閑話 異邦街のオッサン
筆が遅くて時間が足りない日々。辛いです……
――雪山を背景にした下町、という構図には、何とも形容しがたいシュールさがある。そう思うのはきっとオレだけじゃないはずだ。
さらに通行人の転移者たちの服装が、ファンタジー系のゲームやアニメに登場する冒険者のようなもの――しかも日本人のビジュアルとは見事に噛み合っていない――だから、余計にミスマッチが甚だしい。まあ、オレの今現在の恰好もファンタジー寄りだけど、普段着な分痛々しさは薄い……はず。
街並みもそうだが、大通りに並ぶ品揃えもまた違和感が凄まじい。武器だの防具だの、回復薬だのマジックアイテムだの、まあそういうのは世界観的にまだわかる。しかし、店先に堂々とフィギュアやらコスプレ衣装やら、果てはアダルトグッズまで堂々と置いているのはどうにかならないものだろうか。
「あの、前々から疑問だったんですけど、これって何の道具なんですか?」
「悪いこと言わないから今すぐソレから手を放せ」
案の定、日本の異常に発達した性文化を知らない無垢な現地人が、男性器を模した性具に興味を示していた。手に取って振ったり回したりといった様を、周囲の通行人たちがニヤニヤと見守っている辺り、そういう目的でこんなわかりやすいところにおいてあるんだろう。
「……悪趣味ッスね」
「そういうまともな感性を持った奴から、どんどん自立してギルドを離れちまうんだよ」
わかる。この街を離れたくなるヤツらの気持ちもわかるし、それを嘆くマサさんの気持ちもわかる。
せめてもの抗議として、軽蔑の視線を周囲の連中に送っておいた。
「うわっ!? ええ、なんか振動してるんですけど」
あとオマエはいつまでソレ掴んでんだ元の場所に戻せや。
通りの手前の辺りでこの有り様だったから、奥は一体どうなっているのやらと戦々恐々としていたけれど、意外なことに進めば進むほど街の様子はまともになっていく。いや逆だろフツー。
街だけでなく人も違う。通行人の中にはマサさんに会釈したり声をかけたり、中にはオレにも話しかけてくるようなフレンドリーな人もいた。メイドと連れ立って歩いていたオレに嫉妬心剥き出しだった、入口付近のヤツらとは明らかに異なる、穏やかな性格の来訪者が多かった。
「この辺はまともな感じですね。これを入口に持っていけばいいのに……」
「いやいや、町の人たちにとっちゃこの辺りが異邦街の入口なんだよ。メイドの嬢ちゃんは、城から近いあの道を使ってるみてえだが」
「ああ……なるほど」
合点がいった。辿った道筋を頭の中で再現してみれば、なるほど確かに、城下町から利用するにはここらが一番近いか。
ところで、こちらはこちらでまた妙な違和感がある。なんだろう、あまりにも日本すぎるのだろうか。日用品、衣類、家具、食料、文具、その他諸々――異世界要素などまるでない、日本から既製品をそのまま輸入してきたかのような品物の数々。これで背景が雪山でなかったら、マジで日本と区別つかないだろ。
マサさんとアンネに紹介されていろいろと巡る内に、気に入った店も見つけた。
洋服屋だった。着替えに関しては城側で用意してくれているから自分で見繕う必要はないんだけど、服装には好みというものがある。やはり自分のセンスと合致する服を着たいと思うものだろう。
その点、この店――フリーサイズのTシャツ専門店は、オレの感性に響くものだらけだった。
「ふむぅ……」
右のTシャツには、白の無地に黒字で『沢庵』。
左のTシャツには、黄色の無地に白字で『たくあん』。
「……両方買うか」
「「正気(です)か!?」」
後ろの二人が何に驚いているのかわからない。こんなセンスのあるTシャツ、欲しくならないワケがないじゃん?
