第2章1話 神の雷を受け、その罪を洗い流すがよい
俺は空を見上げていた。
惑星『ゾザーク』の街に置いてけぼりにされて1時間。フユメやシェノ、ニミーを乗せたグラットンが帰ってくる気配はない。
だからといって、彼女らが帰ってきた場合のことを考えると、ここから動くこともできない。
俺は空を見上げるしかなかった。
「もしかしてこれ、捨てられたかな……」
シェノの手伝いをはじめて2週間が経過したが、俺が彼女らに迷惑をかけた記憶はない。
迷惑をかけた記憶はないが、彼女らの助けになった記憶もない。
2週間の内の12日ぐらいは、コターツの中で過ごしていただけだ。
となると、俺は役立たずとして捨てられた可能性を否定できないのである。
「あ、あれ? どうしてだろう、目から水が」
こんなに悲しいことがあるだろうか。世界を救う救世主に選ばれたはずの俺は、役立たずのヒモ男として、フユメたちに捨てられてしまったのだ。情けないにもほどがある。
ただ、捨てられただけならまだ良かった。
より大きな問題は、俺が捨てられたこの場所である。
「見ろよ、ニンゲンだぜ」
「劣等種がこんな場所に何の用だ?」
「気味が悪い」
「気をつけろ。ニンゲンに子供たちを近づけるな」
人間ではない種族による侮蔑と悪意に満ちた言葉が、わざと俺の鼓膜を震わせる。
言葉を吐き出さぬ者たちが俺に向けた視線も、蔑視に他ならない。
俺はただ街に立っているだけで差別され、苦痛を味わっているのだ。
仕事請負人のエルデリアは、今いる惑星ゾザークについて、銀河の中でも指折りの、人間が居ずらい惑星のひとつだと説明した。
どうやらゾザークでは、感情を優先させる人間は劣等種であり、自分たちに悪影響を及ぼす卑しい存在であり、徹底的に排除しなければならぬ対象として扱われているのだとか。
この説明を聞いただけでも、人間の俺が近づいて良い惑星だとは思えない。
では、なぜ俺は惑星ゾザークにいるのか?
理由は簡単。ゾザークに存在する貴重な鉱石を持ち帰る仕事を、エルデリアに与えられたからである。
とにかく金の欲しいシェノは、エルデリアの依頼を引き受け、グラットンをゾザークに向かわせた。
当然、俺たちもシェノに連れられゾザークにやってきた。
金のためならば強烈な差別も意に介さないシェノは、さっさと鉱石を採取し、さっさと仕事を終えた。
一方で俺は、ゾザーク人の差別からニミーを守るため、グラットンの外で警戒を続けていた。
そして問題が起きる。
グラットンに帰ってきたシェノは、俺を無視しグラットンを出発させたのだ。
飛び去るグラットンを見上げ、俺は呆然とすることしかできなかった。
それから1時間、数多の侮蔑を聞き流し、俺はこうして空を見上げているのである。
「腹、減ったな」
手持ちの金はごくわずか。食事ができるかどうかも怪しい額だ。
しかし、そもそも人間に食べ物を売るような奇特なヤツなど、この街には存在しない。
「おい、誰かあの劣等種をどけろ」
「嫌だよ。劣等種に近づいたら、何をされるか分かったもんじゃない」
侮蔑に耳を貸せば負け。ここは辛抱するほかない。
たが辛抱するにも、せめて彼らの言葉が聞こえないようにはしたいものである。
いっそのこと大声で歌ってやろうか。
「近づかなくても追い出せばいいんだろ? じゃあ、石でも投げよう」
「賛成。おいみんな! あいつに石を投げつけてやれ!」
ちょっと待て、精神攻撃に物理攻撃まで加えるの、いくらなんでもひどくないか。暴力沙汰だけは勘弁してほしい。
などと俺が思ったところで、ゾザーク人はすでに石を手にしてしまっている。
こうなれば、仕方がない。
「ラーヴ・ヴェッセル」
女神から教えられた呪文を口にし、俺は自分を囲む氷の壁を想像。
この間、5つ6つの石ころが俺の体に直撃する。幸い頭への直撃は避けられたようだが、いつかは全身打撲状態になるのは確実。
8つ目の石ころが背中にぶつけられたときである。ようやく魔法使用許可が下り、俺の想像力が魔力を操作し、氷の壁が俺の体を囲んだ。
分厚い氷の壁に囲まれ、冷蔵庫に閉じ込められたような寒さに震える俺だが、石ころを投げつけられるよりは何倍もマシだろう。
侮蔑の言葉も、投げつけられる石ころも、もう俺には届かない。
氷の壁、透明な天井から、俺は空を見上げた。
「うん?」
見上げた空に浮かぶのは、白く輝く巨大な球体。
もうひとつの太陽のごとく輝くその球体は、宇宙船がワープ航法を行う際に作られるワームホールだ。
――それにしては、大きすぎないか?
