第4章25話 デカイ鳥だな
俺とフユメは、事態の重さを理解しきれていない。
「マリー、魔族四天王最強って言ってなかったか?」
「言ってましたね」
「1匹で部隊を壊滅させたとか言ってなかったか?」
「言ってましたね」
「ヤバいのが来ちゃった感じか?」
「ヤバいのが来ちゃった感じですね」
間違いなくヤバい魔物が登場した、というのは分かっている。
ただ、それがどれほどにヤバい魔物なのかはまだ分かっていない。
フレスヴェルグがヤバい魔物であるというのは、マリーと騎士たちの反応を見た上での判断だ。
実際、マリーは先ほどまでの高いテンションを引っ込め、頭を抱えてしまっている。
「ゲーとフレスヴェルグが同時に出現したなんて、一体どうすれば……」
士気が下がった騎士たち。
あまり良い状態ではなさそうだ。
こういうときこそ、救世主の出番だろう。
「おいマリー、お前たち騎士団はゲーの退治に行け」
「し、しかし救世主様! フレスヴェルグはどうなさるのですか!?」
「そっちは俺1人でやる」
「なっ……!」
堂々と言い放った俺に、マリーは面食らった様子。
正直、俺はフレスヴェルグがどのような魔物か知らないため、テキトーなことが言えただけ。
だがマリーからすれば、俺の言葉は救世主から下された神託に等しい。
パッと表情を明るくしたマリーは立ち上がり、胸に手を当てた。
「承知致しました! 我ら騎士団はゲーの退治に向かいます! 救世主様、健闘を祈っております!」
「それはこっちのセリフだ。余裕ができたら、お前らの救援に向かうよ」
「ありがたき幸せ! 聞いたな皆の者! 我らは救世主様のお言葉に従い、ゲーの退治へと向かうぞ!」
剣を掲げたマリーと、彼女に呼応し雄叫びをあげた騎士たち。
そのまま彼女らは馬に跨り、森へと駆けて行った。
「行っちゃいましたね。マリーさんたちの救援は、過去の私たちに任せましょう」
「ああ。さっさとコターツに帰りたいしな。ラーヴ・ヴェッセル!」
戦いは早く終わらせるに限る。
ラグルエルからの魔法使用許可が下りると、俺は北を見据えて敵を待った。
幸いなことに、敵の姿が見えるまで、それほど時間はかからない。
「見えてきました!」
フユメが指差した先。
そこにいたのは、彼方の大空を羽ばたく巨大な鳥だ。
ドラゴンにも似たその鳥――フレスヴェルグは、重厚な翼をゆっくりと振る。
翼が振られるたび、地面はめくれ上がり、樹木は根から吹き飛ばされ、丘は平地へと姿を変えていた。
雲を振り払い、木々や土煙を蜃気楼のごとく纏ったフレスヴェルグに、俺は思わず苦笑い。
「デカイ鳥だな。翼を動かすたびに丘を吹き飛ばすだなんて、害鳥にもほどがあるぞ」
魔族四天王最強という称号に納得だ。
フレスヴェルグは魔法も使わず、ただ空を飛ぶだけで、人々の生活を根こそぎ奪っていくのである。
今はまだ、フレスヴェルグを眺めていられるだけの距離がある。
この距離が詰められてしまえば、フレスヴェルグとの戦いは厳しいものになるだろう。
神秘性すら感じさせる破壊神を打ち倒すには、遠距離攻撃しかない。
「艦砲射撃魔法!」
最強の遠距離魔法――は『神の雷』だが、それでは惑星の危機となってしまう。
ならば次点の艦砲射撃魔法こそが、フレスヴェルグを攻撃するのに最適な魔法だ。
俺は腕を突き出し、五感の記憶を呼び起こし、想像。
皮膚が蒸発していくような触覚、強い光に包まれる視覚、熱された空気の音に震える聴覚、吹き飛ぶ嗅覚と味覚。あの感覚を、フレスヴェルグにも味わわせてやる。
「食らえ!」
魔力によって生み出された、緑のレーザーの束。
宇宙時代のシールドを破壊し、分厚い装甲に大穴を開け、街ほどの大きさを誇る軍艦をも破壊するレーザーの束が、空から地上に降り注いだ。
