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閑話 城下町のオッサン

ソシャゲをプレイしていると、エイプリルフールって忙しくなりますよね(笑)。

「もしもーし、生きてますかー?」

「当たり前、だろ」

「チッ、しぶといですね」


 あからさまに残念がる侍女は、しかし言葉とは裏腹にテキパキと手際よく手当てしてくれる。ツンデレかよ。


 ……なんて、悪態をついたところでアンネに助けられた事実は変わらないよな。

 主観的な好悪の感情なんかに囚われて、人としての筋を通さない――そんな卑小な人間になるつもりはない。だから、


「ありがとう」


 頭を下げ、感謝を口にする。上辺だけじゃない、心からの気持ちを。


「オマエが来てくれなかったら、どうなってたかわからなかった。本当に助かった」

「――――」


 オレの言葉に、彼女の手が止まった。

 驚きに目を大きく見開かせたアンネは、普段の傲慢で挑発的な様相とはまるで異なっていた。年齢相応、見た目相応のかわいらしい、無垢な顔をこちらに向けている。


 彼女は数度の瞬きの後、目を細めて、口を開き、




「――――はあああ~!? 人に命を救われておいて、そんな言葉一つでチャラにできるとでも思ってるんですかあ~!?」




 …………ま、そうだよな。

 こいつは、そういうヤツだよな。らしくない殊勝な姿なんか見せてたけど、今の対応でむしろ安心した。


「礼はちゃんとするっての。言っておくけど、貸しにする気はねえからな」

「用心深いですねえ。ま、私相手ともなれば弱みを作りたがらなくて当然ですよね! 私のようなデキる女が相手ともなれば!」


 なんで上機嫌になってんだコイツ。


「あ、あの……」

「ん?」


 声をかけられた。ソプラノの、アンネとは違う女性のものだ。

 振り向くと、さっき救急用品を持ってきてくれた男性店主と、あの少年に迫られていたウェイトレスの少女がいて、


「本当に……本当に、ありがとうございました!」

「あなたが来てくれなければ、この娘がどうなっていたか……いくら感謝しても足りません」


 先に少女が、続いて店主が頭を下げた。

 ……オレ、特に何もしてないし、できなかったんだけど。だからって馬鹿正直にそう言っても、押し問答になりそうだしなあ――あ、そうだ。


「礼なら、彼女に言ってください」

「へ、私?」

「そりゃそうだろ、オマエがアイツ倒したんだから」


 アンネに押しつけるとしよう。実際、間違った応対でもないし。

 頭を下げられて満更でもない顔をするメイド。それはいいんだけど、手元狂って傷口に包帯食い込んで超痛え。


「怪我人は労れよ……!」

「それを怪我人が口にするのは、違うと思いますけどねえ」


 ……さっきもそうだけど、コイツ何気に正論が鋭いんだよな。


 倒れ伏す少年に視線を向ける。精神的にも肉体的にも見事にノックアウトされた彼を、さすがに同情まではしないものの、多少気の毒だと思わないこともない。


 ――しかしまあ、見事な手際で無力化させたモンだよな。この女、こういう荒事に慣れているんだろうか?


「オマエ、強いんだな」

「強いのは確かですけど、そこの三下(モブキャラ)と比較されるのは癪ですねー。あんなド三流にやられるあなたが弱すぎるだけですよ」

「そうか」

「そうです」


 ハア、と大きく息を吐いたメイドは、


「だってのに、なんで首突っ込むんですかねえ。弱いなら出しゃばらないでくださいよ、あなたの身に何かあったら私が陛下や王妃様から怒られるんですからねー?」

「悪いと思ってるよ、これからも迷惑かける」

「反省する気ゼロですね! というか、強い弱いとか役に立つ立たないとかよりも以前に、そもそもあなたが手を貸す理由がないと思うんですけど。そんな見ず知らずの他人のために」

「理由ならある」


 コイツに――いや、他人に理解してもらえるとは思っていないけれど、オレには人の助けになろうとする明確な理由がある。それは、


「兄としてのプライドだ」

「は? 兄?」

「オレは長兄として、保護者として、妹に恥じず、妹が誇れる立派な兄であろうと、そう努めているだけだ。たとえ世界を隔てて離れ離れになってしまっても、な」


 わかんないだろうなあ。人としての心を失い、迂闊な畜生と成り果てたこのメイドにオレの気持ちはわかんないだろうなあ。


「あー……ちょっとわかります」

「わかんの!?」

「なんでそんなに驚いてるんですか……私にも生き別れの兄と弟がいるんですよ。まあ、もうとっくに死んでるかもしれませんけど」

「えー、なんか複雑……オマエと似た境遇とか、ちょっとヤダ……」

「ねえあなた『失礼』って言葉知ってます?」


 少なくともオマエよりは知っとるわ。


 互いにガンを飛ばして威嚇している間に、右腕には綺麗に包帯が巻かれていた。後半はほとんど手元を見ていなかったはずなのに。

 僅かに血の滲む包帯を見下ろしながら、用意された服を――って、ちょっと待て!


