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第2章13話 ここが、僕の今の仕事場だよ

 操縦席に座るシェノは、操縦桿を握り、ケイナが持つ手紙に書かれた座標へグラットンを飛ばした。

 あと数キロで指定の座標に到着、というところで、荒っぽい男の声が無線機から響く。


《おい、お前らはどこのどいつだ? 所属と、ここに来た目的を教えろ》


 堅気の人間とは思えぬ口調。

 同じく堅気の人間ではないシェノは、慣れた様子で返答した。


「あたしたちは、あんたらのところにいるグノスに呼ばれて、ケイナって子を連れてここに来たんだけど。そっちから呼び出しておいて、その態度は何?」


 挑発気味のシェノの返答。

 案の定、無線機からは舌打ちの音が聞こえてくる。

 それでも、シェノの言う通り、ケイナを――つまり俺たちを呼び出したのはグノスだ。男もそれを知っていたのか、すぐに彼は言う。


《着陸場所を教える。そこに向かえ》


 怒りを抑えた男の指示。

 同時に、グラットンのモニターに着陸場所を示した地図が届けられた。

 フロントガラスには着陸場所までの道筋が示される。


 しばらく進み、着陸場所に到着。

 するとそこには、岩山をくり貫き作られた、粗末な基地らしき施設が俺たちを持っていた。


「雲行きが怪しくなってきましたね……」


 基地に集うのは、武器をぶら下げこちらをけん制する者たちばかり。

 エルイークと同じか、それ以上に怪しく危うい光景に、フユメも警戒感を隠そうとしない。

 さすがのケイナも困惑気味だ。


「あたし、ちょっとやることがあるからさ、グノスのところまではあんたらがケイナを送ってあげて」


 モニターをいじりながら、シェノがそんなことを言い出す。

 どう見てもゴロツキの巣窟のような場所に、俺とフユメだけでケイナを連れて行けというのか。


 これまた面倒な仕事を押しつけるものだ。

 思わず俺の口から大きなため息が漏れ出す。


「はぁ……仕方ない。ケイナさん、フユメ、行くぞ」


「……わたしも、行く……」


 立ち上がり、猫耳をピンと立て、メイティがそう宣言した。

 彼女の頼もしい言葉に俺は驚いたが、フユメは首を横に振る。


「ダメです、危険すぎます。メイティちゃんは、グラットンに残っていてください」


「……わたし、ケイナ、守りたい……」


 フユメの注意も、メイティの強い意志の前では意味をなさない。

 たとえ敵の命であっても、それを守るためならば、自分の命を捨てかねないメイティだ。

 きっと何を言ったところで、今のメイティを止めることはできないだろう。


 伝説のマスターとして、俺は決断した。


「メイティもついてこい」


「ソラトさん!?」


「魔法修行だけじゃなく、勇者修行も必要だろうからな」


 勇者として選ばれたメイティには、いつか世界の危機に立ち向かい、戦わなければならないときが来る。

 そのとき、メイティは勇者でなければならないのだ。


 勇者になるためには、それなりの経験が必要だろうと、俺は考えた。

 だからこそ俺は、メイティを連れていくと決めたのである。

 それに、


「もし危険な目に遭ったら、俺がメイティを守る。最悪、フユメが蘇生魔法を使えば良い。そうだろ?」


「……はい」


 同意はしないが、反論もしないフユメ。これで決まりだ。

 俺は「ラーヴ・ヴェッセル」と呟き、フユメとメイティ、ケイナを連れグラットンを降りた。


 グラットンを降りて早々、ゴロツキたちに睨まれる俺たち。


 お嬢様と縁遠い世界に踏み込み、怯えるケイナではあったが、彼女はグノスに会える喜びを胸に、勇気を振り絞る。

 メイティは無表情のまま、基地の奥を見つめていた。

 俺とフユメは、ゴロツキを相手するのに慣れてしまった自分を(わら)いながら、先へと進む。


 削られた岩肌に囲まれ、薄暗い基地を歩いていく俺たち。

 誰の記憶からも疎外されているかのようなこの場所は、陰鬱な雰囲気に覆われていた。


「おーい! ケイナ!」


 廊下の奥から、ケイナと同じ緑色の肌を持つ1人の青年が、手を振りこちらにやってくる。

 ケイナは、青年の顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。


「グノス!? グノスなのね!?」


「久しぶりだ、ケイナ」


「嬉しい! またグノスに会えるなんて!」


「僕もだよ」


 どれだけの喜びを胸に抱いているのだろうか、ケイナとグノスは抱き合う。

 グノスは、やはりお坊ちゃま育ちらしく、洒落たスーツ姿に整った髪型、爽やかな笑みが特徴の好青年だ。


 けれでも、なぜだか俺は、グノスの笑みに気味の悪さを感じた。

 それはメイティも同じらしい。


「……あの人、ウソつき……」


