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第3章26話 念には念を入れた方が良いと私は思うの

 山頂の岩肌に沿い、グラットンに到着すると、俺たちはハッチを開け梯子を登り、操縦室へ。


 操縦室では、メイティがニミーに絵本を読んであげている最中。

 読み聞かせを中断させる必要はないだろう。

 メイティとニミーをそのままに、俺とフユメはコターツに潜り、シェノは操縦席に座った。


「雲の中を通ってヤーウッドに戻る。ちょっと揺れるけど、我慢して」


 言うや否や、グラットンを離陸させ、宣言通りグラットンを雲の中に突入させたシェノ。

 レーダーも無線も切った状態、氷の張ったフロントガラスとにらめっこをしながらの、手探りの飛行だ。

 小刻みな振動を感じながら、俺たちはシェノの操縦を信用するだけ。


 特にやることもないので、メイティの読み聞かせでも聞いていようか。


「……お姫様は、国王であるお父さんと、夕食の献立について、喧嘩をしてしまいました……お城にいるのが嫌になったお姫様は……お城を飛び出してしまいます……お姫様は、将軍と手を組み、お父さんを国から追い出そうと、立ち上がりました……」


「おお~!」


「……だけど、お姫様は気づきます……国民のために、戦争は避けるべきだと……そこで、お姫様は、国の有力者の説得に向かいます……大物政治家、財界人……あらゆる権力者を、権威やお金を使い、時には脅迫し、味方につけます……」


「おひめさま、すご~い!」


「おいおい、これ本当に子供向けのお話か? お姫様が容赦なさすぎるぞ」


「それ以前に、夕食の献立で対立しただけでクーデター計画って、めちゃくちゃです!」


 これが『ステラー』の子供向けの絵本なのだろうか。

 どうにもこの世界のエンターテイメントが、俺とフユメには理解できない。

 時折ツッコミを入れながらも、メイティの読み聞かせをニミーとともに聞く俺たち。


 そうこうしているうちに、グラットンは雲を抜け宇宙へと飛び出した。


《こちらヤーウッド! グラットンを確認! 自動操縦に切り替えてください!》


 無線機から響いた、ヤーウッドのAIによる元気いっぱいの指示。

 シェノは指示通りに自動操縦に切り替え、グラットンはスムーズにヤーウッドの格納庫へと着艦する。


「魔術師の皆さん! お疲れ様ですの!」


 格納庫で手を振り大声を出したのはアイシアだ。

 メイティの読み聞かせはエンディングを迎える前に中断。

 俺たちはグラットン降りてアイシアの前に立つ。


 アイシアは怪我ひとつない俺たち――特にシェノ――を見て、驚きと歓喜を隠さない。


「遠望装置を使って、わたくしたちも魔術師の皆さんの戦いを眺めさせてもらいましたわ! 素晴らしいですの! あれだけの魔物を一瞬で全滅させてしまうだなんて、まさしく魔術師の名にふさわしいですわ!」


