第1章23話 そうだ、俺が救世主だ!
俺は普段通り「ラーヴ・ヴェッセル」と口にし、魔法使用許可が下りたことをフユメに確認。
女騎士は剣を抜き、恐れを忠誠心でなぎ払い、フロガの前に立った。
こうした光景を嘲笑うのは、俺たちを見下すフロガだ。
「我輩ガ誰デアルカヲ知ッタ上デ、コノ我輩ニ戦イヲ挑ムトハナ。ヨカロウ、退屈シテイタトコロダ。コノ我輩ガ、紅蓮ノ炎ニヨリ貴様ラヲ地獄ヘト導イテヤロウ」
愉悦と殺意に目覚めたフロガは、体内に縛り付けられていた強大な魔力を解き放った。
灰色の肌は硬い鱗に覆われていき、肉は膨張し、鎧は破壊され、人の形をしていた体は獣の体へと姿を変える。
長い首に太い脚、装甲板のような胴体、肥大化した翼、赤く光る目、煙を吐く口。
あれはまさしくドラゴンだ。フロガはドラゴンへと姿を変えたのだ。
「サア、我輩ノ力ニ捻ジ伏セラレヨ」
煙を吐き出す口を大きく開いたフロガ。魔物とも怪獣とも思えるその行動に、俺たちは全身に力を込め、構えた。
直後、フロガの口から灼熱の炎が吐き出され、街は一瞬にして炎に包まれてしまう。
広場を覆い尽くし、街道を這うようにして進み、家々を焦がし尽くす炎。
その炎は熱く煮えたぎりながら、同時に一切の感情もなく、冷酷に人々の生活を、命を奪っていくのだ。
たった一度の攻撃で、街は火の海。
まさしく、人間ではとても対抗できぬ絶望的な力だった。普通の人間ならば。
「暑い……」
猛烈な炎に氷の壁は溶かされてしまったが、俺は無傷だ。
もちろん、フユメや女騎士も無傷である。
「少し涼むか」
俺は両腕を天に突き出し、ドゥーリオの豪雨を思い浮かべた。
すると、空は瞬く間に黒い雲に覆われ、雨粒が俺たちを濡らす。
雨粒の数は次第に増えていき、いつしか街全体がシャワーを浴びた。
街を燃やした炎は勢いを殺され、フロガは歯ぎしりする。
「貴様……タダノ人間デハナイナ。マサカ、魔王様ガ仰ッタ救世主トヤラカ?」
「おお、良いねこの展開。そうだ、俺が救世主だ! 真の英雄――倉坂空人だ!」
調子に乗った俺は、勇者を気取りながらドヤ顔をしてみた。
もしここが『スペース』や『ステラー』であれば、今の俺は痛々しいだけだろう。
しかしファンタジー世界『ムーヴ』において、俺のドヤ顔は大きな意味を持つ。
「ナント……魔王様ニオ伝エシナケレバ……」
「救世主だと? 君が、あの救世主だというのか!? 君が、神の使いだと!?」
敵であるフロガも、味方である女騎士も、驚きを禁じえない様子。
街ひとつを燃やし尽くす攻撃を前に、俺は無傷で立っているのだから、2人の反応は当然の帰結だ。
はじめて英雄として扱われ、機嫌を良くした俺は、フロガの始末に取り掛かる。
「フユメ、万が一の時は頼んだぞ」
「はい!」
死を恐れることはない。俺はまっすぐと、フロガを倒すことだけに全神経を集中させる。
俺は大量の氷柱をフロガに向けて撃ち放った。これにフロガはどう対応するのか。
さすがは魔族四天王である。フロガはその場から微動だにせず、炎魔法によって全ての氷柱を溶かし尽くした。
形を失い、水となり、ついには蒸発し気体となった氷柱たち。
二度と氷柱を撃たせんと、フロガは炎の柱を俺に向ける。
あの炎は氷の壁では防げぬと、俺の本能が告げた。だからこそ、俺は風魔法を使う。
立派な根を張った樹木ですらも吹き飛ばすであろう突風が吹き荒れ、フロガの炎の柱は拡散し、俺に届いたのは熱波のみだ。
お返しとばかりに水の柱を撃ち出す俺。これをかわすため、フロガは翼をはためかせ、教会から遠ざかる。
攻撃を防ごうと低空飛行をしたフロガに対し、俺はまたも水魔法を発動、大波でフロガを呑み込もうとした。
「炎魔法ニハ水魔法ガ有効? ソレハ幻想ダ!」
フロガの憤怒はブレスにより吐き出された青の炎となり、迫り来る大波を包み込む。
一体どれだけの熱さを持った炎だったのだろうか、大波は炎によって蒸発し、白い煙が雨の中を漂った。
「クソ……だったら!」
もはやフロガの炎魔法に対抗する手段はひとつ。彼に炎魔法を使わせないことだ。
いくつかの方法を瞬時に考え、その中で最も成功に近い選択肢を俺は選ぶ。
まずは風魔法を使い、突風を吹かせることでフロガの飛行能力を奪い、同時に炎攻撃から自分の身を守った。
続いて氷魔法だ。氷の壁は数秒で溶かされてしまうだろうが、今はそれで十分。
俺はドゥーリオの地下世界を思い浮かべ、地上に立つフロガを氷の檻で囲い込む。
氷の檻に天井はない。バケツに水を入れるかのように、俺は大量の水を氷の檻に投入した。
おそらく氷の檻を溶かすことにフロガは気を取られたのだろう。大量の水は蒸発させられることもなく、氷の檻を満たす。
まだ足りない。俺は腕を伸ばし、氷の檻を満たした水を凍らせる。
全てはうまくいったようだ。フロガは氷漬けにされ、炎魔法を放つこともできないでいた。
