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お姫様の本心

見通しの甘さによって、ストーリー展開の大幅な変更を余儀なくされた……!(大混乱)

「――さすがに素材がいいと、大抵の服は似合うか」

「あ、ありが……とう?」


 褒められたのかよくわからなかったけど、とりあえず礼を口にした。彼の隣に立つアンネが「うわチョロっ」と言ったけど、ちょっと何言ってるかわからない。私のどこがチョロいと言うのか。


 体を隅々まで洗われた私に用意された着替えは、上流階級の子弟の家庭教師が着ているような、丈の長い黒のワンピースだった。ここ数年ずっと下着姿だった私が偉そうに言えることじゃないけど、機能性重視のその服はあまりにも野暮ったい。胸元のブローチのおかげで最低限の品格は保たれているけれど、それにしたって一国の王女が着るようなものじゃないと思う。


 ……うん、まあ、着てるんだけど。逆らってあの変なテンションで捲し立てられるの嫌だし。

 というか、ずいぶん久しぶりにまともな服を着た気がするけど、やっぱり――


「――苦しい」


 精神的にじゃなくて、物理的に。

 ワンピースのサイズが合わないんじゃない。この新品の服は、今の私の体に合わせて作られたものだろうから。問題はその下の、


「ブラジャー外してもいい?」

「その服だと乳首擦れて痛くなりますよ?」

「……じゃあ、着ける」


 背に腹は代えられなかった。

 はあ、と大きな息が漏れる。体も心も、こんなに疲弊したのは数年ぶりだ。対人ストレスに耐性がないから、下手すると新刊の入稿直後より疲れている。


 いきなり部屋の外へ連れ出されて、裸に剥かれて、洗われて、揉まれて、服を着させられて、また連れられて、部屋に戻ってきて、散らばっていた物を無理矢理に押し退けて作り出したスペースに座らされている。時計を見れば、二人がやって来てからまだ一時間も経っていない。


「――なんのつもり、なの」


 ようやく吐き出した疑問は、けれど吐息混じりでちゃんと発音できてなかったように思う。

 だから彼が即座に答えたのは、あらかじめそういう質問が来ると予期していたからなんだろう。


「くっくっく……よくぞ訊いてくれた……」

「ねえその変なノリいつまで続けるの?」

「――正直、やめるタイミングが見つからなくて困ってた。ここからは普通に話す」


 ……この人、気遣いはできるし頭の回転も悪くないのに、時々考えなしで動くのはなんでなんだろう。


「簡単に言えば、今日からオレがアンタの指導役になった」

「……は、い?」

「読んでみろ」


 そう言って彼は、どこからか紙束を取り出した。眼前に突き付けられた表紙に書かれているのは、


「『ルーニャ・アルデルス改造計画』――って、ええ!?」

「つまりは、そういうことだ」

「どういうこと!?」


 い、意味がわからない。改造? 私を? そんな物か何かみたいにー―ハッ!? つ、つまり私を、物扱いしてるってこと!?

 ってことは、改造って言葉を人間に当てはめると――教育――矯正――調教!? こ、ここここの人、私を調教するつもり!? 昔チラッと読んだハードなエロマンガみたいに!?


「ひええぇ……」

「なあメイドよ、このお姫様は絶対何か勘違いしてると思うんだが、どうだろう」

「勘違いさせるような物言いだからじゃないですかねー。私も名前だけ聞かされた時はそういう意味(・・・・・・)だと思いましたもん」

「オマエらの脳内がピンク一色なだけだろ」


 彼からジト目を向けられた。品定めされてるぅ……


「いいかお姫様」

「よくないよっ!?」

「話聞けよ……これはな、アンタを引きこもりから更生させるための計画だ」

「……更生?」


 私が、引きこもりから?

 そんなこと――


「強引に人目に晒すような真似はしない。実感は得られないだろうけど、少しずつゆっくりと――」

「――無理、だよ」


 どんな期待を抱くより早く、どんな希望を夢見るより先に、私は彼の言葉を否定した。


 ずっと待ち望んでいた展開。ダメな私を変えてくれる存在。

 ――いざ対面してみると、こんなにも怖いとは思わなかった。


「無理、続かない。そんな根性も、勇気も、私にはない。途中で折れて、投げ出すに決まってる」


 もしも本当にそうなった時に、

 彼に失望されて、見放されるのが何よりも怖い。


 ――そんな私の気持ちも、彼にはバレてるんだろうけど。


「アンタは一つ、大きな勘違いをしている」


 彼は逃げ腰で弱音を吐いた私を、責めたり怒ったりはしない。

 私がそういう、弱い人間だってわかってるから。だから、


「この計画はアンタのためのものだ。だからアンタの能力とか、性格とか、そういったものに配慮して十分に達成可能なものにしている」


 だがな、と彼は続けて、


「この計画を実行する上で、アンタの意志は必要ない」

「え……」

「思い出してみろよ。アンタの体を洗うのに、オレたちが一言でもその旨を伝えたか?」


 そんなわけがない。二人は問答無用で私を――って、ま、まさかっ!


