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まだ君が僕を呼んでいる  作者: 甘宮るい
第一章「フェンス越しの彼女」
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最終話「フェンス越しの彼女」



 冬休み最終日、俺は日付を勘違いして学校に来てしまっていた。会長様が課題を代わりに出してくれなんて言うから休めなくて、きっとそのせいだ。

会長様の課題を先に届けるため、登校してすぐに職員室に入った。会長様の担任の教師に声をかけたところ、始業式は明日だろ、と笑われた。職員室前の廊下に出て目が覚めた。

俺は何を真面目にやっていたのだろう。今まで俺は何でも適当に熟せていたはずなのに。執着だって依存だって、他人にしたことはなかった。結局、最後の最後には自分勝手に判断していた。それなのに。

 職員室の廊下の掛け時計は9時を示していた。明日のこの時間になったら学校は騒がしくなる。

ため息をついた時、大きな電子音が響いた。本館の正面から見て左奥、図書館の方からだった。と、と、との後にさっきより長い音でまた3回、そしてまたと、と、と。鳴り止まない。会長様と居る時の音だ。あの機械音だ。コンビニで聞いた時と音のリズムは変わっていないのに明らかに音はまた大きくなっていた。そして音も少しだけ低い。

あまりに耐え難い音に体のバランスを崩しかける。頭が痛くなって眩暈がする、それなのにどうにも止む様子がない。いや、どれくらいの間この音を聞いているのだろう。時間間隔さえ大きく狂わされていく。

 何とか音がする方へ向かって、ゆっくり廊下を進んでいく。嫌な予感がしていた。気づいていた、理解していた。それを思い出して噛みしめていく。

 この音は会長様と居るときにしか聞こえない。彼女と居るときにしか聞いていない。この音は今の時点で会長様から聞こえていると、考えるべきだ。ということは、彼女は冬休み最終日に学校に来ていることになる。会長様はあの時の公園で課題を提出できないと言っていた。どうしてかはわからない。それでも明日、会長様が学校に来られるのなら提出が可能なはずだ。もちろん俺に預けることで課題をやらせようとしたのかもしれない。けれど、それなら俺から会長様に渡すほうが正しい。俺が会長様の課題を提出するのはあまりにも不自然すぎる。会長様はそういうことにも気が回るはずだ。そもそもあの几帳面な生徒会長の鏡である会長様なら、俺に今日までに課題を手渡すように言ってもおかしくはない。その場合、もちろん俺は彼女の課題ごと持ち帰りはしなかっただろうけれど。おかしくないようにも見えるのに、どうしても何かがおかしいと感じる。この現状は、何かが違う。腑に落ちない。

 ふいに、電子音が止まった。図書館の扉をやっとの思いで開けると、そこには会長様の姿はなかった。焦りを覚えて振り返る。階段を視界が捉える。

 会長様が、課題を自分で提出する気がなかったとしたらどうだろう。明日、会長様が課題を提出できない理由はどう考えても、始業式で生徒会長のスピーチが行われるのが恒例である時点で学校側は意図しない理由だ。今日、もし登校していてそれが明日のスピーチの準備を理由にしたものだとしたらその時点でおかしい。俺の推測が破綻する。明日、会長様が課題を自分で提出できない時点で会長様が明日スピーチをすることは考えにくい。ということは、会長様は明日学校を休むと考えるのが妥当だ。じゃあ、今日登校している理由は何だろう。念のため俺は会長様の靴箱を確認したが、上履きも下靴も入っていなかった。お礼を言うために確認したはずだった。それなのに俺はそもそも会長様がこの学校に今いると考えている。それは俺の中で靴箱の状況よりも音が聞こえる事実の方が信じられるものだったからだ。会長様が、誰にも悟られず学校に登校したのだとしたらどうだろう。誰にも悟られないために靴箱でわざと靴を履き替えなかったとしたら。