他にも、赤地の中央に黒点が打たれた『黒一点』Tシャツ、青字で「HAWAII」と書かれた『ブルーハワイ』Tシャツ、そして心臓のある左胸に「妹」の文字がある『妹命』Tシャツ等々を購入。オーダーメイドもできるというので何種類か頼んだ。
計三十着の支払いに金貨を一枚渡そうとして、しかしマサさんに止められた。なんでも、これだとおつりに銀貨が千枚近く返ってきて、手ぶらじゃとても持ち運びなどできないらしい。だからこの場はマサさんに払ってもらって、後で王様に請求してもらうことにした。このオッサン、すげえいい人だ。
片腕の使えないオレが荷物を持つとそれだけで手が塞がってしまうので、荷物持ちはメイドに任せる。めっちゃ睨まれたけど完全にスルーしてやった。
片腕が、それも利き手側が使えない不便さというものを痛感させられる。しかし結構ザックリいったはずだから、数日で治るということはないだろうしなあ。
「これ、治すのにいつまでかかるんだ……」
「寝て起きたら明日の朝には治ってますよー」
「適当かよ」
「いやいやホントですって! 手当ての際に傷口に回復魔法仕込みましたから、一日かからずに治りますよ」
「マジで?」
「マジです」
魔法すげえ……つーか怖え。小市民には荷が重い代物だ。魔法の才能は平均でいいかなあ、とか思い始めている自分がいる。
「……嬢ちゃん、只者じゃねえとは常々思っていたが、まさか回復魔法まで使えるとはな」
「難しいんスか、回復魔法」
「習得に時間がかかるんだよ、それこそ年単位でな。よっぽどの根性か、ズバ抜けた才能がなきゃまず身につけられねえ」
そこでマサさんはまた遠い目をして、
「そもそも最近の若いのは、魔法の修行さえロクにできやしねえ。自分の才能が平凡だとわかった途端、修練を面倒くさがって『能力』だけで生きていこうとしやがる。そんなの『チート』くらい飛び抜けた強さがないと無理だってのに」
「能力……?」
「あん? お前だってこの世界に来る時、神様にもらっただろう?」
「え、あー、まあ」
口振りからして、どうやら彼の言う『能力』はオレのもらった『チート』とは少し違うもののようだけど、反応を濁して適当に誤魔化した。人脈チートという力を持っていることに、後ろ暗さのようなものを覚えてしまったから。
「授かる能力は、人によって多種多様だ。基本的には戦闘に向いた能力が多いが、生産や精神感応に関するものもある。例えばさっき暴れていた少年は風を刃状にして撃ち出す能力で、オレは重力を操る能力を持っている」
「重力操作! なんかすごそうッスね」
「正確には操っているのは引力なんだけどな。だが実を言えば、来訪者の持つ能力の大半は魔法を使えば再現できる。風を操る、なんてのは比較的初歩だし、俺の重力操作だって、難しい部類ではあるが決して不可能じゃない。……しかし、チートは別だ」
「チート――」
「威力か、範囲か、連射性能か、持続時間か、精密性か、燃費か、あるいは効果そのものか――どの分野であれ、魔法による再現が不可能な能力。そういう力が、この世界で『チート』と呼ばれているモンだ。ま、そんな力を持ってる奴、世界に十人もいないんだけどな」
……よく考えてみれば、オレが今こうしてギルドの支部長と知り合いになれたのも、人脈チートのおかげなのかもしれないよなあ。
そう考えると少し複雑な思いになる。チートで仕組まれた出会いを素直に喜べないのは、小心者なのか、それともある種の潔癖症なのか。
……まあ、起きたことに悩んでもしょうがないか。出会いが仕組まれているかどうかよりも、出会った相手とどう接するかを気にする方が大事だろう。
「そういえばあなた、どんな力を持ってるんですか? あの三下相手に手も足も出ない以上、戦闘に関するものではないのでしょうけど」
「あ? あー……少しだけ運が良くなる能力、かな?」
チートだと言って騒がれたりするのは御免なので、少しグレードダウンさせて告げた。これでもチートの範疇だったらどうしよう。
そう思っていると、マサさんはこちらの顔を覗き込み、
「そりゃ珍しい能力だな……ああ、だから嬢ちゃんに助けてもらうことができたのか?」
「え゛っ!? 私が、こいつの能力に利用されてたってことですか!? うわあムカつく……!」
「どう、スかね。任意で発動できる力じゃないんで、自分では何とも」
早く終わんねえかなこの話題。
「――あんま、自分の能力を過信するなよ」
マサさんが突然、真面目な表情でそう言った。その声色は窘めるような響きではなく、年長者からの忠告としてのもので、
「さっきの騒ぎもそうだ。お前が能力のことを自覚してあの少年を止めようとしたのか知らねえが、自分で制御できない力なんてアテにするモンじゃねえ。たった一度の期待外れが致命的なミスにつながりかねないからなァ」
「……はい」
別にチートがあったから助けに入ったワケじゃないけれど、ここは素直に頷いておいた。
不毛の頭が反射させる太陽光の輝きに目を細めながら、続く言葉に耳を傾ける。
「ま、お前さんなら言われなくとも自分でわかってるとは思うけどな。先達の忠告として、頭の隅にでも置いといてくれや」
「わかってますよ、ありがとうございます」
「おう。それじゃ次は――って、ヤベェな、もうこんな時間か」
大通りに立つ柱時計を目にした彼が苦々しくそう言った。名誉職とはいえそれなりの地位である以上、決して暇ではないのだろう。
「悪ィな、結局ほとんど案内できなかった。大して詫びにもなってねえし、埋め合わせはいつかしてやるよ」
「いや、そこまでは――あ」
そこで、思いついた。
これ――利用できるんじゃないか?