せめてもの抵抗として、全身に炎を纏わせ氷を溶かそうとするフロガ。
だが、もう遅い。
「これで終わりだ!」
両腕を突き出し、鋭く尖った数十本の氷柱を、氷漬けにされたフロガに向かって撃つ。
弾丸のごとく放たれた氷柱たちは、雨を切り、風を切り、フロガに殺到した。
氷を突き破り、フロガの硬い鱗を突き抜け、街の建物に刺さる氷柱たち。
氷漬けにされ、動くこともできず大量の氷柱に貫かれ、体を覆っていた炎すらもかき消されたフロガ。
これ以上に氷の檻が溶かされることもなく、フロガの目から光が消えた。
街に響くのは、石畳や建物を打ちつける豪雨の音のみ。
「倒した……だと……!? たった1人で……フロガを倒しただと!?」
雨に降られ街の炎が消え行く中、膝をついた女騎士は、遠い目をしてフロガの死体を眺めていた。
俺は全身の力を抜き、空を見上げる。
顔に当たる土砂降りの雨が、今の俺には心地よい。
「私の出番もなく、勝てましたね」
「俺のおかげでフユメは何もせずに済んだんだから、感謝してくれよ」
「もちろんです。とは言っても、感謝するのはフロガを撃退したこと、ですけどね」
「そうかよ。ただ、どうせフロガは四天王の中でも最弱、油断はできないだろ」
「かもしれません。けれども、ソラトさんがとても強い人であることは分かりました。そして、ソラトさんはもっともっと強くなる。そのためにも、魔王を倒すその時まで、私はソラトさんの補佐を続けます。だから、これからもよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
喜びなのか、安心感なのか、フユメの言葉は柔らかい。
魔法修行の成果を確認し、さらなる魔法修行を続ける未来は、まだまだ長そうだ。フユメとは長い付き合いになるだろう。
果たして魔王を倒す日は、いつになるのだろうか。
ところで、いつの間に女騎士が俺の側に跪いているのだが、これはなんだ?
「救世主様! 救世主様のお力、お見それいたしました! 神に仕える者として、救世主様の助太刀、感謝いたします!」
「お、おお。まあ、女騎士さんが無事で良かったよ」
「なんと……この私なぞにそのようなお言葉を! マリー=シュペラ、この瞬間を一生忘れません! この命、もはや救世主様のためのもの! 救世主様、この私を自由にお使いください!」
困ったことになった。このマリーという女騎士、ちゃっかり俺の仲間になるつもりだ。
普通のファンタジーであれば喜ぶ場面だが、さすがに彼女を『ステラー』に連れて行くのは無理だろう。フユメも困り顔をしている。
「ええと……マリーさんのこと、自由に使って良いんだな?」
「はい! なんなりと!」
「じゃあ救世主からの命令だ。俺は常にこの世界にはいられない。だからマリーさんは、俺の代わりとして『ムーヴ』に蔓延る魔物を倒してくれ。たまに手伝うから」
「かしこまりました! このマリー、救世主様のため魔物どもを残らず屠ってみせます! うおおおお!!」
剣を掲げ流れ星のように去っていくマリー。
彼女が俺に忠実なおかげで、面倒事を避けることができたのだから、俺は一安心だ。
「フフ~ン、早くも真の英雄扱いね」
「賛辞のために、己が宿命を全うするなどと……」
「ラグルエルさん!? コンストニオさん!?」
まさに神出鬼没の2人は、土砂降りの中で一滴の水にも濡れず、俺たちの背後に立っていた。
ラグルエルは、俺とフユメをどこか誇らしげに見つめている。
正反対に、コンストニオは相変わらず俺たちを蔑んでいるかのよう。
そんな2人を見ていると、こちらとしては『プリムス』の二面性を見せつけられているような気分だ。
どうせなら自分に都合の良い方を取ろう。俺はコンストニオを無視し、ラグルエルに話しかけた。
「どうも。それより早く『ステラー』に返してください。コターツが恋しいです」
「あら、真の英雄になれて、もうちょっとは興奮してるもんだと思ってたけど、『ムーヴ』にはもう飽きちゃった?」
「違いますよ。さっきのマリーって女騎士を見てたら、真の英雄も面倒くさそうだなと思っただけです」
「なるほどね、さすがは面倒くさがり屋さん。いいわ、転移の準備は終わってるし」
俺の答えを知っていたかのように、ラグルエルは転移用の紙を地面に敷く。
不思議だ。雨に沈む石畳の上に敷かれた転移用の紙は、それでも濡れることはない。
濡れることのない紙の上に立ち、体を密着させるフユメから雨の冷たさを感じ、俺たちはすぐさま光に包まれた。
魔族四天王の一人フロガを失った魔王軍は、多少の損害を被ったことだろう。
1時間後には滅亡していたはずの『ムーヴ』は、俺たちによってわずかに寿命を延ばしたのである。
次回 第1章24話『シェノさんが、どこにもいないんッス!』
ラグルエル「次はちょっとだけ短い話になりそうね。グラットンにお客さんが来たみたいだわ」