「おいアンネ、まだ服着てねえんだから魔法止めんなよ! ちょ、マジ寒ッ……!?」

「いい気味ですねえ」


 魔法によって遮断されていた冷気が、魔法がなくなったことで裸の上半身を覆う。零度を下回る空気は容易く体の熱を奪い取っていく。


 震えながら服を着る。元々着ていた服は手当ての際に破いて脱いだので、これは店主に用意してもらった彼の私服だ。ただし右腕が動かせず袖に通せないので、右袖を余らせる不恰好な姿になってしまう。


「みっともねえ……」

「右袖切り落としちゃえばいいんじゃないですか?」

「借り物の服だぞ頭沸いてんのか」


 そんな感じで再度睨み合っていると、




「暴れているのはどこのどいつだあっ!?」




 怒号と共に、店に男が入ってきた。


 初老の、禿げた頭の大男――日本人だった。彼は店内を見回した後、オレを見つけると両の人差し指を向けて、


「お前かぁ――――!!」


 いえ、違います。


 なんて主張したところで、到底聞き入れそられそうもない憤怒の形相。

 大股で近寄ってくる大男に、しかし傍らのメイドが声を上げて、


「あ、ギルマスじゃないですか。新人の失態で一々駆り出されるなんて、ギルドってのはそんなに暇な組織なんです?」


 その言葉に、大男の足が止まった。目を丸くした彼は怒気を鎮めると、


「ん? あんた――ああ、メイドの嬢ちゃんか。また迷惑かけちまったみたいだな、そいつの処遇はこっちで――」

「いえ、下手人はそっちですよ。この人は弱くて哀れな被害者ですから」

「え?」


 冷静になった彼に突きつけられる真実。大男は倒れ伏す少年を見て、店主や客の姿を見て、店の惨状を見て、最後にオレを見て。

 ポン、と手を叩いて理解と納得の表情を見せると、




「――――申し訳ありませんでしたああああああ!!!」




 堂に入った、実に美しい土下座を披露するのだった。











 それから二十分後、


「――うわははは! ずいぶんと気骨のある若造じゃねぇか! 気に入った!」

「ちょ、あの――傷に響くんで、叩くのやめてもらっていいスか」


 なぜか揺れる馬車の荷台で、大男に背中をバシバシ叩かれまくっていた。痛え。


 経緯を説明すると、土下座したこのオッサンは店や客と補償について軽く話し合い、それから事態を収拾したオレたちに礼をしたいと言い出したのだ。その姿に、日本でよく見たサラリーマンの背中に漂う哀愁と同様のものを感じて、無下に断るのも忍びなく思ってしまい、どうせだからと異邦街(ジャパンタウン)の案内を頼むことにした。


 ちなみに、暴れていたあの少年はこのオッサンの仲間と思しき連中に運ばれていった。この人の口振りからして彼は普段からああいう言動を繰り返していたらしく、


「最近の来訪者は、異世界(ここ)をてめえにだけ都合のいい場所と勘違いしてやがる。どいつもこいつも、いい歳してやれマンガだアニメだゲームだと――ガキじゃあるめえし、現実と虚構の区別くらいつけろってんだ」

「苦労されてるんスね」

「応ともよぅ! こっちに来て浅い連中が方々で問題ばっか起こしやがるから、最近のギルドは本来の業務である魔物退治や人助けから離れて、身内の後始末に追われる日々よ……」

「あの……そもそも『ギルド』って何ですか? というか、どちら様ですか?」


 その場の雰囲気と勢いに流されて同行しているけれど、実はまだこのオッサンの名前すら聞いていなかったりする。


「はあ? 何ですかってお前――あん? そういや見ねえ顔だな、いつ来た、どこ住んでんだ?」

「え? ええと、この世界に来たのは十日くらい前で、住んでる場所は――」


 ――これ、言っていいのか?


