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悪夢物語

おむかえ

作者: 暮 勇

 私の母さんも、ばあちゃんも、ひいおばあちゃんも皆夢を見た。

 もちろん、ただの夢じゃない。

 死人が、次の死者を迎えにくる夢だ。

 ただ、その内容は決して決まった形があるわけではないらしい。

 ある時は居間での談笑中に。

 またある時は海釣りをしている時に。

 死人は夢の中で、不意に言うらしい。

「迎えに来たよ」と。

 ただ、一体誰を迎えに来たのか、いつなのかはさっぱり教えてくれない。

 それを見た人が言えることはただ一つ。

 あぁその内誰かが死ぬんだ。


 通称”お迎え宣言”は、代々受け継がれる形で皆見てきた。

 つまり、ひいおばあちゃんが見ている内は、ばあちゃんはその夢を見ず、それは子供や孫に至っても変わらない。

 正しく”受け継がれる”もの、らしい。

 そして、その夢を受け継ぐ瞬間は、先代の死期を示すことにも繋がる。

 夢を見なくなったひいおばあちゃんは、その夜ばあちゃんの夢の中に、顔も知らないご先祖様と思われえる兵隊服の男性に伴われて、夢の向こうへ行ってしまったそうだ。

 そしてばあちゃんも、同じように母さんの夢の中に出てきた夜に、亡くなった。

 その時の夢を、母さんはっきり覚えているらしい。

 気がつくと、何故か魚の焼き方が良くないと言う謎のお説教を母さんが受けおり、カンカンに怒るばあちゃんを宥めるようにしてひいおばあちゃんがひょっこり現れ、言ったらしい。

「迎えに来たよ」

 夢の引き継ぎと言う、一種の儀式的な瞬間でさえ夢特有の脈絡のなさを発揮するのだから、ご先祖様は皆結構お茶目なのかもしれない。


「どうせくれえるなら、もっとマシな予知能力を授けてくれたっていいのにねぇ」

 この話をする時、母さんはいつも大好きなチョコチップクッキーを齧りながら、苦笑いをする。

 そんな風にでも笑えるのは、母さんも私も、私への”引き継ぎ”はまだまだ遠い先のことだし、そもそもそんな夢に人の死を予言する力があるなんて、少しも思っていないからだ。

 そう、昨日までは笑えたんだ。


 私は車の中に居た

 リムジンを思わせる奥行きのある車内。

 揺れるので車は走っているらしいが、何故だか窓の外は見えない。

 クリーム色の机が私の目の前にある。

 そして、その向こうには談笑している母さんとばあちゃんが居た。

 見た瞬間、ぞわぞわとした感覚が背中を駆け巡った。

 よく見れば、私も母さんもばあちゃんも、皆喪服だ。

 私と母さんたちを遮る机の上には、四角く折りたたまれた黒い布の上に置かれた、チョコチップクッキー。

「さきちゃん、降りなさい」

 机上のクッキーを見つめ固まっていた私の頭上へ、ばあちゃんの声が降ってくる。

 私は何も言わず、考えられず、いつの間にか止まっていた車のドアを開けて、降りた。

 そんな様子を見送りもせず、母さんとばあちゃんは相変わらず談笑している。

 ドアを閉める瞬間、ばあちゃんの楽しそうな笑い声の隙間から、不意にあの言葉が聞こえた。

「迎えに来たよ」

 ドアがしまった瞬間、黒塗りの車は音もなく走り去っていった。

 私は車に背を向けて、右のポケットから真っ白なハンカチを取り出した。

 そよぐ風にはためかせたハンカチを、私は思い切り宙に放り投げ、風と共に去ってゆくそれを眺めて思った。

 あの布は、顔にかけるのにちょうど良さそうだな、と。


 この夢を、私は母さんに言うべきだろうか。

 科学だとか、医療だとか、様々なものが発展している現代で、夢は脳の記憶処理の過程の産物でしかないと切り捨てることは簡単だ。

 実際、母さんは今日も元気にチョコチップクッキーを頬張っている。

 今すぐポックリ、なんて様子は微塵もない。

 それでも、歴代引き継がれてきた”お迎え宣言”だって、無下には出来ない気がする。

 ただ、それを信じると、母さんは…


 今まで見たことがない、先祖が出てくる夢。

 そして、初めて聞いた「迎えに来たよ」

 きっと偶々、昨日その話をしたせいだ。

 だからそれっぽい夢を見たまでだ。

 絶対に、”お迎え宣言”なんかじゃない。


 私はそっと、母さんのチョコチップクッキーを一枚貰った。

 思った以上に、苦いんだなぁ、と笑顔の母さんを見ることが出来ないまま、ぽりぽりと食べた。

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