち町の全住民に知れ渡り、夜になると家に大勢の人が押し寄せて、「門出を祝う」宴を開けれ、何人がわたしの手を握られながら泣き崩した。その中にわたしの成長を見守った人もおり、薬師としてのわたしを尊重する人もおり、みんなわたしのために悲しんだ。その事実に、嬉しいと誇らしい気持ちになっていた。ちょっとだけ、おばあちゃんに近付けたと思ったから。

宴の際、エルワードにエリの事を頼んで、ついでに「祖父が昔レイジュに行ったとき買った本だ。役に立つと思うから持ってきな」と言われて、家宝と言って差し支えない物を受け取った。持っていくつもりはない。読み終わった後返す予定だ。エリの目の届くどころを置けば分かるだろう。

「民の声を直に耳を傾ける神の慈悲を…」

パッと本を閉じる。知りたいことを知ったから、続きを読む気にならない。

前述した通り、わたしが去った後、か弱いエリはこの村の唯一の薬師となる。エリが倒れたら、村人は病を対応する術を持たない。こんなのが慈悲と言うなら、言葉に対する冒涜だろう。

そんな折に、トントンと、控えめに扉を叩く音がした。

誰だろうと思いつつ、立ち上がってドアを開けに行く。酔い覚ましを貰ってくる人かもしれない。さっきの宴は酒臭い男を大量生産したものだから、その線がありえる。

「え?」

深夜に訪れる客は、黒ずくめの男でした。

村人じゃない。でも天達院の神官にも見えない。生きていることを放棄していたような、あの虚無の視線じゃない。ギラとしている。

「どなた様ですか?」

声に警戒の色がにじむ。

男はわたしを無視して、

「君が今回の贄だろう」

贄という言葉に引っかかった。露骨すぎる。この表現にピッタリの境遇だけど、誰一人もそんな言葉を使っていない。

戸惑うわたしに、男はこう言った。

「取引しないか、私と」

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