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魔法と六色会談

19話……アクションゲームの苦手な私は19という数字にちょっとしたトラウマが……

 ――この世界には『精霊』が存在すると言われている。


 ある哲学者曰く『世界の意志』。

 ある科学者曰く『未知のエネルギー』。

 ある歴史家曰く『平和の抑止力』。

 ある神学者曰く『万象の基底』。


 要するに何も明らかになっていない不思議な存在――そもそも本当に実在しているのかすらも怪しい――である精霊は、けれど魔法を語る上では絶対に欠かせない要素の一つとなっている。

 いや、正確には、『魔法』という神秘が『精霊』という概念を生み出し、『精霊』という仮説が『魔法』という事象に信憑性を持たせる、持ちつ持たれつの密接な関係にあると言えるだろう。


 一般的に語られているのは「魔法とは、あらゆる物質や現象の根源である精霊が人間の純粋な意思に応じて引き起こす、過程を省いた(・・・・・・)結果だけの現象(・・・・・・・)である」ということらしい。

 最初聞いた時はよくわからなかったが、アンネに実演してもらって自分なりに理解することができた。酸素のない水中で燃え続ける炎に、密閉された空箱の中を満たすように湧き出した水。つまりは『科学の常識を飛び越えたトンデモ能力』ということでいいんだろう、きっと。それ以上のことは知らん。


 まあ小難しい理屈は置いといて、だ。要するに魔法を使うには、強くまっすぐな思いが必要になるということらしいが、


「んぐぐ……!」

「はーいダメー、全然ダメー、精霊少しも反応してませーん」


 これがなかなかどうして、難しい。


 兵士たちが訓練を行っている城の中庭の端で、魔法の稽古をつけてもらって今日で三日目になるが、何ができていて何ができていないのか、それすらわからないほどに一切の進歩がない。

 さすがに僅か数日で魔法が使えるようになるとは思っていなかったものの、せめて何らかの感覚を掴んだり学び取ることができるのではと考えていたのに。講師役のアンネが嘘を教えてるんじゃないかってレベルで何の変化もない。


「オレ、才能ない?」

「三日じゃ判断できませんねえ。一か月で片鱗でも掴むことができれば、それなりに優秀だと思いますよ」

「えらい長期戦だな……」

「やめます?」

「冗談」


 けれどこのまま無為に続けたところで、何かを得られるとは思えないしなあ。


「アンネ、アドバイスとかないのか?」

「土下座して頼むようならあげないこともありませんけどォォォ?」

「じゃあいいや。どうせ大したモンじゃないだろうし」

「ハアアアン!? 私がいい加減なこと言うとでも思ってんですかァ!? 超重要だから耳の穴開いてよォく聞いておくんですよ!」


 耳の穴は自力じゃ開閉できねえだろ。


「いいですか、魔法を使う上で最も重要なのは精霊の存在を感じ取ることです」

「それはもう聞いた。けど、感じるったってどう感じるんだよ。第六感的なヤツか?」

「五感で、ですよ。目で視て、耳で聴いて、鼻で嗅いで、舌で味わって、肌で触れるんです。人によって感じる感覚器は異なりますから、他人の意見はあまり当てになりませんよ」


 ある者は視覚だけ、ある者は聴覚だけ、ある者は五感全てで精霊を捉えることができるという。しかも同じ精霊でも、赤と青、高音と低音、甘味と辛味といったように、感じ方も違うのだとか。


「それを意識し、その上で心を清らかに保つこと。物理的な不浄だけじゃなく、邪念や雑念も含めた『穢れ』を精霊は嫌いますからね。清心か、でなければ無心でいる必要があります」

「難しいこと言いやがるなあ……」

「慣れるまでの辛抱ですよ。だいたい男性はまだ楽な方です。精霊を一気に誘引できる裏技があるんですから」

「ふうん? ちょっと試してみたいな、どんな方法?」

「俗に言う賢者タイムです」

「やっぱやめとくわ」


 突然の下ネタにブン殴ってやりたくなったけど、話の発端がオレにあるのだから自制した。

 しょうがない、地道に行くしかねえか……


「ちなみに、どれくらい続けて芽が出なければ才能ナシってことになるんだ?」

「遅咲きの人は五年も十年もかかりますから。精霊を感じ取る、最初の一歩が踏み出せなければ才能の有無すら計れませんよ」

「マジスか」

「マジです」


 下手すりゃルーニャが更生するよりも時間がかかるのかもしれないのか。


 気が遠くなりそうになる。けれど正直、心のどこかで安心しているのを自覚していた。

 だって魔法という力の大きさを、オレはすでに実感してしまっているから。


「オマエは、いつから魔法を使えるようになった?」

「私ですか? えーと……五歳の頃だったから、十五年くらい前ですねー」

「ふうん。ってことは、オマエの回復魔法には十五年分の重みがあるワケだな」


 アンネに癒してもらった右腕に手を当てる。あの時彼女が言ってたように、傷は本当に翌日の朝には治ってしまっていた。

 傷が完全に塞がり、痛みのなくなった右腕を見て、オレは怖くなった。「この力があればいろんな人を助けられるんじゃないか?」という正義感にも似た欲望を感じたから。


 それは、違う。

 人を助けられる力があるからといって、その力を人助けに使わなければいけない道理はない。陳腐な正義感を振りかざしてそれを強要するのは、強者に対する弱者の傲慢だ。


 ……そう、思ってはいても。

 実際にその力を目の当たりにすると、そう割り切れるものでもないよなあ。


「なあ、アンネ」

「なんですかー」

「オマエ、魔法の力で人助けをしようと思ったことないのか?」

「はあ?」


 問いに、メイドは呆れと蔑みを混ぜ合わせた表情を浮かべて、


「なーんで好き好んで見ず知らずのモブ共を助けなきゃいけないんですかあ? 対価を得られるのならともかく、そうでない慈善なんて真っ平御免ですよ。私自身の力を私自身のために使うことに、文句を言われる筋合いなんかどこにもないでしょーが」

