第4章9話 ない。ディスクが、どこにも、ない
過去のニミーとHB274は、どんどんとお菓子屋さんに近づいていく。
このままでは過去が再現できない。
「やばいな、どうしようか?」
「あまり良い手とは思えませんけど、何か騒ぎを起こしてみてはどうでしょうか」
「ちょっと試してみよう。ラーヴ・ヴェッセル」
大規模魔法など使う必要はない。買い物客たちに迷惑なサプライズを行えば、それで十分だろう。
だが、俺はいつまでたっても魔法が使えなかった。
「……まだ魔法使用許可が下りないのか?」
「下りてません」
「あの女神、また仕事をサボりやがったな」
どうしてこう、大事なときに限ってラグルエルは頼りにならないのか。
全く機能しない神頼みに、俺のストレスは高まるばかり。
今回ばかりはフユメも苛立ちを隠せず、焦りも合わさり足踏みをはじめる始末。
最悪の状況で一歩前に出たのはメイティだ。
「……わたしが、やる……」
「頼んだ。悪いな、汚れ仕事は俺がやるって言ったのに」
「……これくらいなら、誰も悲しまない……」
覚悟を決めたメイティに迷いはない。
伝説のマスターでありながら、愛弟子に頼るしかない俺は申し訳なさでいっぱいだ。
店を出たメイティは腕を突き出し、魔法を発動する。
メイティの想像と魔力により生み出された水は、天井から廊下に降り注いだ。
あり得ない場所での突然のにわか雨に驚いた買い物客たちは、雨に降られるのを避けようと廊下から離れていく。
「今だ! いくぞ!」
人の少ない廊下を駆け抜け、俺たちはお菓子屋に走った。
雨に濡れながら、過去のニミーに見つからぬよう買い物客に隠れ、目的地へ。
気づけば俺たちは、カラフルなお菓子と甘い匂いに囲まれていた。
なんとかお菓子屋に到着できたようである。
喜んでいる暇などない。俺たちは店員を探し、俺はディスクを渡そうとポケットに手を突っ込む。
「ディスクを店員に……って、あれ?」
ポケットの中に突っ込んだ手は、何も掴むことができなかった。
まさかと思いポケットを裏返すと、そこには何もない。
血の気が引き、動きを止め、黙り込んだ俺。そんな俺を不審がり、フユメとメイティが俺に話しかける。
「どうしました?」
「……どうしたの……?」
「ない。ディスクが、どこにも、ない」
「ええぇ!?」
「どっかで落としたんだ! 早く探さないと!」
まさに踏んだり蹴ったり。
どこでディスクを落としたのか、見当すらつかない。
さらに俺たちに追い打ちをかける事態が。
「大変です! ニミーちゃんが来ちゃいました!」
フユメの言う通り、お菓子屋の入り口にはHB274とミードンを連れ幸せそうなニミーが。
彼女に見つからないため、俺たちは通路を伝い、同時にディスクを探す。
しかしお菓子を前に目を輝かせた過去のニミーは、楽しそうに店内を行ったり来たり。
俺たちはディスクを探すどころか、過去のニミーから隠れるだけで精一杯だ。
しかも、店内を行ったり来たりするのは過去のニミーだけではない。
「おお~! このおかし、おいしそー!」
これは過去のニミーではなく、現在のニミーの言葉。
そう、現在のニミーも過去のニミーも、たくさんのお菓子に夢中なのだ。
2人のニミーは思うがまま、お菓子屋を歩き回っている。
奇跡的なまでに2人がすれ違っているから良いものの、これは心臓に悪い展開。
ディスクを探しているうち、過去のニミーはお菓子を手にレジへと向かっていった。
「クソッ! このままじゃ間に合わない!」
無人のレジでお菓子を購入するニミーを眺め、俺は絶望感に包まれた。
恐れていた事態が起きてしまったのだ。俺たちは過去の再現に失敗してしまったのだ。
