第3章7話 死ぬのが、怖くないんですの?
新手の追っ手が現れることもなく、俺たちは最短の時間でターミナルに到着。
フロートカーゴはグラットンの貨物スペース下に車体を滑り込ませ、コンテナを貨物スペースに合わせた。
「先にグラットンに乗って!」
運転席を飛び出し貨物スペースの制御盤を操作したシェノの指示。
俺たちは彼女の指示に従い、フロートカーゴを降りグラットンのハッチへと向かった。
ただし、怪我をした男――フロートカーゴの持ち主を除いて。
「アイシア様! 無事をお祈りいたします!」
「あなたは、一緒に来ないのかしら?」
「はい。私は同盟軍に援軍を要請して参ります!」
「怪我は大丈夫かしら?」
「この通り、皆様の治療キッドのおかげで怪我は順調に回復しております。さあ、私のことなど放っておいて、早く祖国へ!」
「分かったわ。あなたも、無事に祖国に帰ってきなさい」
「はっ!」
なんだろうか、あの王道ファンタジーのような会話は。
エルフによく似た尖った耳を持つエルフィン族同士の会話、というのがさらにファンタジーらしさに磨きをかけている。
アイシアは一体何者なのだろう。
サウスキアにおける彼女は、一体どのような存在なのだろう。
「おかえりなさい!」
グラットンに乗り込むと同時、天使の笑顔を浮かべたニミーが俺たちを出迎えてくれた。
こちらは何事もなかったようで一安心である。
「ただいま。良い子にしてたか?」
「うん! おともだちのナツちゃんとあそんでた!」
「ナツちゃん? それって――」
首をかしげたフユメがニミーに聞き返そうとするも、その言葉はシェノに遮られてしまう。
ハッチをくぐりグラットンに飛び込んだシェノ。
彼女は俺たちを押しのけ操縦席に走っていった。
俺たちがコターツに入る頃には、すでにグラットンは地上を離れている。
何か急がなければならない用事でもあるのだろうか。
「おいシェノ、そんなに急いでどうした?」
「これ見て」
操縦席に座り操縦桿を握るシェノがモニターを指差す。
コターツを這い出てモニターを覗くと、そこにはグラットンの背後に広がる大空が映し出されていた。
青と白のコントラストが美しい大空には、小さな8つの黒い点が浮かぶ。
黒い点をよく見ると、それはエイのような形をした無機物。
あれは以前にも見たことがあるものだ。
「まさか、帝國の無人戦闘機!?」
「正解」
「できれば不正解であってほしかったんだが……」
グラットンは輸送船である。戦闘機と戦うことを想定された宇宙船ではない。
多少の改造は施され戦闘能力はある。
だが無人戦闘機相手にどこまで耐えられるかは不明。
この状況がどれほど不利な状況であるのか。それを最も理解しているのはシェノだ。
「全力で逃げるからね」
そう言ったシェノはモニターを操作し、グラットンに搭載されたジャミング装置を起動させた。
同時にシールドを船尾に集中させ、無人戦闘機からの攻撃に備える。
数秒後、高度が上がり濃くなった青空に、無数のレーザーが突き抜けていった。
背後から襲い来るレーザーが、グラットンを追い越し彼方へと消えていくのである。
それはつまり、ほとんどのレーザーがグラットンに当たっていないということ。
いくらかシールドの耐久値は削られているが、命中弾は少ない。
ジャミング装置が俺たちを守ってくれているようだ。
「逃げられそうか?」
「撃墜はされないと思うけど、逃げもできないと思う」
「燃料が尽きるまで追いかけっこかよ。ハイパーウェイには飛び込めないのか?」
「メインコンピューターの調子が悪くて軌道計算が遅れてるから、まだ時間がかかる」
「おいおい、不幸続きだな」
これこそマーフィーの法則。
落としたトーストはバターが付いている方が下になるものなのだ。
それでも最悪の事態を想定しているシェノは、冷静さを保っている。
「シールドは問題なし、ジャミングで向こうの攻撃も当たらない。軌道計算が終わるまでは耐えられるでしょ」
「だと良いんだが」
「もうちょっと雲が多ければ、無人戦闘機から逃げられたかもしれないけどね」
「どういう意味だ?」
「ジャミングで相手のレーダーと照準から逃げられても、画像認識からは逃げられない。だけど分厚い雲の中に隠れて、赤外線対策もすれば、いくら無人戦闘機でもあたしたちを見失ってくれるって意味」
「それ、アナログすぎるだろ」
「最終的にはアナログの方が強いこと、珍しくはないよ」
「まあな」
どんなものでも、突き詰めた先にあるのは原始的なもの。
地球では想像もつかぬような宇宙技術でさえ、最後は自然の力に頼るしかないらしい。
ただ、残念ながらグラットンの周囲に分厚い雲はなかった。
せいぜい食べかけの綿菓子のような雲が青空を旅しているのみ。
