第四話「だから会長様のヒーローになれない」
学校の先生になりたい、という夢は漠然と持っていただけの希望だった。進路希望の紙を埋める上で、しいてなりたいかもしれない。その程度の夢だった。不良に足を突っ込んだ頃だったと思う。似合わない。
中学生は不安定だ。例に漏れず俺も不安定だった。
会長様の長い髪が視界に映った時と似た感覚がした。会長様に声をかけられてから、勉強を少しだけやるようになった。それはきっと単位のためだった。
そもそも俺はそんな夢を持っていたことなんて、忘れていたはずなのに。
纏まらない思考が雨を降らせた。玄関に座り込んで、今日も帰ってこない兄貴のスリッパとパートに出かけただろう母親のスリッパを眺めた。
兄貴は俺と同じ不良だった。ただ、兄貴は高校三年生になった時に改心したのだ。やっぱり俺は美容師になりたいから美容師の専門学校に行く、と言っていた。もちろん応援した。公言はしなかったけれど、羨ましいと思ったこともあった。
俺の家には専門学校に通うほどの収入はなかった。
母親はいつも笑って大丈夫だと言っていたけれど、一人で俺たちを育てるのは大変だったと思う。だから兄貴は推薦枠が二名分あった、学校の近くの実際の美容院で働きながら通える専門学校を目指した。兄貴はすぐに勉強を始めた。その推薦枠を兄貴は本気で狙っていた。自頭のいい兄貴は学校のテストでいい点を取ると、いつも深夜に帰ってくる俺を待ってまで自慢してきた。兄貴は、努力家だった。努力ができる人だった。推薦がもらえれば、入学費が半分になる。兄貴は親孝行だと言って、勉強だけに集中して、その推薦枠に入れるようにずっと頑張っていたのに。
叫ぼうと息を吸う。それでも誰も手を差し伸べてくれないことを知っているからゆっくりと吐き出した。何故、俺は知っているのに息を吸ってしまうのだろう。
兄貴は報われなかった。テストで一番をとっても、毎日きちんと出席して提出物を出しても、ヤンキー時代の不良友達たちにタバコを勧められたって断って、推薦されるべき生徒になろうと直向きに努力しても、先生はそれを認めなかった。過去ばかり見て、推薦枠が空いているのに兄貴の努力を蹴った。誰よりもいい点数も先生の固定概念に阻まれた。兄貴の願いは叶わなかった。誰よりもいい授業態度だって、意味があるのかないのかわからないボランティア活動に参加したことだって、なんだって先生には敵わなかった。
壁を殴った。当たる前に緩めたはずの拳はまだ固まったまま震えている。会長様は、こんな拳もきっと解いてしまうだろう。でも、解いたところで傷つけないとは限らない。
俺は兄貴のことを見ていたのに、頑張れる気がしなかった。その時には、既に夜な夜な遊びまわるグループに入っていたから余計に戻れなくなった。夢はなかったことになって、俺はどんどん非行に走った。母さんは止めようとしなかった、俺は止めてほしかった。馬鹿だと思う、でも自分で止まれていたらこんなところまで来ていない。
会長様に言われても先生になんてなれる気がしない。今更すぎる。俺はこんなにも歪んだ。言い訳ばかりして、努力も出来ない。だってそうだろう、そんな声が聞こえる。意味がないと決め付けてしまう。どうしていいかわからない。
会長様は俺をどうしたいのか、少しだって理解できない。
俺が何をしたいのか本当はどうしたいのか、全く理解できない。
諦めた夢を蒸し返しても意味はない。見っとも無いし俺らしくない。俺はずっと自分のしたいことだけやってきたはずだ。酒にもタバコにも手を出した。先生なんて有り得ないだろう。
助けてほしいなんて、俺が助けてほしいくらいだ。
20191008 しゅうせいしました。