第3章14話 まずは『プリムス』に行って、俺を転移させないとな
青白い光が消えたかと思うと、そこは暗闇の中。
グラットンは宇宙空間を漂っていた。
「ダメ、エンジンが再起動しない。さっきの無茶でエンジンがイカれたみたい」
エンジン起動のためのスイッチを何度も押すシェノ。
しかしグラットンは微動だにしない。
疲れ切ったグラットンは居眠りしてしまったのだ。
「エンジンがイカれたって、お前、さっき何したんだ?」
「通常航行用のエンジンにハイパーウェイ用の燃料を投入した」
「それって、どのくらいマズいことなんだ?」
「宇宙船の説明書の注意事項欄に、必ず赤い文字で大きく書かれてることをやった」
「なるほど、そりゃエンジンもイカれるな」
だからといってシェノを責めることはできない。
彼女が無茶をしなければ、俺たちは過去にさかのぼることはできなかっただろう。
そう、俺たちはタイムマシンを使い、過去に戻ったのだ。
――本当に過去に戻ったのか?
実のところ、それを確認する術がない。
「場所はケレス星系付近。デスティネイションから6万光年離れた位置だね」
「……帝國軍の姿、見えない……」
「ソラトさん、これからどうしましょうか?」
「どうすると言われても……」
あまりに唐突なタイムスリップだ。
右も左も分からぬ状態で、俺たちは何をどうすれば良いのか。
とりあえず未来の自分の言葉に従うしかないだろう。
「まずは『プリムス』に行って、俺を転移させないとな」
「とは言っても、『プリムス』に転移する方法がありませんよ?」
「いや、なくはないと思う」
俺の言葉にフユメは首をかしげた。
対して俺は、フユメから目をそらし自信なく言葉を続ける。
「転移魔法もれっきとした魔法だろ。ってことは、『プリムス』や『ムーヴ』に何度か転移してる俺は、いつの間に転移魔法も覚えてるんじゃないか、って思うんだ」
それは単なる思いつき。
できたら良いな、という単なる願望。
けれでもフユメは、一条の光明を見出したような表情を浮かべた。
「それです! ソラトさん、早速転移魔法を使いましょう!」
フユメは俺が転移魔法を使えることを確信している。
彼女の隣では、メイティが尻尾を揺らし俺をじっと見つめていた。
コターツに潜ったニミーも目を輝かせ、ワクワクと俺の転移魔法を待っている。
俺に冷めた視線を向けるのはシェノただ1人。
ここまで期待されてしまえば、もうやるしかないだろう。
とりあえず俺は目をつむり、転移の瞬間を思い浮かべ、『プリムス』の地に立つ自分の姿を想像した。
転移はすでに数度経験している。
複雑な幾何学模様が描かれた紙の上に乗り、光に包まれ、気づけば別世界に立つ、あの不思議な経験。
その経験を、俺は魔法を使って再現するだけだ。
しばらくして、閉じたまぶたの向こうに強い光が現れ、そして消えていく。
「おお~! みてみて~! グラットンのおそと、うちゅーじゃなくなったよ~!」
「やりました! 転移魔法、大成功ですよ!」
「……さすが、ソラト師匠……」
鼓膜を震わす歓喜の声。
おそるおそる目を開けると、そこは変わらぬグラットンの操縦室。
ただし、フロントガラスの向こう側は、見覚えのある真っ白な空間であった。
やはり俺は、いつの間に転移魔法を修得していたようである。
「え? なにこれ? え?」
はじめての転移魔法に珍しく狼狽するシェノ。
ならず者として宇宙を旅し、あらゆる経験をしてきたシェノも、転移魔法には理解が追いつかないようである。
「シェノ、メイティ、ニミー、お前らはグラットンで待機だ」
「わ、分かった」
「……待ってる……」
「おねえちゃんとおるすばんだ~!」
「フユメ、ラグルエルのところに行くぞ」
「はい」
過去の俺を転移させるためにはラグルエルの協力が必要不可欠。
ここ『プリムス』の住人であり、ラグルエルの弟子であるフユメがいれば、ラグルエルを味方につけるのは難しい話ではないはずだ。
俺とフユメはすぐさまグラットンを降りた。
グラットンを降りると、まるで無限の世界に迷い込んだかのような真っ白な世界に俺たちは包み込まれる。
懐かしい光景だ。
この真っ白な部屋の出入り口はどこだっただろうか。
「なんだお前らは!? どこから侵入してきた!?」
真っ白な部屋の中にいたのは、俺たちだけではなかった。
神経質に青筋を立てた細身の男――コンストニオが、俺たちに向かって警戒心をむき出しにしていたのである。
そんなコンストニオの隣で、印象的な垂れ目を丸くするのはラグルエルだ。
