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何気ない一幕

すみません! 風邪で更新がストップしてました! 錆びついた勘を研ぎ直しつつ頑張ります!

 液体の中に粉物を落とす際、

 あるいはその逆、粉物の中に液体を注ぐ際、

 それが多量であればあるほど、一気に混ぜるような真似はしない。少しずつ慎重に加えていき、時間をかけて一つにする。


 なぜか。理由は単純で明白――即ち、ダマになるから。

 なぜダマになるのか? そんなことは知らないし、興味もない。生活の知恵として一般人が必要なのは結果、事実であって、過程を追求するのは科学者の領分だ。そしてオレは前者だった。


 ダマという異物はどんな料理においても悪影響しか及ぼさない。風味を損ね、触感を壊し、味を落とす。

 そして料理以外のものにも、ダマに似たものは発生する。それは集団で構成される組織であったり、事細かに定められた規律であったり――あるいは、人の経験と成長であったり。


 教育にしろ、鍛錬にしろ、説教にしろ、感動にしろ、どれだけ良い変化をもたらすものであれ、一度に大量に投入すれば必ず悪影響を及ぼす。薬の注意書きによく見る「用法・用量を守って正しくお使いください」というヤツだ。

 そしてその許容量は人によって異なる。薬の成分くらいなら体の大きさ、その目安となる年齢で区分できるだろうけど、


負荷(ストレス)耐性ってのは、実際かけてみないとわかえらねえモンだよなあ……」

「はい? 何か言いました?」

「言ったよ。つーかオマエちょっとは仕事しろや」

「あなたと姫様のお世話が私の仕事でーす。だからこれが今の私の仕事でーす」


 ベッドの上で片肘ついて横向きに寝そべるメイドは、ふてぶてしくそんなことをのたまった。

 彼女の視線の先、そしてオレの足元には、長い髪を四方八方に広げて倒れる肉付きのいい女がいて、


「ひっ、ふ……もぉ……む、りぃ……」

「相も変わらず軟弱だな」

「も、ダメ……溶けるぅ……」


 荒い呼吸に合わせて胸の脂肪が大きく躍動する。

 なかなかに扇情的な光景――であるはずなのに、全くと言っていいほど劣情が湧かないのはどうしてだろうか。少なくとも、オレの自制心の賜物ではないことだけは確かだ。


 彼女には――ルーニャには、致命的なまでに負荷に耐性がない。長期的、かつ最大の問題である精神の脆さはもちろんだが、短期的、そして現状で一番頭を悩ませているのは、肉体の弱さの方だ。


 体力もなければ筋力もない。体にくっついた余分な贅肉を落とそうにも、そのための運動すらままならないのが実状だ。食事を制限する方法は好きじゃないし、そもそもコイツは制限できるほど量を食っていない。カロリーの摂取量と消費量が極めて少ない引きこもり生活の中で、ほんのちょっとずつエネルギーを蓄えることでできたのがこの体なんだろう、きっと。


 そんな体にシェイプアップのためのエクササイズをさせたところで、筋肉か骨か腱か関節か、下手するとその全てがブッ壊れる可能性がある。

 だからオレが彼女にさせているのは、決して本格的な運動ではないのだけど、


「まさか柔軟運動(ストレッチ)ですらこの有様とは」


 しかももう十日近く続けているのに、だ。常人なら五分もあれば消化できるメニューを完遂させるために、十分以上の休息を挟まなければならないというのだから、こちらとしてはトレーニングではなくリハビリの感覚だ。


「『服を買いに行くための服がない』ってのは、こういう感覚なんだろうなあ」


 筋トレをするための筋肉がない、みたいな。


「何言ってんですか?」

「自分で考えろ。あとベッドの上で煎餅食うな」


 というかコイツ存外に食い方汚えんだけど……煎餅の破片を落としまくるんだけど……


「にしても、のんびりしてますねえ」

「あん?」

「改造計画ですよ。大仰な名前をつけて何をするかと思えば、ちょっと動いて、ちょっと部屋を掃除して、毎日体を洗うだけでしょ? 拍子抜けというか、やる意味あるんですかこれ?」

「アホ、最初から詰め込みすぎたってダマになるだけだろ」

「ダマ?」

「こっちの話だ」


 オレがルーニャにさせていることは、現状たったの四つだけ。


 一つ、運動とすら呼べない準備体操を一日に二回行うこと。

 二つ、散らかりまくった部屋の掃除を一日一時間行うこと。

 三つ、毎日風呂に入ること。

 四つ、ちゃんとした服を着ること。


 どれもこれも、普通の人間なら独力で行えるようなこと。アンネの言う通り、わざわざさせることに意義があるとは思えない、些細な日課だ。

 ――けれどその程度のことすらも、他人に尻を叩かれなきゃできないのがこのお姫様なんだよなあ。


「はい休憩終わりー次行くぞー」

「ま、待ってっ……ちょ、ホント……腹筋痛くて……!」

「そうか、そりゃ大変だな――じゃ、背筋伸ばすぞー」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 内容に手心を加えても、その遂行には加減しないのがオレの流儀だ。呻き声を漏らすルーニャの背を、ゆっくりと、少しずつ、反動をつけずに伸ばしていく。

 本当はウォーキング――というか、ただ歩くだけでも少しは今よりマシになるが、他人の目に敏感なお姫様は行動可能な場所が限られるからなあ。何せ現状、風呂に入るために浴室へ行く都度、道中の人払いをさせているほどだ。使用人も、両親も、一切の別なく。


