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第3章25話 あいつ、もうぶっ壊れてるね

 谷の外、山頂からは、豪雨と雷を降らせる雲海が見下ろせる。

 極限の環境に覆われたドゥーリオで、数少ない平穏な地上が、今の俺たちがいる山頂だ。


 壮大な景色を背景にデイロンを探していると、シェノが銃を構えて言う。


「デイロン、逃げても隠れてもないみたいだよ。ほら」


 シェノの銃口の先、山頂の端で無防備に雲海を見下ろしているデイロン。

 体に土の槍が突き抜けたままの彼は、愉悦に浸り夢でも見るかのような横顔をしていた。

 そんな彼の背後に立ち、俺はテキトーな言葉を投げかける。


「おいデイロン、黄昏(たそがれ)たか?」


「アハハ、同志よ、さっきは良いものを見せてもらった。せっかくだ、少し話をしよう」


 ゆっくりと振り返ったデイロンは頬を歪ませる。

 俺としてはデイロンと話などしたくない。


 だが彼は、俺の不愉快を無視し一方的に喋りはじめた。


「お前とはじめて出会ったとき、お前への第一印象は似た者同士だった」


「ふざけるな。俺とお前のどこが似てるんだ?」


「アハハ、似ているさ。同じ自由を求める者同士だろう」


 続けてデイロンは天を仰ぎ、芝居じみた口調で叫ぶ。


「自由! ああ自由だ! しがらみを払い、己の欲に素直になり、思うがままに世界を駆け回る! 素晴らしいことだ!」


 見開かれた目、大きく開けられた口。

 理性を手放し狂気を手にしたデイロンは、俺に向かって手を掲げた。


「同志よ、お前も分かるはずだ。お前は強大な力を宿しながら、銀河連合にも同盟軍にも、帝國軍にも味方せず、クズに成り果てようと、ならず者の世界を楽しんでいる。それは、お前が自由を求めているからだ。お前の自由に対する果てなき野望が、お前をそうさせたんだ」


 反論はできないし、する気もない。

 デイロンの言葉は必ずしも間違っていない。

 いつでも理想郷生活が手に入れられるというのに、俺がならず者世界に身を置く理由は、デイロンの言った通りである。


「同じだ。アハハ、自由を求め、己が欲望のために魔王に魅入られ、クズに成り果てようと帝國の道具としての世界を楽しむのと同じだ! お前は似た者同士、大切な同志だ」


 そこまで言って、再び天を仰ぐデイロン。

 今まで以上に目を見開き、唾を飛ばし、仰け反った彼は、もはや人間性すらも捨て去ったようだ。


「だが、ああ! なんということか! 魔王様に仕えしハオス陛下は、魔術師を殺せと命令した! 同志を殺せと、何度も死を見せてくれる玩具を殺せと! 加えて、魔術師の仲間も皆殺しにしてよいと陛下は仰った! アハハ! こんなに最高なことがあるか!? アハハハ!」


 笑い袋のごとく笑うデイロンを前に、俺たちの心は凍りつく。

 最初からあの男がヤバい男であるのは分かっていた。

 だが、魔王という単語を口にし、俺やフユメたちを殺せという命令に従い、それに狂乱するデイロンは、人間というよりも魔物に近い。


 彼は完全に手遅れなのだ。


「あいつ、もうぶっ壊れてるね」


「はい、正気の沙汰ではありません」


「だな」


 シェノは引き金に指をかけ、フユメは冷たい瞳で、俺は不愉快な気分を抱き、3人の意見が一致した。

 そろそろ、デイロンの話を聞くのも限界である。


「盛り上がってるところ悪いけど、俺はお前を同志だなんて思ったことないぞ。さっきから俺のことを同志同志って呼びやがるが、冗談じゃない」


 率直な意見を容赦なくぶつける俺。

 すると、はたとデイロンの笑い声が収まる。

 せっかくだ、俺も言いたいことは全て言ってしまおう。


「確かに、自由を追い求めるという点では、俺もお前も似た者同士かもしれないな。だが同志じゃないのは確実だ。なぜかって? 俺の目指す自由とお前の目指す自由が、完全に別物だからだ」


 これだけは勘違いしてほしくない。

 自由というものを、これ以上に貶めさせはしない。


「いいか、俺はお前みたいに、破壊の自由を目指したことは1度もない。俺は破壊よりも、何かを作り出すための自由の方が好きだからな」


 その自由の差は、天と地、光と闇ほどの差があるものだ。

 鏡のような表裏の関係があるのは否定できないが、それでも正反対のものだ。

 決して一緒くたにできるものではないのである。


 だからこそ、俺たちは似た者同士ではあるが、それと同時に、関わり合ってはいけない者同士のはずなのだ。


「自由にだっていろんな形がある。だから、俺はお前の自由を否定するつもりはないさ。けど、お前が俺の自由を、俺の作り出したものを、俺の仲間を傷つけるっていうなら、俺は黙ってないぞ」


 はっきりとデイロンを拒絶した俺。

 フユメやシェノたちを失えば、俺の作り上げてきた自由は死を迎える。


 それだけは許さない。

 何があろうと、誰が相手だろうと、俺はフユメやシェノたちを殺させはしない。


 そんな俺の拒絶を受け取ったデイロンは、悲しげな表情を浮かべながらも、いつもの調子で笑った。


「アハハ! 片想いなんて寂しいねェ」


 そして山頂に訪れる沈黙。重い空気が俺たちを押しつぶそうとしている。


 だがこの沈黙は、長くは続かなかった。

 歪んだ笑みを浮かべたまま、デイロンは拳銃を手にする。


「さあ! お前の死を見せろ!」


 享楽とも憤怒とも思えるデイロンの叫び声。

 俺はとっさに土魔法を発動し、俺とフユメ、シェノを守るための壁を築いた。


 直後、築かれたばかりの壁に突き刺さるレーザー。

 そっちがその気ならば――。


「自分の死だけで満足しやがれ!」


 うんざりした思いを魔力に込め、俺は土の壁を土の槍に変換した。

 盾は矛となり、山頂の端に立つデイロンを襲う。


 土の槍は迷いなくデイロンの胸に、腹に、脚に、腕に、肩に、腰に、顔に突き刺さった。

 あたかも針山のような状態のデイロンは、拳銃を地面に落とし、なおも笑顔を浮かべたまま。

 即死でもおかしくはない。普通ならば、とうに命を落としているはずだ。


 しかしデイロンは、辛うじて意識を保ったまま、ふらりふらりと後退していく。


「アハハ……まだだ、まだ死ねない……世界の破壊を……世紀の大イベントを……逃すことはできない……!」


 狂気は命を繋ぐ。


 足取りすらも危ういデイロンは、俺たちがとどめを刺す前に、山頂の端から雲海へと落ちていった。

 稲妻が走る黒い雲の中、数千メートルを落ちていくデイロンの姿は確認できない。

 彼が死んだのかどうかは、確認のしようがない。


 ただ、俺は思う。おそらくデイロンは生きている。彼との決着はまだついていないのだ。


「ソラトさん、そろそろ過去のソラトさんたちが山頂にやってきます! 帝國軍は退けましたし、急いでここを離れましょう!」


「ああ、分かった」


 少なくとも、過去の俺たちを狙う帝國軍は始末したのだ。

 俺とフユメ、シェノの3人は、急いでグラットンに戻った。

次回 第3章26話『念には念を入れた方が良いと私は思うの』

ラグルエル「戦いを終えた後は、休憩時間が必要よ。とは言っても、クラサカ君に頼みたいことがあるんだけどね」

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