「あら? どうしてフユメちゃんがここに? これって『ステラー』の乗り物よね? それに、あなたは――」
困惑し驚いた様子のラグルエル。
フユメは胸の前に両手で拳を作り、ラグルエルに向かって大声を出した。
「聞いてくださいマスター! 緊急事態なんです!」
必死の叫びだったが、ラグルエルはあっさりとフユメの叫びを聞き流してしまう。
「ごめんね、今ちょっと忙しいのよ。フユメちゃんも知ってるでしょ? 例の魔王が『ムーヴ』を破壊しかけてて、新しい救世主を選ばないといけないの」
「その救世主に関する大事な話なんです!」
「フフ~ン、気になることを言うわね。フユメちゃん、どんな話なのかしら?」
ここでコンストニオが不機嫌に言った。
「何をしている! 話を聞いている暇などないであろう!」
「良いじゃない、ちょっとくらい。それに、フユメちゃんの隣にいる男の子、異常な魔力を感じるわ。そんな男の子をフユメちゃんが連れてきて、大事な話があるなんて、聞かないわけにはいかないわよ。それで、どんなお話かしら?」
「実は――」
なんとかラグルエルの興味を引くことに成功したフユメは、コンストニオに睨まれながらも、ここに至る経緯を口にした。
俺が救世主に選ばれたこと、『ステラー』に魔物が存在すること、タイムスリップを行ったこと、過去の俺に危機が迫っていること。
短い時間で的確に、フユメは伝えるべきことを伝える。
まともな人物なら正気を疑うような内容の話だ。
それでもラグルエルはフユメを信頼し、可笑しそうに笑うのである。
「あらあら、そうだったの。てっきり、フユメちゃんがはじめての彼氏さんを連れてきたのかと思ったわ」
「変なことを言わないでください! 真面目なお話なんです!」
「分かってるわよ」
「本当ですか?」
「ええ。私はフユメちゃんの話を信じるわ」
優しくフユメの頭を撫で、笑顔のまま視線を俺に向けるラグルエル。
どこか嬉しそうな表情をした彼女は、ぎこちなく俺の名前を口にした。
「クラサカ君、だっけ?」
「は、はい」
「これからあなた——過去のあなたを救世主として『プリムス』に転移させるから、ちょっと手伝って」
「了解です」
すでに乗り気なラグルエルは、俺のよく知るラグルエルの姿。
理解が早いのかテキトーなだけなのかの判断が難しい、飄々としたラグルエルである。
対照的なのはコンストニオだ。
「勝手なことを……。急用を思い出した。わしはお前らを手伝わん」
不機嫌にそう吐き捨て去っていくコンストニオは、俺のよく知るコンストニオの姿。
何かと俺たちに敵意を向ける、唐変木なコンストニオである。
はなからコンストニオには期待していなかったので、彼の協力を得られないことは問題ない。
大事なのは、これからのことだ。
「で、俺は何をすれば?」
「まず救世主の選び方を教えるわね」
そう言って、ラグルエルはポケットから小さな機械を取り出す。
簡素な作りにひとつのスイッチと、エメラルド色の水晶が輝く箱型の機械。
「このスイッチを押した時、該当世界で最も痛い思いをしている生物が『プリムス』に転移してくる。そして、少しお話をして、救世主にふさわしい人なら、その人は晴れて救世主よ」
「そんなテキトーに救世主を選んでるんですか!?」
「魔法が使えてやる気があれば、救世主は誰でも良いのよ」
「どうしよう、急に救世主の誇りが消え失せた」
「ともかく、このスイッチを渡すから、クラサカ君は『スペース』に行ってちょうだい。そこで自分が転移した時のことを思い出して、然るべきに時にスイッチを押してもらうわ。良いわね」
「分かりました」
救世主という夢の存在が、河原に落ちている小石を拾うような感覚で選ばれていることに幻滅してしまう。
俺は激しく落ち込みながら、転移のための機械をラグルエルから受け取った。
続けてラグルエルはフユメに話しかける。
「フユメちゃん、転移が終わったら、これから起こることを書いたメモを私の執務室に届けてくれないかしら」
「え? メモをですか? データじゃダメなんですか?」
「ごめんね、いろいろと事情があるのよ。お願い」
「はい」
釈然としない様子でラグルエルに従うフユメ。
何にせよ、過去を変えないためにも、俺たちは過去の俺を転移させなければならない。
次回 第3章15話『母さん、父さん、大丈夫?』
ラグルエル「過去の自分を転移させるため、クラサカ君たちは地球へ。そこには、懐かしきクラカサ君のご両親が。ついでに魔物もいたわ」