自然の力までもが俺たちを見捨てたようである。
「あの、ソラトさん」
いつの間に俺の隣にやってきたフユメが、俺の顔を覗き込み質問した。
「魔法で雲を作れるのではないでしょうか?」
「無理だな。雲魔法なんて俺は覚えてない。外にある雲じゃ、分厚い雲を作れるほどの魔法修行ができるかどうかも怪しいし――いや待て」
「どうしました?」
「雨魔法だ! ドゥーリオで覚えた雨魔法! あの魔法は雨雲もセットで作り出せる!」
すっかり忘れていた。
魔族四天王の1人であるフロガに向けて雨魔法を発動した際、空は灰色の雲に覆われていたではないか。
雨魔法を使えば、きっとグラットンを無人戦闘機の追っ手から逃がすことができる。
不幸に襲われたのなら、俺の力で、その不幸を押しのけてしまえば良いのだ。
「よし、ちょっと行ってくる」
「行くって、どこへ行くんですか?」
困惑の表情を浮かべたフユメ。
そんな彼女に答えを与えたのは、俺でなくメイティであった。
「……グラットンの、外……?」
「そうだ。俺がグラットンの外に出て、雨魔法を使ってくる。雨雲が出現したら、シェノは雨雲の中にグラットンを突っ込ませろ」
「あんた、ホントにバカだね。分かった」
「蘇生はフユメに任せたぞ」
「めちゃくちゃです! めちゃくちゃですけど、やるしかないです!」
「おお~! ソラトおにいちゃん、いってらっしゃ~い!」
俺もだいぶフユメやシェノたちに信頼されたものだ。
あるいは彼女らは俺が死ぬことに慣れてしまったのかもしれない。
これも、なんだかんだと数ヶ月をともに暮らした結果。
まだ出会ったばかりのアイシアからすれば、意味の分からぬ光景である。
「死ぬのが、怖くないんですの?」
そう言うアイシアの瞳は、俺ではない別の人を映しているかのよう。
彼女の言葉は、いったい誰に向けられた言葉なのか。
とりあえず、俺は真の英雄を気取ってみせた。
「もちろん死ぬのは怖いさ。でもな、俺は特別な力を持った救世主、お前らの言うところの魔術師だぞ。そう簡単に俺が死ぬと思うなよ」
少し調子に乗りすぎたか、俺の言葉にアイシアは呆気にとられた様子。
しばらくの間を置き、アイシアの瞳にはっきりと俺の姿が映ると、彼女は可笑しそうに笑うのだった。
「まあ! 頼もしいですわ! わたくしがソラさんと出会う前から、ソラさんはソラさんだったのですね」
不思議なことを言うものだ。
まるでアイシアは、昔から俺を知っていたと言わんばかりだ。
なぜ彼女がそんなことを口にしたのかは分からない。
きっと考えたところで答えなど出てこない。
ならば俺は、やるべきことをやるだけ。
「じゃ、行ってくる」
フユメたちに軽く手を振り、大きく手を振るニミーに見送られ、俺はグラットンのハッチに向かった。
操縦室を後にしハッチの前に立つと、俺はハッチを開けるためのスイッチに手を触れる。
ハッチが開かれれば、そこにはレーザーが飛び抜ける広大な青空が。
同時に俺の体は、何かに掴まっていなければすぐにでも外に放り出されてしまうほどの猛烈な強風にさらされる。
好都合だ。
俺はグラットンから手を離し、強風に身を任せた。
瞬間、体全体がふわりと浮き上がり、視界はグラットン船内から大空へと塗り替えられる。
遠ざかるグラットン、かすめるレーザー、俺を追い抜く帝國の無人戦闘機。
聞こえるのは風の音のみ。
いくら体を動かしたところで、地上へと真っ逆さまに落ちるだけだ。
落ちる最中、白の綿に包まれたかように俺は薄い雲を突き抜ける。おかげで五感には雲の感覚が刻まれ、俺は雲魔法を覚えることができた。
思わぬ副産物、意図せぬ魔法修行である。
――そろそろだな。
俺は両腕を天に突き出し、ドゥーリオでの経験を呼び起こした。
想像するのは豪雨と分厚い雨雲。
それらは魔力によって想像の世界を脱し、現実世界に現れる。
薄い雲が漂うだけの青空は、この世の終りを告げるかのような分厚く暗い雨雲に覆われた。
と同時に、バケツをひっくり返したような大雨が降り注ぐ。
おそらく数十キロ四方の空が雨雲に覆われたことだろう。
おまけとして、俺は先ほど覚えたばかりの雲魔法を発動した。
暗い雲の中に浮かんだ純白の雲は、大空をモノクロに彩っていく。
――これで十分だろう。
あとは死を待つしかない。
硬い地面が俺を死の世界に誘うが、俺は空を見上げたまま。
いつ死ぬのかは知りたくなかったのだ。
ゆえに、俺の体を破滅させた衝撃は突然のこと。いつの間に俺は死を迎えていた。
次回 第3章8話『わたくしは、諦めませんわよ!』
ラグルエル「クラサカ君の文字通り決死の魔法は、果たして帝國軍を欺けたのかしら? そもそも、帝國の追っ手は無人戦闘機だけなのかしら?」