空を飛ぶフレスヴェルグはレーザーの束に殴られ、地面に叩きつけられる。
「まだまだ!」
この程度の攻撃で『やったか?』などとは言わない。
地面に倒れたフレスヴェルグに対し、俺は続けざまに艦砲射撃魔法を撃つ。
レーザーの豪雨はフレスヴェルグごと地面を耕し、衝撃波と爆音は俺たちの体を内臓まで震わせた。
もはや空が落ちているかのような攻撃によって、北の方角には土煙の山が完成している。
フレスヴェルグの姿は土煙と火球の中に隠れ見ることはできない。
標的の姿が見えないのであれば、標的を倒したかどうかも分からない。
ゆえに俺は艦砲射撃魔法を継続する。
永遠と振動し続ける地面、駆け抜ける爆音、消えることのない火球と土煙、レーザーの豪雨。
俺が無心になりかけた頃、口をぽかんと開けていたフユメがいよいよ叫んだ。
「ソラトさん! もう十分です! フレスヴェルグの魔力は消えました!」
フユメの報告は正しかろう。
突き出していた腕を下ろし、俺は艦砲射撃魔法を止めた。
代わりに風魔法を吹かし、壮大な土煙を吹き飛ばす。
山脈のシルエットのようになっていた土煙が消えると、そこには俺たちの知らない景色が。
「巨大なクレーターができちゃってるじゃないですか!」
「あの害鳥に街を吹き飛ばされるよりはマシだろ」
「そうですけど……」
巨人の浴槽のようなクレータを眺め、なぜか脱力するフユメ。
クレーターの中心には何もない。焼き鳥どころか、羽や骨の欠片すらもない。フレスヴェルグは綺麗さっぱり消え去っていた。
あっという間に、何らの被害もなく魔物を退治したのだから、それで良かろう。
おもむろにクレーターへ背を向けたフユメは、少し間を置き口を開いた。
「とりあえず、任務終了をマスターに伝えておき――」
「もう終わったの!? 早すぎないかしら!?」
フユメが言い切る前に、どこからともなく現れたラグルエルが、目を丸めて俺に詰め寄ってくる。
彼女の顔のあまりの近さに、俺は体を仰け反らせながら答えた。
「容赦なく魔法を使えば、こんなもんですよ」
「クラサカ君の魔法修行、思った以上に進んでいたのね……」
遠くのクレーターを見つめ、そうつぶやくラグルエル。
魔法修行は順調、魔物も短時間で退治したのだから、もう少し褒めてほしいものだ。
ただ、今はそれよりも大事なことがある。今度は俺がラグルエルに詰め寄った。
「早く『ステラー』に返してください。デスプラネットから機密情報奪ったり、コターツで休憩したり、忙しいんですよ」
「機密情報を奪う作戦には参加する気ないとか言っていたような……」
「もうクラサカ君は『ムーヴ』の救世主よ? 本業がテキトーになってないかしら?」
「最初からテキトーです」
「言われてみればそうだったかもしれないわね」
妙に納得した、と言わんばかりのラグルエルと、俺の背後で呆れた様子のフユメ。
ラグルエルは再びクレーターに視線を向ける。
彼女の瞳は、心なしか遠い未来を見つめているかのよう。
草も残らぬ戦場の跡から風が吹き、長いブロンドヘアーがそよいだ。
「まあ、『ムーヴ』滅亡までの時間が1時間49分まで延長されたし、それで良しとするわ。それに、本当に大変なのはこれからだし。ほら、すぐに『ステラー』に返してあげるわよ」
女神の微笑み。
今のラグルエルが何を考えているのかは、俺にもフユメにも分からない。
それからすぐに、俺たちは複雑怪奇な模様が描かれた紙の上に立ち、光に包まれた。
数分後には過去の俺たちがやってくるであろう『ムーヴ』を去った俺たち。
光が消えれば、そこはコターツの中であった。
次回 第4章26話『スカベンジャーだな。卑しい乞食どもめ』
ラグルエル「デスプラネットの残骸での戦いがはじまるわよ。戦場ではシェノちゃんが大活躍。一方でクラサカ君のもとには、あの人からの通信が届くわ」




