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闘技場の特等席

鼻づまり、喉の痛み、頭痛に襲われながら第二章スタート!

体調管理には気をつけましょう!

 ――忌わしい。

 轟々と木霊する下卑た歓声を耳にすると、そう思わずにはいられなくなる。


 俺がVIP席から見下ろすアリーナを、周囲をグルリと囲んだ観客たちもまた見守っている。姿だけは同様に、しかし気持ちは全く別にして。

 早く、早く――早く祭りを、と。


「――フン」


 全く以て、くだらない。

 なにが『舞闘会(コロシアム)』だ。なにが世界最強だ。武力とは、競われるものではなく発揮されるものだろう。必要な時に必要な分だけあればそれでいいというのに、余興や娯楽で見せびらかすなど言語道断だ。

 剣とは鞘に収めておくもの。刃を見せびらかして歩けば、他者に危機感を与え周囲との不和を生じさせる。武力も同じだ。誇示したところで誤解と軋轢を生むだけでしかない。


 だと言うのに。

 この国は毒されてしまっている。俺が産まれるよりも僅か前に、父も母も、貴族も平民も、兵士も官僚も。

 そして何よりも、そんな彼らの影響を受けて育った、この国の次代を担う新たな子どもたちが、汚染されていく。


 それも全ては、奴らのせいだ。

 窮地に陥っていたこの国を救った英雄、それと故郷を同じくするというだけで威張り散らし、好き放題に文化と価値観を持ち込み植え付ける雑草共――即ち、来訪者。奴らこそがこの国を堕落させている元凶だと、果たしてどれだけの者が気づいているだろうか。


 ――忌わしい。

 こんな円形闘技場など、すぐにでも壊して――否、壊すのはもったいないか。歌劇場にして、オペラやミュージカルを観劇するのがいいだろう。うむ、実にいい。夜天の下、降り注ぐ月光を浴びるプリマの姿はどれほど美しく神々しいことだろうか。




「――おや、兄様。珍しく機嫌が良さそうですね」




 と、思案に耽っていたところに、横合いから声をかけられた。

 不快に顔が歪むのを自覚する。いつの間にか隣の席に腰を下ろしていたのは、


「道楽者が何の用だ」

「無論、道楽ですよ。ボクの騎士(・・・・・)が出場するのでね、その応援に。兄様の方こそ、どうしてこのような場所に?」

「父上の名代だ。……もっとも、貴様が来ると知っていれば押し付けていたがな」

「嫌だなあ、だから(・・・)伏せていたんじゃないですか。名代として出るとなると、形だけでも全員を応援しないといけないでしょう? ボクは彼女の勝利以外、何も望んでいないので」


 わかっているなら訊くな、という言葉は口にしなかった。したところで意味がない、どころか上機嫌にさせるだけだ。こいつは人をおちょくって愉悦を覚える、性根のねじ曲がった奴だから。

 軽薄に笑った同胞(はらから)は、一瞬だけアリーナに視線を落とし、しかしすぐにこちらに向き直り、


「そういえば、兄様も配下の兵を出場させたのですよね? どちらが勝つか、賭けてみますか?」

賭けにならん(・・・・・・)

「知ってますとも、言ってみただけです。兄様のことだ、自分が王になった暁にはこの闘技場を更地にしたいと思っているのでは?」

「更地にはしない、歌劇の観賞に使う」

「ああ、なるほど。素晴らしい有効活用です、さすがは兄様」


 皮肉か本気かわからない、曖昧な笑みでそう口にする。

 舌打ちする。同時、闘技場に銅鑼の音が鳴り響き、




『ウオオオォォォオオオオオオ――――――――!!!』




 五千人近い観客の声が響く。

 猛り、奮い、高揚した雄叫び。熱狂の渦の中央に、一人の少年が姿を現す。


『西門――テイラス!』


 闘技場全体に響き渡るアナウンスによって名前を呼び上げられたその男は、ダガーを握った手を天高く突き上げた。そのモーションに、観客席の女性、特に中高年層から黄色い――と言うには少しシワがれているが――声が挙がる。年若く矮躯の彼を、孫子(まごこ)のように思っているのだろうか。


 アリーナの西から石畳の道を歩く彼は、中央に設けられたバトルフィールドに足を踏み入れる。瞬間、歓声はさらに音量を増した。


『南門――パイライト・ウィドリー!』


 それと重なるように次いで名を呼ばれた男が、南側から現れた。騎士装束を身に纏った、長身で猫背、そして青い癖毛の若者に、周囲はどよめきの声を発した。未知の人物に対する疑問や困惑の具現だろう。


「へえ……兄様が腹心の部下を送り込むなんて、もしかして……?」

その気(・・・)はない。今回は奴が適任だった、それだけだ」


 隣から呟かれた声の通り、あの男が今回の舞闘会に俺が出場させた親衛隊所属の騎士だ。過去の舞闘会に参加したことはなく、武勇を披露する機会などもなかったので、観客の誰一人としてあの男のことを知らなくて当然だ。


