プロローグ
激しい音が断続的に響いていた。それは外側からの音ではなく、身体中を支配する強い強い鼓動。繰り返し聞こえる、自身の心臓の音であった。
まるで燃える様に身体が熱くなる。その熱は心臓の激しい音と同じように、外側からではなく身体の内側から湧き上がるものだった。
感覚が鈍い。まるで、本来外側へと向けられるべき五感がすべて内側を向いているような感覚だった。鼓膜に響くのは激しい心臓の音。その肌が感じるのは自身の熱。
残された視力もほんのわずかに辺りの景色を映すのみ。ぼやけた視界にうごめく黒い不吉な影。それは、彼女を取り巻いていた。
(あぁ、私はここで死ぬんだ…)
危機的な状況にもかかわらず、彼女は意外にもゆっくりとそんなことを考えた。激しい鼓動と熱によって、彼女の思考力はもう正常ではない状態だったのかもしれない。
鼓動に支配される聴力に、かすかに女の金切り声が聞こえた。黒い影が微かにざわめいた。わずかに、周囲の騒がしさが増したような気がした。
しかしもう彼女にそんなものは関係なかった。燃える身体、激しい鼓動に支配され、それ以上は何も考えることができなかった。
(最期に何かが見られるだろうか…黒い影ではない、他の何かを…)
彼女は望みを託して空を見上げ、見えない目を大きく開いた。そしてそこに、青い光を見た。
真っ青な光を宿した一対の瞳が、彼女をまっすぐに見据えていた。