 彼の顔を見上げると、大きく口の端を吊り上げて意地の悪い笑みを浮かべて、


「そう――強制執行だ。アンタがどれだけ嫌がろうと、怒ろうと、泣こうと、拗ねようと、アンタのデカい尻を叩いて蹴って実行させてやる」

「そうでもしないと、意志薄弱な姫様が脱ヒッキーなんて不可能でしょうからねえ」

「お、横暴なっ」

「おう、恨み辛みに弱音も泣き言も、好きなだけ口にしていいぞ。そんなことじゃ絶対に手を緩めたりはしないからな」


 彼は屈んで、こちらと目線の高さを合わせる。自分たちは対等だと、そう言わんばかりに。

 ……いやあの、対等じゃないよ? 私は一国の姫だし、彼はただの来訪者だし。人間としての優劣はともかく、社会的な立場としては私の方が圧倒的に上だからね?


「でも、それだけじゃダメだ」


 まっすぐ私の顔を覗き込み、熱意を秘めた瞳を輝かせる。


「上っ面のやる気なんかなくてもいい。だけど根っこの部分に確固たる信念がないと、鍛え上げ積み重ねてきたものは簡単に崩れ落ちちまう」

「そ、そんなの私には――」

「『信念』なんて高尚な言い方だとそうだろうな。だからもっと浅ましく根源的な――『欲望』と言い換えるか。アンタは、自分にもっと自信が持てるようになったら、何がしたい?」


 何がしたい――って。

 そ、そんなの……そんな、のは…………


「お……お父様の跡を継いで、国王としてこの国を治めて――」

「嘘をつくなッ!!」

「っ!?」


 怒号が。

 今まで聞いたこともない、荒げた声が室内に反響した。鼓膜から伝わった波が、全身にビリビリと広がっていく。


「今さらつまんねえ見栄張んな! 賎劣でいい、卑俗でいい、馬鹿でいい! だから絶対に揺るがない一番の欲望を口にしてみろよ!」

「う、うぅ……」

「それとも――お得意のマンガを使わないと主張できないか?」


 一瞬、息が止まった。

 ば、バレてる……? 私が今まで絵の中に封じ込めてきた秘めた思いに、気づかれてる……!?


「生意気な弟、素直な幼馴染、柔順な使用人――見た目や性格は違っても、とある属性(・・・・・)のキャラクターが必ず一人は登場する。アンタがこれまでに描いた十冊近いマンガの全てに、だ」

「あからさまに優遇されてましたからねえ。ああこういうのが好きなんだなあ、って一発でわかりますよ」


 あ、アンネにまで……!

 恥かしい。顔が熱い。たぶん真っ赤だ。いっそ火が点いて燃えてしまえばいい。


 でも、

 二人はそれを知って――私の低俗な願望を知って、それでも声高に唱えろって言うの? それを肯定してくれるの?


 だったら、だったら――!


「――――――――、です……」

「もっと大きな声で!」


 すでに知られているとわかっていても、口にするのは恥ずかしい。

 だからこそ、今の私にピッタリだ。恥ずかしい自分から変わりたいのなら、まずは恥ずかしい自分の姿を目一杯自覚しないと。


「――――――――い、です……」

「聞こえないぞ!」

「――――――――したい、です……!」

「まだ小さい!」


 覚悟を決めろ。

 底辺の自分を曝け出せ。


 心のままに――――叫べ!