あれだけ巨大なワームホールからは、どれほど大きな宇宙船が姿を現すのだろうか。
少ししてワームホールから出現したのは、俺の想像を遥かに超えた存在であった。
ワームホールから出現したのは、宇宙船ではない。あれは、まさしく月。それも、巨大なガスマスクを装着したような月である。
空に浮かぶ、ガスマスクを装着した月。その異様な光景に、俺は嫌な予感に支配される。
《ゾザークの民たちよ。予はエクストリバー帝國の皇帝ツヴァイクである》
突如として街中に響き渡った男の声。
俺に夢中になっていたゾザーク人たちも、男の声に首根っこを掴まれ、ざわつきはじめた。
エクストリバー帝國――ドゥーリオで民間人を虐殺した、人間主体の帝國。
嫌な予感は、きっと的中してしまうのだろう。
《銀河は人間によって支配され、はじめて繁栄を手にすることができるものだ。ところが、ゾザーク人たちよ、貴様らはそれを拒絶した。拒絶した挙句、人間を劣等種と蔑み、人間を弾圧した。これは、銀河の摂理に反した行いである》
神を気取るかのような皇帝の言葉に、ゾザーク人たちの怒号が返される。
だが、皇帝は一方的に演説を続けるのであった。
《銀河の摂理に反した生物を根絶やしにし、銀河に安寧をもたらす。それがエクストリバー帝國の皇帝である予の責務。ゆえに、予はこの『デスプラネット』を用い、貴様らに『神の雷』を浴びせなければならぬ》
ガスマスクを装着した月――デスプラネットの一部が紫色に輝きはじめる。
それは死と恐怖、怒りと優越感を纏った、地獄へとつながる光。
きっともう、俺にできることは何もない。
《ゾザーク人たちよ、さらばだ。神の雷を受け、その罪を洗い流すがよい》
青かった空は、紫色に塗り替えられた。
デスプラネットから放たれた紫の光が、太陽の光よりも強烈に、ゾザークを照らしたのである。
紫の光は一本の柱となり、ゾザークを惑星ごと貫いた。
直後、紫の光を中心に、ゾザークの地表は地殻ごと削られていく。
山脈のように高くえぐられた地表は、ゾザーク人が住む街などいとも容易く破壊。
数百年、数千年の歴史が、ほんの一瞬で消え失せた。
数万、数億の命が、ほんの一瞬で奪われた。
俺の視界も土に覆われ、まぶたの向こうに紫の光が迫る。
重力も感じず、おぞましい量の土砂にもまれ、デスプラネットから放たれた紫の光に包まれた俺は、意識を失った瞬間すらも分からず、あの世へと吹き飛ばされたのであった。
次回 第2章2話『脱出ポッドを助けましょう!』
ラグルエル「不幸は連続するもの。早速死んじゃったクラサカ君の前に、再び帝國軍の巡洋艦が現れるわ」




