第3章18話 過去の俺たちは世話が焼けるな
再び『プリムス』に戻ると、俺とフユメはグラットンを降りた。
向かう先はラグルエルの執務室。
地球でフユメがまとめてくれた、俺たちの今後を記したメモをラグルエルに渡すのが目的である。
「過去のソラトさんが執務室に来る前に、急ぎましょう!」
残された時間はわずか。
転移魔法の影響によりよろける体を無理矢理動かし、俺とフユメは飾り気のない廊下を走る。
執務室前に到着し、そっと部屋の中を覗くと、そこは無人の部屋。
俺たちはそそくさと執務室の中に入り、デスクの前に立った。
目的を達するため、フユメがポケットからメモを取り出し、それをデスクの上に置く。
まさにその瞬間、執務室の扉が開かれた。
――ヤバい!
反射的にデスクの裏に隠れた俺たち。
誰が部屋に入ってきたのかを確認すると、そこにはソファに腰掛けるフユメの姿が。
なぜこれほど重要なことを、俺もフユメも忘却していたのだろう。
俺がはじめてフユメと出会ったとき、彼女はすでにラグルエルの執務室にいたではないか。
――このままじゃ帰れないぞ……。
申し訳なさそうな顔をするフユメとともに、俺はデスクの裏から身動きがとれなくなってしまった。
どのようにこの状況を打破しようか、俺とフユメは小声で話し合う。
「転移魔法、使うか?」
「ダメです。光でバレてしまいますよ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「なんとかして部屋を出るしか……」
話し合いも虚しく、状況はさらに悪化していく。
執務室の扉が再び開かれ、過去の俺を連れたラグルエルがやってきてしまったのだ。
「マスター、お疲れ様です」
「フユメちゃん、何度言えば分かるのかしら? 私のことはマスターじゃなく、昔みたいにラグお姉ちゃんと呼びなさい」
デスクの向こうから聞こえてくる懐かしい会話。
俺とフユメの初対面によって、今の俺とフユメは絶望の淵に立たされた。
過去の自分たちの自己紹介を聞きながら、俺たちは敵地に迷い込んだ兵士のごとく息を潜めることしかできない。
「は、はあ。てっきり、女神様がチート能力を与えてくれるもんだと……」
「世の中はそんなに甘くないわよ。フユメちゃん、説明してあげて」
「分かりました」
会話に一区切りつき、デスクチェアに座ろうとするラグルエル。
ここではじめて、ラグルエルが俺たちの存在に気がついてくれた。
もう、頼れるのは彼女しかいない。
過去のフユメが口にする救世主の説明に隠れ、俺たちは女神の救いを求める。
「「助けてください」」
「フフ~ン、仕方ないわね」
おかしそうに笑ったラグルエルは、しばらく過去の俺たちを眺めた。
「さすが女神様。で、どんなチート能力が俺に備わってるんだ?」
「食いつきが早いですね……。マスターたちがソラトさんに与える力は、どんな現象も一度経験すれば魔法として覚えることができる、という能力です」
過去の俺が首をかしげると、ラグルエルはおもむろに立ち上がり、過去の俺のすぐ側へ。
続いて、過去の俺の悲痛な叫びが執務室に響き渡った。
あのときのことは今でも忘れていない。突然、女神に右手を炎で炙られたのだから、忘れるはずがない。
「こうして見ると、ソラトさんがちょっと可哀想ですね」
「その思いを今後に活かしてくれると助かる」
とはいえ、これはチャンスでもあったようだ。
右手を焼かれ放心状態の過去の俺と、治癒魔法に集中する過去のフユメ。
この隙に、ラグルエルは俺たちを手招きした。
あれは間違いなく『今だ』の合図。
俺たちはデスクの裏を脱出、ソファに隠れながら慎重に扉へと向かう。
しかし、
「これで大丈夫かな」
フユメの優秀さに迷惑するのはこれがはじめて。
過去のフユメは、想像以上に早く治療を終えてしまったのだ。
扉に到達できなかった俺たちは、とっさに近場のクローゼットに身を隠す。
暗い空間、ラグルエルのワンピースに包まれ、密着する俺とフユメの体。
互いの吐息が互いの体を温める。
「もう、ここで転移魔法を使ってグラットンに戻りましょう」
「それが良い。その前に、光対策をしないと」
俺は土魔法を使い、クローゼットの隙間を全て埋めた。
ただ、土魔法を使う過程でクローゼットを揺らしてしまったらしい。
「すみません、クローゼットから変な音が聞こえるんですけど?」
「私が管理してる世界から転移してきた未確認生物が暴れてるだけだから、気にしないで」
「気にしますよ! マスター、また変な生物を転移させたんですか!?」
ラグルエルの無茶な言い訳と日頃の行いに感謝である。
早く緊張状態から解放されるべく、俺は転移魔法を発動、俺とフユメは光に包まれた。
*
グラットン船内に転移すると、相も変わらずシェノとニミー、メイティは人形遊びを楽しんでいた。