 ただし、メイティの表情は悲しげだ。


「……あの人、辛そう……」


 わずかにグノスを眺めただけで、今にも泣きそうなメイティ。

 一体、彼女はグノスの何を感じ取ったのだろうか。

 少なくとも俺は、危機感を募らせる。


「魔法使用許可は、もう出てるか?」


「出ていません」


「あの女神、また仕事サボってるのかよ」


 嫌な予感がするというのに、ラグルエルが頼りにならないのが腹立たしい。

 もしゴロツキたちに睨まれていなければ、壮大な舌打ちをしたい気分だ。

 そんな俺の不満など知る由もなく、ケイナとグノスは楽しげに会話を続けていた。


「グノス、今は何をしているのかしら?」


「実は、新しいボスと一緒に新事業を展開中なんだ。今度、その新事業を僕に任せてくれるみたいでね」


「あら、あの泣き虫のグノスが? すごい!」


「ケイナ、君に少し手伝ってほしいことがあるんだけど、良いかな?」


「もちろんよ! グノスのためなら、私はなんでもするわ」


「ありがとう。それじゃあ、ボスのところに行こうか」


 手を差し出したグノス。ケイナはグノスの手を取り、上機嫌に笑う。

 続けてグノスは、俺たちに視線を向け言った。


「彼らは?」


「このお三方は、私をここまで連れてきてくれた人たちよ」


「そうか……」


 グノスは俺に興味はないらしい。

 彼はフユメとメイティを見て、表情を明るくする。

 その明るい表情の裏に闇を感じたのは、気のせいだろうか。


「皆さんもどうぞ、ついてきてください。我が社を紹介しますので」


 全力のビジネススマイルが俺たちにぶつけられた。

 ケイナを1人にする気はなかったので、これは良い機会だ。


 俺たちはグノスに連れられ、基地の奥へと向かう。

 カビ臭さを我慢しながら、狭い廊下を進み、エレベーターに乗せられ、地下空間へ。

 軽快な音楽が鳴るエレベーターの中では、相も変わらずケイナとグノスが楽しそうに会話を続ける。


「今のお仕事は、楽しいの?」


「とても楽しいさ。誰かのためになる仕事というのは、本当に楽しい。使い物にならない哀れな者たちに、居場所を用意してあげるんだ。こんなに良い仕事はないよ」


「哀れな者たち? あまりグノスらしくないことを言うのね」


「この数年で、僕も少しは大人になったのさ」


 爽やかな笑みを浮かべ、滔々と仕事を語るグノス。

 時を同じくして、地下空間に到着しエレベーターの扉が開くと、ケイナの表情から笑顔が消えた。

 俺とフユメは表情を強張らせる。


「ここが、僕の今の仕事場だよ」


 胸を張り両腕を広げたグノスが誇るのは、地下空間に広がる牢獄であった。

 牢獄の中には、腕や脚、あるいは首に鎖をつけられ、たった1枚の布を巻かれただけの人影が、何十何百と囚われている。


 種族は雑多、年齢は若い者が多く、性別では女性の方が多いだろうか。

 やせ細った者が大勢、中には二度と動かぬ体を腐らせた者までいる。


 ひどい臭いが俺たちの嗅覚を締め付け、あまりに凄惨な光景が俺たちの正気を揺すった。


「……奴隷の倉庫……でも、わたしがいた奴隷倉庫より、ひどい……」


 檻の中の1人であったメイティ。そんな彼女でさえ、目の前に広がる光景は見たことがないものらしい。

 メイティでそうなのだから、ケイナが恐怖に震え、現実を受け入れられないのは当然のこと。


「グ、グノス……どういうこと? これが仕事場って……何かの間違いよね?」


「間違いじゃないさ。僕は今、奴隷を扱う仕事をしているんだ」


「ウソよ……だってグノスが……あのグノスが……」


 はじめて、ケイナは目の前のグノスに対する拒否感を示した。

 しかしグノスは、ケイナと同じ緑色の肌を微笑みに歪ませるだけ。

 俺たちの冷たい視線すらも、彼には届いていない。


「さあ、ボスが待ってる。行こう」


 何事もなかったかのように、グノスは歩を進める。

 混乱したケイナは、震える脚でグノスの後を追った。

 きっと彼女は、目の前の出来事が嘘であることを願い、グノスの後を追っているのだろう。


 このタイミングで、フユメの小声が俺に伝える。


「魔法使用許可、下りました」


「分かった。あのイカれたお坊ちゃまからケイナを守るぞ」


「ええ、分かっています」


「……うん……」


 とはいえ、今すぐに暴れ回っても意味はないだろう。

 どうせ暴れるなら、グノスのボスごと吹き飛ばしてやりたい。

 だからこそ俺たちは、大人しくグノスの後を追うのである。

次回 第2章14話『そんな不良品、早いうちに僕が処分します』

ラグルエル「絶望的な出来事を前にして、クラサカ君たちは、メイティちゃんは、どんな行動に出るのかしら。少なくとも、平和的な解決はあり得ないわね」

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