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王様の頼み

二話以降は5000字前後を目安に投稿していきたいと思います。

「――どうか、この国を救ってくだされ……!!」




「いや、それ今さっき聞いた」

「大事なことなので二回言いました」

「その言葉どこで知った!?」


 文字通り平身低頭な王様っぽい人は、なぜか日本の俗語を知っていた。他の転移者の影響か?


 目の前の王様は、少なくとも敵対的ではないみたいだ。低身長でありながら丸々と太って、なんだかボールのような体型。長いヒゲでモジャモジャの顔は、妙な愛嬌がある。あと、体臭が少し――少しばかり、アレ(・・)だ。

 あ、そういやヒゲってどうしよう? カミソリなら、この世界にもあるかな? あるよな?


「聞いておられるか、来訪者殿!」

「あー、はいはい聞こえてます。だからもう少し離れてくれませんかねえ……」


 距離を詰めてくる王様に言いつつ、顔を背けて後ずさる。いや、うん、その、臭いが、なぁ……


 その様子を見て、周囲の兵たちがざわめく。


「来訪者がたじろいでいる……」「やはり陛下の臭いは異邦人にとっても強烈なのか」「顔怖ぇ……」「さすがは『化学兵器』と呼ばれた陛下の加齢臭」「これは来訪者たちの抑止力として使えるのでは?」「顔怖ぇ……」


 アンタら自分の主君に対して失礼だな!


 ほら、王様めっちゃ涙目じゃん。ただでさえ泣いてたのに、アンタらの話し声が聞こえて涙の量が増してるじゃん。すげえ傷ついてるじゃん。


「しかしあの男、本当に大丈夫なのか?」「この国の命運を背負わせるに足る人物か」「顔怖ぇ……」「あんなチンピラのような者に務まるとは」「いざとなれば実力で排除することも考えて」「いや、来訪者なら特殊な能力を有しているやも」「顔怖ぇ……」


 おいさっきから「顔怖ぇ……」しか言ってないヤツいるぞ。


 あと、兵隊連中から「お呼びじゃない」感がひしひしと伝わってくるけれど、その反応でむしろ好感が持てた。呼び出して間もない、誰とも知れない人間を祭り上げるような、そんな盲目的、狂信的な連中に囲まれるとか、正直怖いし。


「き、貴様ら! 来訪者殿に無礼な口を叩くでない! し、し、静かにせんか!」


 王様、声震えてるぞ大丈夫か。


「申し訳ない、来訪者殿。しかし彼らの言葉はこの国を思ってのものであり、決して悪意や害意があるわけでは――」

「あの、その前に一ついいスか」


 必死で釈明する王様の言葉を遮って、人差し指を立てる。


「な、何かね」

「この世界の、今の季節は?」

「季節? もちろん冬だ、初冬だとも」


 何を問われているのかわからない、という様子で首を傾げる王様。

 けれど、オレにはわかった。先程から肌を突き刺す、この感覚の正体、それは、


「あと、もう一ついいスか。こっちは質問じゃなくて、お願いなんですが」

「な、何だね」

「――上着、貸してもらえませんかね?」


 寒い。冬の季節に半袖半ズボンの夏用部屋着は、当然のように寒い。


「あ……ああ、そんなことかね。構わんよ」


 そう言うと王様は立ち上がって手を叩き、


「カール! カールよ!」

「こちらに」


 呼んだ名前に、玉座の横に立っていた老齢の執事が応えた。

 恭しく礼をする彼に、王様は大声で命令する。


「来訪者殿に暖かい服を! それと玉座の間(ここ)は冷える、応接間に茶を用意しておけ! 部屋を暖めるのも忘れるでないぞ!」

「かしこまりました」


 この世界、暖房器具あるのか。あ、でも暖炉は電気使わないし、魔法もあるんだっけか。暖房というとエアコンか電気ストーブの印象が強いから、一瞬驚いてしまった。


 執事がハンドサインを出すと、部屋の隅に控えていた侍女(メイド)たちが動き出す。それを見届けた後、執事が主君に、


「では、わたくしどもは用意に取り掛かりますので、陛下はその間、爆笑芸で場をつないでください」

「えぇ!? 何その無茶振り!? なんで余が!?」

「使用人にも兵士にも仕事があります。暇――もとい、手空きなのは陛下だけなのです」

「ぐぬ……で、であれば、仕方ないか……」


 仕方ないわけねえだろ、完全にナメられてんぞ王様(アンタ)