「――――――――ショタっ子とイチャイチャしたい、ですっ!!!」




「よォく言ったァ!!!」


 称賛と共に抱きしめられた。彼の身体はゴツゴツしてて、たくましくて、そして暖かかった。

 そう――私はショタコンだ。それもかなり雑食の。今まで心の中だけに留め、一度たりとも言語化したことのない欲望を口にしたことで、昂ぶる感情を抑えられない。浅ましい欲の数々が、次々と溢れ出る。


「ガチショタじゃなくてもいいんです! 合法ショタでも、ショタジジイでも、見た目や雰囲気がショタっぽいならそれでいいんです! カッコいいのも、かわいいのも、ヤンチャなのも、大人しいのも、マセてるのも、無知なのも、全部全部好きなんですっ!!」

「ああ、ああ!」

「半ズボンから覗くスベスベの太腿をペロペロしたいんです! 未成熟な丸いお尻をナデナデしたいんです! あどけなくも男らしい顔にスリスリ頬ずりしてい〜っぱいチューしたいんですっ!!」

「お、おう」

「頑張り屋さんを甘やかして、しっかりした子に甘えて、ツンデレを攻めて、ヤンデレに攻められて、エッチなイタズラをしたりされたり、逆ハーレムを築いて私を取り合ったりショタっ子同士のBL展開を見てみたりしたくてたまらないんですっ!!」

「……………………そ、そッスか」

「引かないでよおおお!?」


 顔を背けてこちらから離れようと彼の体に全力でしがみついた。ここで彼に逃げられたら、もう私は一生をこの部屋で過ごすしかなくなる。そんなのは嫌だ。


 ゴホン、と咳払い一つして、さり気なく私を引き離そうとしながら、


「つ、つまりはショタにモテたいってことだな! さすがにガチの子どもはダメだけど――アンネ、この世界って何歳から結婚が認められるんだ?」

「明確な決まりはないですけど、十歳以下の子に手を出すのは印象良くないですかね。まあ、年齢差が五歳前後であればまた別ですけど」

「なら、それ以上の歳の少年の心を射止めよう! そのために何が必要か――わかるな?」


 そんなもの、問われるまでもない。


「自分磨き……!」

「そうだ。アンタは一方的に相手を愛でるだけじゃ満足できない、むしろ相手から愛されることを望む性格だ。そのためには、アンタに相応の魅力がなくちゃ始まらない」

「み、魅力……私に……」

「考えすぎんなって! お姫様は社会的なステータスは最上級だし、見た目も悪くない、というか良い。そして内面は、オレたちが徹底的に磨いてやる」


 だから、と彼は手を差し出し、


「よろしくな、お姫様」

「――――」


 握手なんて、今まで求められたことがあっただろうか。

 この国の中で、王女である私と対等の人間なんて一人もいない。他国の王族の直系たちは、未来のことを考え自らの弱みを晒さないよう、本心を秘めた薄っぺらな社交辞令で接してくる。あの場で深まる友好に、けれど友情は一片たりとも存在しない。


 私と彼は、決して対等じゃない。

 でもきっと彼は、私と対等であろうとしてくれる。その気持ちが無性に嬉しく感じて、


「……名前」

「うん?」

「『お姫様』じゃなくて、名前で、呼んで……ほしい、かも……」


 ああああああ、欲が出て思わず言っちゃったけど、これで「なんで?」とか「嫌だ」とか言われたらどうしようどうしようどうしよう――


「そうか。じゃ、よろしくな――ルーニャ」


 ――なんて私の不安を、彼はあっさりと杞憂に変えてしまった。


 逡巡して、けれど差し出された手を取る。

 私も同じ気持ちだと示すために、彼のことを名前で――名前――なま、え……?


「――――あのぅ、ごめんなさぃ。名前、なんだっけ……?」

「…………マジか」


 思いっきり呆れられた。それでも嫌われるよりは何百倍もマシだった。あとアンネがお腹抱えて指差して大笑いしてたけど、あれはどっちに対してのものだったんだろう。両方かな?


 横島誠(マコト・ヨコシマ)。そういえばそんな名前だった。


「……よろしく、マコト」

「おう」


 握る手と握り返す手は、固く結ばれていた。

 大きく、力強い手。彼の手から伝わる熱が、私に勇気をくれる。




 もう、後悔はしない。

 私は絶対に、新しい自分に――誇れる自分になってみせる!














 それから十分後、




「――――やっぱ、無理…………」

「いくらなんでも早すぎんだろ」

「前途多難ですねえ、くふふ」




 勢いに押されてマコトの言葉に乗っかってしまったことを、早々に後悔した。

申し訳ありません、ここまでが本当のプロローグです。(二話ぶり二回目)


ここから数話を挟んだ後、一区切りとして章を設定したいと思っています。


次の章からは、ギャグとラブとエロスの割合をもっと増やしていけるといいなあ……

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