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まだ君が僕を呼んでいる  作者: 甘宮るい
第一章「フェンス越しの彼女」
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第五話「その音はどこから」



 翌日の朝、俺は家の近くのコンビニでいつものように買い物をしていた。

 コンビニはどこにでもある、ある程度のものが置いてあって害がない。ちょっとだけ会長様と似ているなと思う。優等生をそのまま模写したように見えていた。会長様も、どこにでもいる。

 関わってみると、俺はそんなイメージをいい意味で壊された。ちょっと面倒などこにでもいる生徒会長の鏡、そんな会長様が今の俺には少し違って見えた。

 お菓子とカップ焼きそばをカゴにいれて、炭酸のジュースを探しに向かう。途端、聞いたことのある電子音が聞こえて振り返った。耳鳴りのようなそれは以前、会長様といるときに聞こえたものと同じだ。

 「わっ、急に振り向かないで。びっくりさせようと思ったのに、びっくりさせられちゃった」

「か、会長様」

 本当にびっくりしたらしい会長様は、見るからにわたわたとした。こうやって垣間見るようになってしまった彼女の隙が、時々怖い。

「近づいても気づかなかったのに、いきなり振り向くなんて」

 おかしそうに楽しそうに、ふっと笑う。

 俺のことを驚かせるのに失敗したらしい彼女の反応に何ら偽りは感じない。

「樟山くん?どうかした?」

「い、いやなにもない」

 それなのに電子音のような耳鳴りがまだ消えない。薄っすらとはしたが、耳に障る。短い音が3回、長い音が3回、それでまた短い音が3回、彼女の話している言葉に必ず沿って音がしているわけでもなさそうだ。音の大きさは変わっても音のリズムは変わらない。

「あ、これ!樟山くんもこのお菓子、好きなの?」

 この人は何もかも分かっているのかいないのか、どちらとも判断し難い態度をとる。籠を指さして彼女は俺をじっと見た。仕方がないので、さらっと返答する。

「よく食べますね。会長様は年始のこんな日に朝からコンビニなんかに、何の用があったんですか」

「それ、そのままそっくり返しちゃおうか?」

 押し黙りかけて、そういえば会長様がコンビニに似合わないだけで、俺がコンビニを利用することは欠片もおかしくないことに気づく。それと同時に、世の生徒会長がコンビニを利用しないとも言えないことが頭に浮かんで、やっぱり押し黙った。

 その様子を見た彼女は、また笑う。すっと顔を近づけると、表情を覗きこまれた。揺れた髪から石鹸のいい匂いがする。

「なんですか」

「今日、暇?」

「え」

 それは俺が一切、予想していなかった問いかけだった。

「これから暇かって、聞いているの」

「会長様こそ、どうなんですか」

 返答に困って、コンビニの外に目を背けながら聞き返した。空は青く雲もいつもより少ない。

「暇なの。だから会長様に付き合いなさい」

 彼女に視線を戻すと、彼女はにっこりとしていた。

「それにね、私。暗い顔している子、ほっとけないの」

「俺がそんな顔してたんすか」

「気のせいかもね」

 つんつんと、頬を突かれた。


 会長様の分もお菓子を購入し、コンビニ近くの公園まで行った。ベンチに並んで座る。何を考えているのか分からない会長様はミニカステラを空けて早速、食べ出していた。

「どっか、行きたいところとかないんですか」

 デートとは言い難い。でも、公園は落ち着かない。

「ないなぁ」

「暇を持て余していますね」

 いつもは何かと忙しそうなのに。

「あなたこそ、課題はいいの?」

「俺はだってその、しなくたって困りませんから」

 やらないのが当たり前だ。最低限の補修は出ているし、補修の課題は提出してある。留年の材料になりそうなもの以外に興味はない。

 留年にならなければ、なんでもいい。それ以上にやらなければいけない理由が俺にはない。

 「そんなあなたのために」

 会長様はトートバッグを探る。

「2年と3年共通で出されたネットリテラシーの課題の紙と、読書感想文の原稿用紙と課題図書です。やりなさい、暇でしょう。ネットリテラシーの方は私の課題を参考に書けばいいから」

