第3章9話 着艦完了! ようこそ、ヤーウッドへ!
惑星サウスキア。
そこはまるでファンタジー世界であった。
グラットンから見えたのは、雪をかぶった雄大な山脈、豊かな深緑が風にそよぐ森林、動物たちがくつろぐ平原、それらを突き抜け繋げる澄んだ大河。
自然が織りなす調和に溶け込んだ石造りの建物たちは、エルフィン族の住処である。
中世の雰囲気と宇宙時代の建物が並んだ街は、美術館に飾られた絵画のようだ。
もし『ステラー』で最初に訪れた惑星がサウスキアであれば、俺は間違いなくこの惑星に定住していただろう。
それほどまでに、空から眺めるサウスキアの景色は美しい。
ただし、俺たちが向かう先は、残念ながら美しい景色の中ではない。
俺たちが向かう先は、ファンタジー世界ではなく、れっきとした宇宙世界。
《データ受信、完了! 識別信号、確認、問題なし! データ転送、完了! ヤーウッドへの着艦を許可します! 自動操縦に切り替えてください!》
機械的でありながら、活力に溢れた口調の女性がグラットンに指示を出す。
シェノは指示に従いモニターを操作、自動操縦に切り替え、操縦桿から手を離した。
グラットンの正面に見えるのは、1隻の巨大な軍艦――ヤーウッド。
改装に改装を重ねたのだろう。ドミノを積み上げたような艦橋、艦体から突き出す大小さまざまなアンテナ類、短・中距離用の砲によって、ヤーウッドの艦影は雑然としている。
そんなヤーウッドの、まるでクジラが大口を開けているかのような格納庫入り口に、グラットンは向かっていた。
《着艦完了! ようこそ、ヤーウッドへ!》
自動操縦のおかげで、スムーズにヤーウッド格納庫内に降り立ったグラットン。
客室から操縦室にやってきたアイシアは、俺たちをグラットンの外に連れ出した。
大きな擦り傷が目立つ、布をかぶった数隻の宇宙船だけが置かれた格納庫では、アイシアが両腕を広げ言う。
「さあ! 我が家を紹介しますわ!」
「我が家?」
「わたくし、家庭の事情で、ここ数ヶ月はヤーウッドに住んでいますの」
「そのお嬢様な格好で軍艦に? お前の家庭はどんな家庭だ?」
「恐ろしく居心地の悪い家庭ですわ」
笑顔が消え、そう吐き捨てたアイシア。
家族と何かあったのだろうかと、俺とフユメは顔を合わせてしまう。
対してシェノは、アイシアに同情したような表情を浮かべていた。
メイティは、おもむろにアイシアの手を握る。
「フフ、わたくしったら、皆様に不要な心配をかけさせてしまったようですわね。わたくしの家庭のことは気にする必要ありませんわ」
アイシアの無理矢理な笑みが、俺たちをさらに心配させる。
だが、他所様の家庭の事情に首を突っ込むのは避けるべきだ。
何より、この話はすぐに吹き飛ばされてしまう。
「おお~! すごいすごい! アイシアおねえちゃんのおうち、ひろ~い!」
目を輝かせ辺りをキョロキョロとするニミーの声。
彼女のあまりの無邪気さに、俺たちの心配も、アイシアの重荷も消え失せた。
「まあ! ニミーちゃんはわたくしのお家が、気になりますの?」
「きになる~!」
「でしたら、ヤーウッドを冒険してもよろしいですわよ」
「ほんと? やった~! おねえちゃん、アイシアおねえちゃんのおうち、ぼうけんするよ~! いこいこ~!」
「え!? ちょ、ちょっと待って! こら! 走らない!」
ワクワクを胸に走りだすニミーと、彼女を追いかけるシェノの2人。
ハル姉妹はヤーウッドの冒険に旅立ってしまった。
残された俺とフユメ、メイティは、アイシアの話に耳を傾ける。
「そろそろ、ドレッド艦長がやってくる頃合いですわね。ドレッド艦長は気さくな方ですから、あまり緊張しなくとも大丈夫ですわよ」
「あ、緊張してるのバレてたんだ」
「バレバレですわ。そうですわよね、フユメさん、メイティさん」
「はい。ソラトさんは緊張すると目の下に力が入りますからね、分かりやすいです」
「……落ち着いて……」
「おいおい、そういうお前らだって、ちょっと緊張してるだろ」
「いえ、緊張なんかしてません――とは言い切れないですね。どうにも、軍人さんと会うときは緊張します」
「……わたしも……」
素直な2人だ。
成り行きとはいえ、俺たちはならず者の一員である。
治安を乱し違法な手段に訴えることも少なくない俺たちにとって、軍人は敵にもなり得る存在なのだ。
だからこそ、軍人を相手するときは緊張してしまう。
シェノがいないとなればなおさらだ。
「殿下、お待たせしました」
「まあ! ようやく来ましたわね、ドレッド。今さらかもしれませんけど、魔術師さんたちに自己紹介を」
「かしこまりました」
複数の部下を従え俺たちの前に現れた、軍服が似合う1人の男。
白髪に深いシワを刻んだその老人は、しかし背筋を伸ばし、眼光鋭く俺たちを見据える。
「私はサウスキア王立近衛艦隊旗艦ヤーウッドの艦長、ジェイムズ=ドレッドだ。会えて嬉しいよ、魔術師の御一行」
低い声による短い自己紹介を終えたドレッドは、可笑しそうに笑っていた。
彼の隣に立つアイシアもまた、可笑しそうに笑っている。
俺たちはどう言葉を返そうか悩んでしまう。
悩んでいる間、ドレッドが先手を打った。
「そこまで緊張するほど、私が怖いかね?」
「い、いえ! そんなことはないです!」
「私の顔は昔から、人を怖がらせてしまうようだ。すまんな」
やはりどう言葉を返せば良いか分からない。
ドレッドが纏う歴戦の勇士の雰囲気に、フユメまでもが圧倒されてしまっているのだ。
そういえばドレッドは、人間ではなくサバリクレイ人だとアイシアは言っていた。
信じられない。サバリクレイ人は、驚くほど人間そっくりである。
次回 第3章10話『魔術師は世界を破壊しかねぬ存在』
ラグルエル「不穏ね。ヤーウッドで待っていたのは、サウスキア王国のトップたち。そして、クラサカ君たちの敵だったわ」