「なら、一つだけ頼みを聞いてくれますか?」
「おう、何でもドンと来い!」
「――横島真一、それに横島良子。この二人の来訪者のことを、無理のない範囲で調べてもらっていいですか? というか、見つけたら教えてもらっていいですか?」
「あん? 誰だそれ」
「両親です。日本で十年前にいなくなった」
そう言うと、マサさんは驚愕に目を見開いた。一方で隣に立つアンネは頷いて、
「あー、さっき言ってた『怨敵』ってのがそのご両親ですか」
「ああ。見つけたら絶対殴ってやる」
「穏やかじゃねえな……まあでも、そういうモンか。十年前ってことはお前もガキだっただろうし、そんな頃に蒸発した両親なら、理屈じゃ割り切れねえよな」
マサさんが話のわかる人で助かった。彼は懐から手帳を取り出すと筆を走らせ、
「十年前ってことは、その両親は今四十代くらいか?」
「地球とこの世界の時間の流れが同じなら、そのくらいかと」
「同じなはずだぜ、ギルドで調べた限りはな。ええと、この世界にいるのは間違いないのか? 異世界って他にもあるらしいじゃねぇか」
「あの邪神が言ってたんで間違いないかと。というかこれで間違いだったらマジでふざけんじゃねえぞクソ女神……」
「お、おう。でもあんま期待すんなよ? 他の国にいる可能性も、そもそもギルドが把握してない可能性もあるからな」
「『情報がない』って情報が手に入るだけマシですよ」
それから両親の特徴を少し話して、
「ま、やれるだけやってみるかァ」
「ありがとうございます」
「いいってことよ。じゃあな坊主、それに嬢ちゃん」
坊主はアンタだろ、という言葉を呑み込み、走り去るマサさんを見送った。その背中が見えなくなると、メイドがこちらに振り向き、
「で、どうします? もう帰ります?」
「そうだなあ……一番の目的は果たしちまったし」
「よーしじゃあさっさと帰――あ、最後にもう一軒だけ」
と、唐突に意見を翻した彼女が視線を向けたのは、書店だった。それもマンガ専門の店のようで、
「荷台もありますし、ここで姫様に新作でも買っていきますかあ」
「普段からオマエが買ってんだっけか。どういう基準で選んでんだ?」
「そりゃ姫様が好きそうかどうかですよ。私には何が面白いのかサッパリわかりませんけどねー」
そう言って店の奥へと消えるメイド。
手持ち無沙汰なので、オレも店頭に並べてあるマンガを眺める。なんか、日本で見たことのあるマンガの劣化コピーがいくつも置いてあったけど、世界を隔てても著作権は適用されるのだろうか。
「――お」
なんて思っていると、ルーニャの作品を見つけた。これは一番新しい、没落した貴族の令嬢と彼女を愛し続けるかつての幼馴染との恋愛劇、だったはず。幼馴染の男の粘着度合いがヤバくてオレはドン引きしたけど、他の人はどう思うのだろうか?
そんなことを思って、何となく手に取ろうとした、
その、瞬間。
「――え?」
「――えっ」
ピトッ、と。
同様に手を伸ばした女性と、マンガの上で互いの手が触れ合った。