そんな彼女らに、俺は言う。
「お前たち、『プリムス』に戻るぞ」
「はいはい。けどあんた、これ以上に魔法使って大丈夫?」
「たぶんな」
3度の転移魔法を終え、俺はフユメの支えがなければ立っているのも難しい状態。
けれども休んでいる暇はない。
残された体力と魔力、溢れんばかりの想像力を絞り出し、俺は4度目の転移魔法を発動した。
光に包まれたグラットンは『プリムス』を離れ、フロントガラスの向こう側には、これまた懐かしい風景が広がる。
「ここは……惑星エルイーク、メイスレーンの街の外れですね」
「過去の俺たちが転移した場所の近くか。シェノ、グラットンは飛べるか?」
「無理。エンジンの部品を交換しないと、もう飛べそうにない」
「そうか。ああ……クソ……」
意識が揺れ、世界から色が消え、俺は膝をつく。
強烈な吐き気に襲われ口を覆いながら、俺はフユメに聞いた。
「この魔力不足って、治癒魔法で治せないのか?」
「ごめんなさい、魔力の回復はできないんです。だけど、吐き気を軽減させることはできますよ」
「じゃあ頼んだ」
やはりフユメの優秀さには助けられることばかりだ。
彼女の治癒魔法によって、吐き気は溶けるように消えていき、世界は色を取り戻す。
自力で立てるまでに回復した俺は、次にやるべきことを口にした。
「すぐにでも過去の俺たちがここに転移してくる。近くに帝國軍の兵士がいないか調べよう」
「オッケー、武器用意してくる」
「ニミーはグラットンでお留守番な。良い子にしてろよ」
「うん! いつもどーりだね!」
「メイティ、ニミーの世話は任せたぞ」
ぺこりとうなずくメイティ。
ここで、フユメが窓の外に何かを発見したらしい。
「大変です! 帝國軍兵士がいます!」
「なに!? どこだ!?」
「岩の向こう側です!」
「マジかよ……」
思いの外、帝國軍の動きが早い。
転移したばかりの過去の俺たちでは、チンピラ相手ならばまだしも、よく訓練された兵士相手に生き延びられる可能性は低いだろう。
立つこともできない赤子に階段を登らせるのは避けるべきだ。
俺とフユメはグラットンを飛び出し、岩の陰に隠れ、帝國軍兵士たちの動向を探る。
ライフルを持った複数の兵士たちの視線は、メイスレーンの街に向けられていた。
過去の俺たちの転移場所は知らず、単なる偶然で彼らはそこにいるのだろう。
悪いが、邪魔者は排除しなければならない。
「あいつらを始末する」
覚悟を決め、岩の陰から体を乗り出し、両腕を突き出した俺。
ところが、減少した魔力では魔法の発動に時間がかかってしまう。
加えて不幸なことに、兵士の1人が俺に気づいてしまった。
兵士たちは一斉に銃を構え、俺を狙い、発砲する。
発射された多数のレーザーは、よりにもよって俺の胸を貫通し、俺は命を落とすのだった。
「蘇生、終わりました!」
フユメの叫び声が俺の鼓膜を震わせる。
蘇った俺は辺りを見渡し、冷や汗をかくフユメと、スナイパーライフルを構えたシェノを発見した。
深呼吸し、引き金を引き、帝國軍兵士の頭に確実にレーザーを撃ち込むシェノ。
俺は彼女の隣に立ち、今度こそ魔法を発動する。
このとき、俺は新たな発見をした。
一度死に、蘇ると、魔力は全快するようだ。
両腕を突き出し想像したと同時、少しの遅れもなく土の槍が地面を這い、帝國軍兵士たちの胸を突き刺す。
役目を終えた槍が土に戻ると、そこには帝國軍兵士の死体が転がるだけ。
直後、帝國軍兵士の死体たちが転がる場所に光が強く輝き、2人の人影が現れた。
過去の俺とフユメが、『ステラー』に転移してきたのである。
「ギリギリでしたね」
「まったく、過去の俺たちは世話が焼けるな」
「今のあんたも世話が焼けるけどね」
「それ、どういう意味だ?」
「シェノさんに同意です。ソラトさん、隙あらば死んじゃうんですもん」
「うっ……」
反論できない。
ただ、今回は死んだおかげで魔力が回復したのだから、許してほしいものである。
「他にも帝國軍兵士が潜んでいるかもしれません。メイスレーンの街を探ってみましょう」
冷静な面持ちでそう言ったフユメに、俺とシェノはうなずく。
「あたしは1人で街を探ってくる」
「分かった。フユメ、一緒に行くぞ」
「はい」
拳銃にナイフ、スナイパーライフル、挙句に手榴弾を担いだシェノとは別れ、俺とフユメはメイスレーンヘ。
まずやらなければならないことは何か?
はじめてこの街にやってきたときと同じ、情報収集だ。
情報収集のためには、メイスレーンの中心街に向かうのが最適解。
第一印象と変わらぬゴミのような街を歩き、俺たちは中心街の巨大な建物に向かった。
次回 第3章19話『帝國の兵士が街をウロウロしてた』
ラグルエル「エルイークの街に潜む帝國軍兵士たちを探すクラサカ君たち。だけど、街で見つけたのは別の人物だったみたいだわ」