 長大な馬上槍(ランス)を手にして、力を抜いて構える奴――パイの顔は窺えない。が、どんな顔をしているのか、おおよその見当はつく。


『北門――ヤマト・クロダ!』


 次の名が呼ばれた瞬間、一際大きな歓声に闘技場が包まれる。

 おそらくスター選手なのだろう、現れた来訪者の青年は大剣を肩に担いで悠然と歩み出る。穏やかな微笑みを浮かべた甘いマスクが振り向く先の観客席から、快哉と矯正が響き渡る。


 ――虫唾が走る。このような茶番で人心を掴むなど、よく恥ずかしげもなくそんなことができるものだ。


『東門――ラピスラズリ・フルーカ!』


 そして、最後の一人の名が呼ばれると同時、闘技場の雰囲気が一変した。


 瞬間、選手を称える歓声の全てがブーイングへと変貌した。嘲笑と罵声と野次と卑語が飛び交う闘技場に、彼女が姿を見せる。


「――来たッ!」


 不肖の同胞が色めき立つのも無理はない。その美貌を前に、高鳴る鼓動を抑えることなどできないのだから。

 長く伸びた手足、剣を握る色白で細い指、厚く着込んだ騎士服でも隠すことのできない起伏に富んだボディライン、発色の良い唇、小さすぎず大きすぎない鼻、強い眼光を宿す瞳に細められた両目、そして首の後ろで緩くまとめられた鮮やかな青髪。

 女としての美の全てを体現するかのような美少女――否、美女が、長剣を携え戦装束を身に纏い、戦いという男の世界に足を踏み入れんとする様は、どれほど冒涜的で、かつ背徳的な光景か。俺には欠片も理解できないが、下賤な観客共が興奮しているのは、つまりはそういうことだろう。


 向けられる悪意をどこ吹く風と受け流し、余裕の笑みすら浮かべて少女は悠然と歩を進める。

 そんな彼女の姿を見ると、どうしても口からこぼれてしまう。


「惜しいな……」

「また言っているのですか? ラピスがどれだけ音痴か、兄様だってご存知でしょう」

「わかっている」


 あれでもう少し歌が上手ければ、歌劇の女優として花開かせることもできただろうに。何せ演技の方は折り紙つきの一級品だ。

 ……まあ、例え歌が上手かったとして、本人にその気がなければどうしようもないか。


 四人の選手がフィールドの上に集い、互いに一定の距離を保つ。

 銅鑼が打ち鳴らされ、それを合図に闘技場が静まり返った。先程までの喧騒が嘘のように、観客の誰一人として一切の物音すらも発しない。


 アリーナの中央を固唾を飲んで見つめる、その最中、


「――そうそう、そういえば兄様に伝えなければならないことがありました」

「……なに?」

「そう警戒しないでくださいよ。兄様に実害が出るような話じゃありませんから」




『――開始(はじめ)ィッ!!』




「この度、ラピスと結婚することになりました」




「は――あ――ハアッ!?」


 何が。

 試合の開始と、衝撃の告白。その二つに挟まれ、視線が惑う、その一瞬の間に、


『――勝者、ラピスラズリ・フルーカ!』


 観客の驚嘆とどよめきの後に為された試合終了の宣言に、再度ブーイングが巻き起こる。

 見れば三人の男は武器を手放して倒れ、ただ一人、ラピスだけが無傷のまま立っていた。


「瞬殺――予想通りだなあ。では、ボクは彼女を労いに――」

「ま、待て、ちょっと待て!」


 思わず声を荒げて、立ち上がり去ろうとしたその背中を呼び止める。

 け、結婚だと? ラピスと、こいつが? 何が、どうして――まさかっ!?


「父上の許可は!?」

「無論、いただいていますよ。ボクが少しお願い(・・・)したら、快く了承してくださいました」


 そういう、ことか。

 父上……昔からこいつには甘いと思っていたが、まさかいいように利用されるまでに堕ちるとは。嘆かわしい、国主が私情でその権限を行使していいはずがないだろうに。


「……下衆(ゲス)が」

「改めて言われるまでもありませんね」


 こちらの侮蔑に、満面の笑みを返して、


「正式なご挨拶は後ほど。身重の義姉様にも、できればボクの口から直接お話ししたいと思うのですが、いかがでしょう?」

「……チッ、勝手にしろ!」

「ありがとうございます。それではボクはこれで」


 慇懃無礼に一礼して、奴はこの場を離れた。


 忌々しい。この国を、この俺を取り囲む環境の何もかもが忌々しい。


「――いずれ、俺が全て正してやる」


 そう決意を新たに、眼下に集う新たな選手たちを睨みつける。

 舞闘会は、まだ終わらない。

ラピス(ひええ、お客さん怒鳴ってるよう……舞闘会怖いよう……)

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