「面倒な……」

 俺に会うかわからないのに持ち歩いていたと思うと、ぞっとした。

「お願い」

「そう言いますけど、これ会長様の課題も受け取るってことですか。会長様はどうするんですか」

「代わりに出しといてくれる?私、始業式」

 会長様の声があの電子音にかき消された。耳を塞いでもあまりにも大きな音で、それは俺の思考を潰すように頭に響く。なんだ、これは。最近になって聞こえるようになったこれは、どうしてこの女と居る時だけ。

「す、すいません」

 不審に思われないうちに何とか声を振り絞る。耳を塞いだ手を何ともないように戻して、自分の声に集中した。

「会長様のお言葉、俺ちょっと聞き逃しました」

「……聞きにくかったかな。とりあえず、出しておいてくれればいいから」

 なんとか誤魔化せたようだ。でも、会長様の言っていたことは聞き逃してしまった。その上、聞き直せない。新学期の挨拶のせいで提出できないなんてことはありえない、会長様が新学期初日にサボることも想像できない。けれど、仕方ない。

 あの音が気にかかる。俺は幻聴が聞こえるほど精神を病んではいない。一応、一般的な精神状態である自信がある。

 だが、音がするのも事実だ。

 どこからか聞こえる。原因に心当たりはない。会長様の私物が原因という線はない。私物なら会長様が気づくはずだ。彼女がこんなに耳に障る音を聞き逃すことも放っておくことも、ありえない。会長様は些細なことに日頃から気を遣う人だ。大きな音も立てない。俺にだけあの音が大きく聞こえるとして、それでも彼女が認識できているとしたら俺を気にかけるようなことを言うと思うから。煩くないか、とか彼女はきっと俺を気にかけてくれるはずだから。彼女が何も反応していないということはやっぱり、俺にだけ聞こえている。それは何故なのか。

「大丈夫?くぬぎや」

 また遮られた。電子音の大きさがどんどん大きくなる。彼女の声が遠のいていく。いや、音を出しているのは彼女の口からなのか。いや、違うそんなわけがない。

 耳を塞ごうとした瞬間、会長様に片腕の手首を掴まれた。

「大丈夫じゃないかもしれないわね」

「……なにがですか」

 ぐいっと引っ張られて俺は彼女の膝に頭を預けることになる。ベンチが小さく音を立てた。

「嫌なことでもあったの?」

 頭上から聞こえる声に変な音がかき消されていく。

「昨日、私が言った事を気にしているならやめてね。本当にただの我侭なの。あんまり関係ないの」

「音が、聞こえるんです」

 言いたくない、言うほどのことでもない。そう思うのに声に出してしまった。膝枕をされたのはいつぶりだろう。きっとこれのせいだ、小さい頃ことを思い出してしまった。

「音?それって、幻聴ってこと?まさか」

 薬物だと思われるのは心外だ。

「薬物じゃないですよ」

「どんな音?」

 会長様が首を傾げる。

「電子音ですかね、最近どんどん大きくなっていっている気がして」

「耳鳴りじゃないの?」

「違いますね」

 耳鳴りじゃない気がする。途切れるような耳鳴りなんて体験したことがない。もしそんな耳鳴りがあるとしても、会長様と居る時にだけしか聞こえないのは不自然だ。俺は会長様と居ることにストレスを感じていない。

 そもそも自分の耳から聞こえるというよりは、どこかで鳴っているという感じだった。頭に痛いほど響くようになってからはその感覚は掴めないけれど。

「パソコンの音ってこと?」

「パソコンかは分かりませんけど、ぴぴぴ、ぴーぴーぴー、ぴぴぴ、って」

「何それよくわかんない。何か規則的に聞こえるってこと?機械音が」

 規則的な音を繰り返していく。それはきっと、初めて機械音を意識した時から変わらないはずだ。

「まぁ、気にしすぎかもしれません」

 俺の考えすぎだ。怪奇現象は、信じ難い。

「……あんまり力になれなくてごめんね」

 何か言いたげな会長様は、それでもまだ諦めていないようだった。彼女は腕を組んで唸る。足まで組みそうな勢いだった。

 会長様の体温を感じながら深呼吸をする。安心してしまいたいのに、安心してしまえない。それなのに晴天の空は情けない俺を笑って見下して、悩む会長様を哀れんでいるようだった。


2019❶016 修正しました。

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