 いや、やめとけって……周りの兵隊の顔見てみろって、完全に白けてんじゃん……どうなるかは目に見えてんじゃん……


「で、では……えー、コホン……」


 幾度か喉を鳴らした後、王様は肥えた腹を突き出した。

 そして一言、




「み――ミートボールの果実!」




「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 ……………………あー、まあ。

 そりゃ、こういう雰囲気になるよな。


「〜〜〜〜!!」


 あーあーあー、王様また涙目だよ。オマエら、こんなオッサンイジメて楽しいのかよ。やめてやれよ。


「来訪者殿」


 と、音もなく近づいてきていた老執事が、白い手袋に包まれた手をこちらに差し出し、


「応接間へご案内致します。ご要望があれば、なんなりとお申しつけください」

「……アンタ、鬼だな」

「はて、なんのことやら。思い当たる節が多すぎて、どれを指しているやら皆目見当もつきませんな」


 ああ……つまりは、日常茶飯事ってことか。


 差し出された手を掴むと、老人とは思えない強い力で引かれ、立ち上がった。先導する執事に、薄着の俺と気落ちした王様が続く。


 ――正直、王様には申し訳ないことをしたと思う。

 さっきのギャグ、明らかに白けてたから俺もノーリアクションだったけど、




「――っぷ、ふふ」




 ――実を言えば、ちょっと面白かった。











 来客者用の更衣室で、用意してもらったそこそこ上質そうなチュニックとズボンを、部屋着の上から着て。

 それから案内された応接間には、先客がいた。


「陛下」

「おお、リエル! やはり其方も案じておったのだな!」


 装飾や膨らみの少ないドレスを着た、王様と同じくらいの年頃の女性。座った状態からでもわかる細身の長身は、感情の読めない鉄面皮も相まって、まるで一本の針金のように思えた。


 王妃、だろうか。彼女は応接間の中央に用意された長テーブルの、ホスト席の隣に座っている。

 当然ホスト席には王様が腰を下ろし、オレは執事に促されるままその対面に座った。


 応接間の隅には兵士と、老執事を含めた使用人が五人ずつ控えている。護衛と小間使い、ということだろうか。

 熱を発する暖炉は王様の真後ろで、オレの元まで熱はほとんど届かない。それでも応接間はすでにそこそこ暖まっていたので、特に寒いとは思わない。


「どうぞ」


 侍女が茶の入ったティーカップを俺の目の前に用意する。

 まさかの緑茶だった。しかも茶柱が立っていた。おまけにお茶請けは煎餅(せんべい)だった。


「……この国、緑茶や米なんて作ってるんスか」

「む? うむ、貴殿同様の、異界から参った来訪者たちの影響でな。貴殿に馴染み深いもてなしの方が、警戒を解いてもらえると思ったのだが……違ったかね?」

「いえ、ちょいと驚いただけです」


 言いつつ煎餅を手に取り、小さく割って口に放り込む。

 ……うん、思いっきり醤油の味だ。つーか、ウマい。元の世界でたまに買っていたスーパーの大量生産品とは全然違う。めっちゃウマい。さすが王様の用意するお茶請けだ。


 ――これ、尊にも食わせてやりたいなあ。アイツ煎餅好きじゃないけど、これ食ったらその嗜好も変わるんじゃねえか。


「口には合うかな?」

「ウマいです。ハッキリ言って、こんなウマい煎餅食ったことないです」

「おお、そうかそうか! おおい、これをあと一キロ持ってこい!」


 そんなに食えるか。


 それにしても、玉座の間でスベって以降拗ねた様子だった王様は、偉く上機嫌になっていた。俺に対してどこか(へりくだ)っていた態度も、あっという間に親戚のオジサンを彷彿とさせるまでに距離感が縮まっている。……いやまあ、親戚のオジサンなんか会ったことないんだけど。


 ……この感じなら、ついでにもう一つ訊いても構わないかな?