「……だよな。ド正論だ」


 ここまで清々しく言い切ってくれると、こちらも迷いを振り切れる。アンネのふざけたキャラを初めて好意的に思えた瞬間だった。

 彼女は大きく息を吐いて、


「そんなこと考えている間はいつまで経っても、精霊が力を貸してくれることはありませんから。明日からしばらく私いないんですから、その間を無駄に過ごさないでくださいよー」

「ああ――ああ?」


 メイドが当然のようにさり気なく口にした言葉の中に、何か聞き過ごせないものがあった気がしたんだが。


「明日からいないってなんだよ?」

「あれ、言ってませんでした? マンガの即売会に参加するんで、明日この国を離れるんですよ。姫様から聞いてません?」

「言ってねえし聞いてねえ。つーか、アレか。参加するって、売る方だよな?」

「ええ、姫様の描いたマンガを」


 ……これはアンネが自発的にやっていることなのか、それともルーニャに利用されてやらされていることなのか、果たしてどっちなのだろうか。

 わかんねえなあ……だってこの女、信じらないくらいチョロいから。アンネの思惑を妨害するはずの改造計画ですら「これが失敗すれば、お姫様はオマエ以外の誰にも頼れなくなるだろうな」とちょっと煽ってやっただけで嬉々として協力するくらいだからなあ。


「にしても、今回の即売会は面倒なことになりそうで嫌ですねー。よりにもよって六色会談(プライマリー)と重なるなんて、警備の兵士共が増長しなきゃいいですけど」

「お、また出たプライマリー」

「はい?」

「さっきも陛下が口にしてたが、そのプライマリーってのは何なんだ?」

「国際会議、ですよ。世界で一番大きな」


 兵士たちの掛け声をBGM代わりに、メイドは説明する。


「この世界に七つ――いえ、六つの国があるのは知ってますよね」

「黒髪以外の六国か」

「はい。その六国の代表や要人が一年に一度、会議を開くんです。世界の平和と各国の協調のために、なーんて謳ってますけどね、その実態はしょーもない牽制と小競り合いの応酬みたいですよ? 今年の開催国とその時期が、即売会の開かれるシェイティナ王国なんですよねー」

「シェイティナ王国……」

「アルデルス王国の真南――いえ、やや東寄りの南に位置する国なんですけどね。聞いた話だと昔は農業も工業も産業もパッとしない国だったのが、来訪者の助力で宝石産出国としてそれなりの富と地位を手に入れまして。それ以来シェイティナ王国では来訪者が幅を利かせているみたいで、サブカルチャーって言うんでしたっけ? 来訪者が発信するそれ系の文化はシェイティナ王国が本場になってるんですよ」

「なるほど」


 だからその、シェイティナ王国とやらでマンガの即売会が開かれるのか。ってことはアレだな、東京で年に二回開かれていた、やたら規模のデカいオタクのイベントを元にしているんだろうな。


 ……ん? 待てよ、代表や要人?


「その六色会談、ルーニャはどうしてるんだ? 姫としての立場的に参加しないとマズいんじゃないか」

「マズいでしょうねー。国の跡取り、王族の後継者が引きこもりだなんて格好の笑い者ですよ。――だから陛下や王妃様も、会談の席では立つ瀬がないんです」

「ああ……」


 そりゃ、王様も気落ちするワケだ。王妃様はあんまり気にしなさそうだけど。

 しかしなるほどなあ……そんなものが開かれるのか。


「……いいかもな、それ」

「はい?」

「連れ出してみるか、お姫様」


 そう決めて、魔法の修練に意識を戻す。

 結局、今日も芽は出なかった。












「む――――無理無理! 絶対に無理!」


 そしてそれを終えてすぐ、ルーニャの部屋に戻ってオレの考えを彼女に話した。

 「今年はオマエも、シェイティナ王国に行って参加してみないか」と。


「六色会談になんて参加しない! できない! 笑われて馬鹿にされるだけだもん! 無理! イヤ!」


 そう言ったお姫様は、ナメクジのようにノロノロダラダラしたいつもの動きから一変した、野生の牝鹿のように俊敏かつ躍動感溢れる動きで衣類の山の中に飛び込み身を潜めた。


「ぁし、足攣ったっ……!」


 だがその代償は大きかったようだ。


 この反応にメイドは肩を竦めて、


「そりゃ、こういう反応になりますよねえ。いくら何でも無理がありますよ、あなたらしくもない。……まあ、どうしてもと言うなら協力しますけどォ?」


 ニヤニヤと笑ってアンネが指の骨を鳴らす。実力行使、という意味だろう。失敗すると思っているからコイツも乗り気だ。

 だが――こいつらは勘違いしている。


「ハア……オマエらなあ、誰が六色会談に参加するっつったよ? んなことルーニャには不可能だなんてわかってるっての」


 だから、オレたちが参加するのは、




「即売会の方だよ。自分の手で描いたマンガ、自分の手で売ってみようぜ」

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