 苛立ちをどうにかしようと自分の頭をグーで殴った。少し力を入れて。

 俺の頭はもう推測を受け入れて行動すべきだと判断していた。

 脚がいつもより早く動く。急いでいるように、ずっと早く動く。会長様の姿を探しているとあの音が一段と大きくなった。眩暈が酷くなり壁に手を付く、その時その音が丁度自分の真上から聞こえていることに勘付いた。

 この上の屋上は普段、閉鎖されている。けれど、信頼されきったあの会長様ならいつだって手に入ったはずだ。ボランティア活動とサッカー部県大会出場の弾幕が校門からも見えるようにかけられていた。それは、今日俺が登校した時初めて見たものだ。それを、何でも熟す会長様が当たり前のように作業して、そのまま鍵を持ち帰っても誰も気づかなかったなんてことが、あるのではないだろうか。

 焦りが思考を蝕んでいく。自分の足音さえかき消していく音を、受け入れるように深呼吸した。呼ばれているような気がする。自分を見失わないように、まるで何かと争うように走り出す。

 屋上のドアを押す、外の空気が頬を掠めた。一度だけ息をついて、屋上に出る。

 黒いスカートが見えた。フェンスの向こうに、黒くて長い髪が見えた。

 息も吸えず、足も絡まって、それでも必死に駆け寄る。どんなに望んでも届かない場所に、会長様がいる。大事な人が、いる。

 俺は何だか大事なものを落としてしまうようだった。

 覗き込んだ、俺は踏み出せないフェンスの向こう。端のその一歩外。

 にっこりと笑った会長様は真っ逆さまで、俺に言った。

「ごめんね」





 会長様の日記を読んだ。葬儀には参加できなかった癖に、会長様の家を訪ねた。

会長様は1ページ目で死ぬために生徒会長になったと綴っていた。馬鹿な人だ。屋上の鍵を手に入れるためだけに生徒会長になるなんて。親の言いなりになって意思も持てずに、屋上の鍵に手を伸ばして。

 会長様に必要な、もっと別のものがあったはずなのに。

避けられた運命だったはずだ。会長様がどんなに酷い環境で苦しんでいても、それでもこの結果は変えられた。気づいていれば止められた。本当に馬鹿な人だ。あんなにも賢い人なのにどうして生きるために頭を使わなかったのかと、そう言って今度は俺が怒ってやりたい。そして、どうして死んでしまう癖に俺に近づいたりしたのかと問い詰めてやりたい。手が届かない。会長様に手が届かない。あの感覚を繰り返していく。今、手の中にあるこの日記さえ落としてしまいそうだ。会長様の遺品はありえないほど少なかった。私物はなかった。縋るものくらいもっと残してくれればいいのにと、国語ノートを抱きしめた。その日記は彼女の最後の意志だった。彼女はずっと前に壊れてしまっていた。

俺が見たのは、彼女の欠片だった。欠片だったはずなのに、どうしてこんなに虚しいのか。俺は会長様を呼んでいる。求めている。こんなにも求めていた。こんなにも呼んでいた。時折、ぼぅっとしてどこかに手を伸ばしてしまうことがある。

いつだって黒いスカートに長い髪の生徒が気に掛かる。そこの角から会長様が出てこないかと思ってしまう。

 会長様のしたかったことだった。彼女に残った、死にたいという願いで俺はこんなにも苦しんでいる。苦しくて仕方ないのに、いっそ俺が死んでしまいそうなのに、この苦しみでさえ大事だと思ってしまいそうになる。けれど、俺にとって大事なのは彼女だ。あの生意気な会長様だ。会長様はずっと自分の感情すらも疑ってもう自分のことさえも分からずに、一つの願いに縋った。俺は会長様のおかげで顔を上げることができたのに。俺は彼女に何も返していない。俺は彼女に縋ったのに、彼女は……。


 俺は大事なものを学校で得て、学校で失った。

 会長様は、もういない。


これからは、生徒会長を追う長くて辛い人生の話がはじまります。手を伸ばしてしまう話です。

(よければ下のほうもお願いします!!)


20191016 修正しました


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