どら焼き
「へえ、めずらしいな」
その小さな店は目の前で焼く、どら焼きが名物だった。
そろそろ日が傾き始めた真冬の午後3時半、下校途中の二人はその店に列をつくる数人のいちばんうしろについた。
ときおり吹く寒風に鉄板から届く熱気が混じって冷と熱のグラデーションが二人の頬をかすめる。そのたびに彼の前に並ぶ彼女の小さな肩が少しだけすくんだ。
ひとり、またひとりと列は進み、さほど待つこともなく彼と彼女のそれぞれに熱々の焼き立てが紙に包まれて供された。熱い湯気といっしょに餡と生地の甘い香りが彼の鼻腔をくすぐる。
しかし彼女はその包みを開くことなく、おもむろにダッフルコートの隙間に手を入れて内ポケットの中にそれを仕舞い入れた。
「へへ、あったかいね」
白い息を吐きながら目を細める彼女。
そうかそういうことか。
この店が人気である理由の一つが今、彼にはわかった気がした。
どら焼き
―― 完 ――