どうにかならないかと頭を動かす俺とフユメ。
そのとき、お菓子屋の店員ドロイドがニミーに話しかけた。
《君、1人?》
「ううん、おねえちゃんとえいちびーがいっしょだよ!」
《そうかい、姉妹がいるのかい。それなら良いか》
店員ドロイドは、おもむろにディスクを取り出す。
あれは俺が落とした、デスプラネットの設計図が入ったディスク。
それを店員ドロイドは過去のニミーに手渡した。
《さっき店内で拾ったこのディスク、誰かの落とし物なんだ。僕は店が忙しくてね、この落し物、君のお姉ちゃんが警察に届けてくれると助かるんだけど、良いかな?》
「いいよ~!」
《じゃ、頼んだよ》
まさかの方法で再現された過去。
俺たちは安心感に浸りながらも、言い知れぬ虚無感に襲われた。
「なんかよく分からないけど、うまくいったぞ」
「今までの私たちの努力はなんだったんでしょうか……」
首をかしげるメイティ。
ディスクを過去のニミーに渡そうとした必死の努力がバカらしく思えるような結末。
お菓子に夢中な現在のニミーを除き、俺たちは完全に脱力してしまう。
おかげで、俺たちは背後に近づく1体のドロイドに気づけなかった。
《おい、なんでお前さんらがここに?》
唐突なHB274の登場。
せっかく最悪が通り過ぎたというのに、再び現れた最悪。
疲れ切った俺は、この面倒事をフユメに押しつけた。
「フユメ、HBを脅迫しろ」
「脅迫ですか!?」
「頼んだ」
「ええぇ~」
困惑しながらも、他に方法がないことぐらいはフユメも理解している。
フユメはHB274のメインカメラをまっすぐ見つめ、口を開いた。
「HBさん、聞いてください」
《な、なんだよ、怖い顔しやがって》
怯えるHB274に対し、フユメは冷酷な表情を浮かべたまま。
今のフユメは、まるで死の宣告にやってきた死神である。
死神は淡々と言葉を続けた。
「ここで私たちに出会ったこと、忘れてください。でないと、HBさんには壊れるまでニミーちゃんのお人形さんになってもらいます」
《そ、それだけはやめてくれ! 頼む!》
「では、HBさんがすべきことは分かりますよね」
《分かってる! ここでお前さんらと出会ったこと、忘れるよ!》
「本当ですか?」
《本当だって! ほら、えっと、お前さんらは誰だ?》
「大丈夫そうですね」
表情ひとつ変えないフユメの言葉に怯え、HB274はこの場から去っていく。
氷よりも冷たく鋭いフユメは、それでもいつも通りの表情をしているのがまた恐ろしい。
「……フユメ師匠、すごい……」
「容赦ないな」
「さっきのフユメおねえちゃん、おねえちゃんよりもこわかった~」
正直な感想を口にする俺たち。
俺たちはフユメを褒めたつもりだったのだが、フユメはそう受け取らなかったらしい。
彼女は頬を膨らませ、ご機嫌斜めに言い放った。
「ソラトさん、帰りますよ」
「ああ。メイティ、ニミー、行くぞ」
「……うん……」
「まって! おかし、ほしー!」
「お菓子はまた今度買ってあげるから、今は我慢だよ」
「むう……わかった……」
先ほどまでの冷酷さは何処へやら。残念がるニミーの手を優しく握ったフユメ。
予想外の方法ではあったものの、俺たちは無事、デスプラネットの設計図を過去のニミーの手に握らせたのである。
任務は終わり、ボルトアの街を散歩しながら、俺たちはゆったりとヤーウッドの輸送機へ戻るのだった。
次回 第4章10話『カーラックさんも意外とセンシティブなんだな』
ラグルエル「不安なことはまだまだいっぱい。アイシアちゃんもちょっとお疲れ気味ね。一方のクラサカ君は、コターツでカーラックさんとお悩み相談」