「ウチの城ですよー」


 あ、言っていいんだ……いや待て、アンネのことだから秘密をうっかり言っちまった可能性もあるんじゃないか。


「……は? 城って……あの、王様のお城?」

「ええ。召喚されて以来今までずっと城の中にいたんで、ギルマスが知らなくて当然ですよ」


 ポカンと口を大きく開けて間抜け顔を晒すオッサンに、騎手のメイドが説明する。

 ……なんだろう、この二人。友人や知人と言うにはやや距離があるような気が。


「――なるほどなァ、そういうタイプか。最近あんまり見ねえけど、召喚の儀式なんてまだやってたのか」

「どういうタイプ……? というか、二人って知り合いなんですか?」

「いや、顔見知りってところだな。このメイドの嬢ちゃんが異邦街に頻繁に来るから、目立つナリだし顔も美人だしおまけに強えと来たモンだ。忘れろっつー方が無理あんだろ」

「そーそー、ラブリーでキュートでチャーミングな私とお近づきになろうと、雑魚共が蠅のように群がるんでよねえ。まあ最近は、ギルドが手を回してくれたおかげで虫退治(・・・)の手間も省けてますけど」


 ケラケラと笑う二人。なんというかこの二人、性格じゃなくてノリが似てる感じがする。たぶん今以上に知り合ったら、十年来の親友のように意気投合するか、決定的な決裂を経ていがみ合う間柄になるだろう。きっと、互いをよく知らない今くらいの距離感が一番ちょうどいいはずだ。


「おっと、悪ィ。すぐ話が逸れちまうのは癖なんだ。勘弁してくれや」

「いえ、大丈夫です」


 面倒な話し方の相手には慣れてるんで、とは言わないでおいた。


「俺は佐々木(ささき)(まさる)。マサさん、って気軽に呼んでくれや。『来訪者ギルド』――つまり『転移者の相互扶助組織』の、アルデルス王国支部の支部長(マスター)やってらあ。簡単に言っちまえば、この国の来訪者で一番偉い立場ってことだな」

「一番偉い……」


 ……そんな人が、あんな簡単に土下座していいのか?


「物は言いようですねえ、雑用を押し付けられるだけの名誉職でしょう?」

「嬢ちゃん、ホントのこと言うなよ!」


 いいみたいだ。


「相互扶助、ってのは?」

「主に住居や仕事の斡旋だな。いきなりこの世界に現れた、どこの誰とも知らない奴なんて、普通は積極的に関わり合いになろうと思わないだろ? 見知らぬ世界に一人ぼっちで、職を得られないから金も稼げず、日々の食い物と寝床にも困る来訪者がどんな行動を取るか、考えるまでもないだろ?」

「…………略奪、ですか」

「ああ。そんな真似をされちゃ、この世界の人々が困るのはもちろん、社会に馴染んでいる他の来訪者の立場も危うくなる。だからギルドは積極的に、この世界に来たばかりの来訪者の世話を焼いてやってる訳だが」


 そこで大男――マサさんがため息を吐いた。

 最初は太く、次第に細く長く伸びる憂鬱を全て吐き出して、


「最近の連中はどうにも厄介でなあ。礼儀やマナーなんかがなってないもそうだが、それ以前に人を人と思わない奴が多すぎる。この世界の人間を下に見た、横暴で傲慢な振る舞いが目に余るのなんのってもう……」

「苦労、されてるんスねえ……」


 遠い目をしたオッサンに、形だけの共感を口にすることしかできない。

 それが聞こえているのかいないのか、マサさんはデカい口を小さく動かしてブツブツと、


「良い奴もいるんだけどよう、そういう奴はすぐに他所で居場所見つけてギルドから離れちまうし、そのくせモラルの低い一部の連中が来訪者やギルド全体のイメージを簡単に落とすし、他の国のギルドマスターはあんまり手ェ貸してくれないし――」

「停まりますよー」


 侍女が言った直後、減速の勢いでマサさんの体が傾き、荷台の底に頭をぶつけた。当然オレはバランスを取っていたから無傷だ。

 オレとアンネが降りて、少し遅れて腫れた鼻を押さえたマサさんが続いた。馬車が停止したその場所は、明らかに他とは雰囲気の違う広い路地の入口で、


「ここが異邦街です」


 その様相は――正直言って、予想を裏切っていた。


 日本人が作った街と聞いて、どんな場所なのか色々と想像を膨らませていた。例えば高層ビルやネオン街、例えば京都のような古き良き和風の街並み、例えばSFチックだったりオタクチックだったり、可能性の大小に関わらず多種多様なパターンを想定していた。実物を目の前にしても驚かないように。

 けれどまさか……まさか、なあ、




「下町じゃねえか……」




 古めかしい長屋が立ち並ぶ光景を前に、そう口にせずにはいられなかった。

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