「――髪の赤い人、多いスね」


 玉座の間の兵士然り、城中の使用人然り、そして目の前の二人然り、この世界に来てから今まで目にした百人足らず、一人残らず赤髪だった。


「如何にも、ここはそういう国であるからな」

「そういう国?」

「髪の赤い国」


 じゃあしょうがないな。人種の違い、みたいなものだろう、きっと。


「それでは、本題に入る――その前に、まずは自己紹介をせねばならぬな。余はアルデルス王国第十四代国王、ルシアン・アルデルスである。彼女は妻のリエル・アルデルス」


 ペコリ、と王妃は無言で一礼した。こちらも礼を返し、


「横島誠、といいます。横島が性、誠が名です」

「うむ。マコト殿、と呼んでも?」

「構いませんよ、陛下」

「――――!?」


 何気なく言った一言に、しかしなぜか王様は勢いよく立ち上がった。


 ……え? オレ、なんかやらかした?


「へ、陛下……とな……?」

「マズかった、スか?」

「そ、そんなことはないとも! だが他の来訪者は、余のことを『肉まん』だの『毒ガス工場』だの『国王(笑)』だの、好き勝手に呼んで敬意を払ってくれないものだから……ちょっと感激して……」


 日本人の異世界でのマナー、クソだな!


 おいおい……外国人からの「日本人はマナーが良い」って評価はどこ行ったんだ……? それとも今までの転移者がいい加減だっただけか……?


 というかこの王様大丈夫かよ。部下にはナメられて転移者にはバカにされて、威厳なんて微塵もないじゃないか。


「――陛下、本題に」

「おお、そうか、そうだな」


 王妃に促される形で、王様が口を開いた。夫婦のパワーバランスは、妻の方に傾いているのかもしれない。


「マコト殿……余が貴殿を異界からお呼びしたのは、他でもない。先も言ったが、この国を救ってほしいからである」

「はあ」


 オレの口から出た相槌は、自分でも驚くほど気が抜けていた。

 王様の最初の言葉だけでも、色々とツッコミどころはあるけれど――まず大前提として、オレをこの世界に送ったのは王様(アンタ)じゃないんだよな。それをしたのはあの悪神であり、オレはたまたま――あるいは人脈チートの力によってここに顔を出した、それだけだ。


 だから最初に、釘を刺しておいた方がいい。


「事と次第によっては手を貸せませんし、そもそも役に立たないかもしれませんが」

「構わないとも。こちらの一方的な事情で故郷(ふるさと)から連れ出されたのだから、貴殿には余を糾弾し、こちらの懇願を拒む権利がある」


 あ、思いの外良識あるわ、この王様。


 そう評価が改まった中年男性は、躊躇うことなく頭を下げると、


「後継者問題を、解決してくだされ……」


 切実に、頼みを口にした。


 後継者問題、ねえ……つまりは、次期の国王を選びかねている、ということか。あるいは王位の継承権を持つ者同士で争いでもしているのか。


 ……どうにせよ、部外者(オレ)の出る幕じゃないと思うんだが。


「そう言われても……具体的に何をするのかは知らないスけど、オレには戦いだの裏工作だのは無理ですよ? できることと言えばせいぜい、後継者候補の人たちと話をするくらいしか」


 オレがそう言うと、

 なぜか部屋中の人間が、一斉に視線を逸らした。


 ……え? オレ、今度こそなんかやらかした?


「――マコト殿」


 やがて王様が、重苦しくオレの名を呼んだ。

 人に頭を下げることを僅かも厭わなかった彼が、なのに今度は恥じるように言葉を紡ぐ。


「事は、それ以前の問題なのだ」

「それ以前?」

「後継者間の問題ではなく――後継者不在の問題(・・・・・・・・)であるのだ」


 後継者……不在? いないってことか?


「恥を忍んでお願いしたい――」


 王様はテーブルに身を乗り出し、三度深々と頭を下げて、




「――我が一人娘と、結婚してはもらえぬだろうか……!」




 ――――――――――――――――…………………………………………はい?

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