「なら城内で――いや、やめとくか。誰かに会って変な影響が出たらマズいし」


 不慮の事故で他人と遭遇する可能性もあるし、リスクが高い。

 ま、どうせ急ぐつもりはない。時間をかけて改善していけばいい。


「よし、こんなモンかな」

「あひぃ……」


 なに喘いでんだコイツ、と思いながらクタクタになった女を見下ろす。一国の姫にはとても見えないだらしのない姿だ。個人的にはこういうみっともない姿、嫌いじゃないけど。


「体力はともかく、メンタルはちょいと進歩したんじゃねえの? 泣き言も恨み辛みの数も減ってきたし」

「あ、諦めた、だけ……! 言ったところで、優しく、してくれないから……!」

「だろうな。ま、弱気になったら好きなだけ言えよ、聞くだけならしてやるから」


 ルーニャの顔にタオルを投げると、床に点在している片づけられた空白地帯を足場に跳んで、


「あれ、どこ行くんですか?」

「トイレ。――ああ、魔法のレッスンはいつもの場所でいいのか?」

「はい、中庭で。時間もいつも通りの十一時――いえ、その三十分前にしますか」

「りょーかーい」


 扉を開けて、部屋を出る。

 ある程度はマシになったとはいえ、やはり部屋の中の空気は澱んでいる。外に出ると、新鮮な空気を取り込んで実に清々しい気分になれる。


 そして後ろ手で扉を閉めたところで、


「「あ」」


 曲がり角の陰からこちらを覗き込む人影と、目が合った。

 サッと身を隠し、しかしでっぷりと太った腹がハミ出た相手に声をかける。


「何してんスか、陛下」

「う、むぅ……」


 歩み寄って問い詰めると、冷や汗をダラダラと垂らす王様は視線を宙にさまよわせて、


「そ、そのう……ルーニャちゃんの姿を一目見ることができないかなあ、と。そう思ったのであるが……」

「アンタなあ……お姫様が陛下と王妃様の前に顔を出せるようになるのは、一か月が目標だって言っただろ? 計画開始からまだ十日も経ってないじゃないスか」


 つーかこの調子だと、下手すりゃ二か月かかりそうだけど。


「し、しかし……」

「心配なのはわかりますけど、変にお姫様を刺激してトラウマにでもなったら困るんですよ。陛下、娘に対してだけは何か距離感おかしいし」

「え、そうなの?」

「ほらそういう自覚ないところがヤバいんスよ」


 成人した娘に猫撫で声で話しかける父親が、おかしくないはずがないだろう。


 オレの言葉に、むう、と王様は再度唸って、


「……やはり六色会談(プライマリー)には間に合いそうにないのだな」

「ぷらいまりい?」

「はあ、今年こそはあれこれ言われずに済むと思ったのに……とほほ」


 「とほほ」ってリアルに言うヤツ初めて見たわ。


「余は仕事に戻る……娘のこと、どうかよろしくお願いしますぞ」

「あ、はい」

「来年……来年こそは……」


 ブツブツと何かを呟きながら、気落ちした様子で去っていく王様。『プライマリー』なる言葉の意味を尋ねたかったけれど、そういう雰囲気でもないのでやめておいた。後でアンネからでも聞けばいいだろう。


「っと、トイレ行かんと」


 この城、やたらと広いからなあ。場所によっては移動だけで五分かかる。ここからトイレまでは二分近くかかるけど、王族の個室があるんだからこの近くにも作っておけよ、と思う。

 そして二分かけてトイレの前に来てみれば、


「マジかよ……」

「冗談で便器を洗うほど暇ではありませんよ」


 まさかの清掃中。ブラシを手に便器と格闘する十代半ばの侍女はこちらに背を向けたまま、


「もうしばらくかかるので、使用人用のを使ってください」

「一階だっけか」

「……場所、知ってるんですか」

「見取り図見て覚えた」

「客人として扱われている身なのですから、言いつけてくだされば我々使用人が案内しますが」

「手間だろ。オレが覚えた方が早い」

「……変な人ですね」

「そうか?」


 ふふ、と彼女は笑い、


「来訪者というのはもっと高慢な人たちだと聞いていましたし、実際城に来る方はそういう方たちばかりでしたから」

「オレがそうじゃない保証はねえぞ」

「そうじゃない方なら、使用人にこんな態度された時点で怒鳴ってますよ」

「……あー、そりゃそうかもな」


 確かに客人に話しかけられていながら背を向けて掃除に専念する様は、使用人の対応として正しくないかもしれない。アンネのいい加減すぎる接し方に完全に慣れてしまっているせいか、判断基準が甘くなっている節がある。

 けれど、


「いいさ。堅苦しいのは好きじゃないし、そもそもそこまで敬われるような高尚な人間じゃない。少しくらい砕けた態度の方が、オレとしてもやりやすいかな」

「アンネみたいに?」

「アレはやりすぎだ」

「ですよね。――わかりました、マコト様がそういう気持ちだと他の者にも伝えておきます」

「おう、悪いな」


 踵を返し、一階のトイレに行こうとして、


「――あ、そうだ」

「なにか?」

「ありがとう。いつも、城の中を綺麗にしてくれて」


 そう言うと、彼女が振り向いた。くすんだ赤髪の彼女は、そばかすだらけの顔をこちらに向けて、


「……それも、みんなに伝えておきます」


 少しだけはにかんだ。


「……アンタ、名前は?」

「レディーです」

「アンじゃないのか……」

「はい?」

「いや、こっちの話」


 赤毛でそばかすならもしや、と思ったけど。さすがにそんな偶然はないよな。


 今度こそ本当にその場を離れ、一階へ降りてトイレに向かう。

 そして、愕然とした。


「嘘ぉん」


 清掃中。

 タイミング、ズラしとけや。

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