「当然だろ。俺は救世主かつ真の英雄だぞ。ガーゴイルを倒すなんて朝飯前だ」


「1度死にましたけどね」


「フユメ、誤解を生むようなことを言うな。あれはデイロンに殺されたんだ。ガーゴイルに殺されたわけじゃないぞ」


 今回は珍しく(・・・)魔物に殺されなかったのだ。それを誇るぐらいのことはさせてほしい。


 幸い、アイシアは俺の勇姿に目を輝かせたままであった。

 やはり真の英雄は褒められてなんぼである。


 格納庫にてアイシアと会話をしていると、突如としてヤーウッド艦内のスピーカーからドレッドの報告が響いた。


《帝國軍の巡洋艦が出現、過去の救世主を狙っているようだ》


 重大な報告に、アイシアやヤーウッドのクルーたちは緊張感に包まれる。

 いくら救世主であろうと帝國の巡洋艦には勝てない。皆そう感じたのだろう。


 それは正しい。帝國の巡洋艦を相手するのであれば、ヤーウッドが出撃しない限り俺たちに勝ち目はない。

 だが、記憶を辿れば不安を抱く必要は皆無である。


「大丈夫だ、すぐに援軍が来る」


 わずかに力の入ったアイシアに対し、俺は軽くそう言った。

 これから何が起きるかを知らぬアイシアは首をかしげるが、すぐに彼女も俺の言葉の意味を知る。


《同盟軍の駆逐艦が出現、帝國の巡洋艦に攻撃を開始。帝國の巡洋艦は撤退した》


 エルデリアが呼んだ同盟軍の救援の到着。

 同盟軍との戦闘を嫌い飛び去っていった帝國の巡洋艦。

 何もかも、過去と同じ展開だ。


「な、言っただろ」


「未来人の言葉は頼もしいですわね」


 肩の力を抜き可笑しそうにしたアイシア。

 帝國の巡洋艦による危機が過ぎ去り、同盟軍の駆逐艦による平穏が訪れた。

 もう心配すべきことは何もない。


 アイシアは両腕を広げ、シェノに飛びつく。


「シェ~ノさん!」


「あふ! ちょ、ちょっと! いきなり抱きつかないでよ!」


「ムフフ、シェノさんの体は筋肉質で、触っていて飽きませんわ!」


「ふわわわ! 脇はやめて! 脇はやめてってば!」


 抱きつくアイシアに脇を触られ、シェノは顔を紅潮させた。

 数多くのならず者を葬り去ってきたシェノが、これといった反撃もできず、アイシアの思うがままにされている。

 くすぐったさに漏れ出すシェノの吐息を聞いたアイシアは、いよいよ興奮の極地へ。


「戦闘の報告、シェノさんの口から直接聞きたいですの。向こうで、二人きりで。ムフフ」


「助けて! 連れていかれる!」


「……わたしが、アイシア、見張る……」


「メイティ! お願い!」


 獲物を捕食する野生動物のようなアイシアに引きずられていくシェノ。

 猫耳と尻尾を立てたメイティはアイシアを追った。


 格納庫に置いてけぼりにされた俺とフユメ、ニミーは、各々勝手に感想を口にする。


「おお~! おねえちゃん、アイシアおねえちゃんによわ~い!」


「シェノさん、脇を触られるのが弱点だったんですね」


「いよいよアイシアは変態で確定だな」


 何にせよ、俺たちはドゥーリオにいる過去の俺たちを守ったのだ。

 シェノはまだ戦場(・・)にいるのだろうが、少なくとも俺たちは平穏無事。


 緊張感から解放されると、俺の体は疲労に支配された。

 とりあえず今日は、ゆっくりと体を休めよう。



    *



 ドゥーリオでの戦いの翌日。

 アイシアに呼ばれ艦橋へと向かう俺とフユメは、1人の女性に呼び止められた。


「残業明けの会社員みたいな顔してるわね。まだ疲れが取れてないのかしら?」


「その声はもしや……」


「マスター!?」


 振り返った俺たちの目に飛び込む、ふわりとした笑みを浮かべて手を振るラグルエル。

 ヤーウッドのクルーと同じ服を着た彼女は、目を輝かせ楽しそうに言った。


「フフ~ン、この軍艦のAI、とても面白い子ね。さっき暇つぶしにAIとお話しをしていたんだけど、就役から今日までの宇宙の旅について、いっぱい教えてくれたのよ。『プリムス』では聞けないようなお話が聞けて、なんだか楽しい気分になっちゃったわ」


 そう言うラグルエルの表情は満足気。


 楽しそうで何よりだが、俺たちとしては、だからなんだという話である。

 こうして『ステラー』にやってきて、俺たちの前に現れた時点で、ラグルエルの目的はヤーウッドと会話をすることではないはずだ。


「俺たちに何か用ですか?」


「本題に入るのが早いわ。もう少し雑談をしてから――」


「『ムーヴ』で何かあったんですか?」


「雑談する気はゼロね」


 わずかに肩を落としたラグルエルは、すぐに気を取り直す。


「フユメちゃんが渡してくれたメモによると、これから過去のクラサカ君とフユメちゃんが『ムーヴ』に行って魔物と戦うことになってるわね。まあ私としても、そろそろ過去のクラサカ君に魔物退治をしてもらおうと思ってたから、ちょうど良いわ。でもね――」


 自分の髪を指に巻きつけ、垂れ目を不安の色に染めたラグルエル。


「過去のクラサカ君を信じてないわけじゃないのよ。だけど、きちんと魔物に勝てるのか心配になっちゃって。はじめて魔物と戦った救世主の任務成功率は38パーセント。決して高い数字じゃないわ」


「そんなに成功率低いんですか!? 今まで何人の救世主が失敗してきたんだ……」


「蘇生魔法持ちのフユメちゃんがいれば大丈夫だと思うけど、念には念を入れた方が良いと私は思うの。そこでクラサカ君、フユメちゃん、これから『ムーヴ』に行って、過去のあなたたちを支援してほしいのよ」


「うわ……また面倒な……」


 無意識に飛び出す本音。


 だが、過去の俺を任務成功率38パーセントに確実に含めるためには、ラグルエルの言う通りにするべきだ。

 今の俺たちがなすべきことは、過去の俺たちを守ることなのだから。


「面倒ですけど、やりますよ」


「フフ~ン、良かったわ。それじゃあ、『ムーヴ』にいってらっしゃい!」


 ラグルエルが白い歯をのぞかせたと同時、俺たちの視界は強い光に包まれた。

 視線を足元に向けると、そこには複雑な幾何学模様が描かれた1枚の紙が。


 どうやら俺たちは、いつの間に転移魔法陣の上に立っていたらしい。

 毎度のごとく『ムーヴ』への転移は突然である。

次回 第3章27話『せっかくだから魔物の大群を全滅させてやろう』

ラグルエル「今度の『ムーヴ』での戦いは、どんな戦いになるのかしら? というよりも、クラサカ君はどんな勝利を見せてくれるのかしら?」

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