9)美術室
*前回までのあらすじ*
忘れ物を取りに夜の学校を訪れた幹原。
そこで、教室で居眠りしていた吉田と共に、女の子の幽霊に遭遇する。
幽霊は、何故か二人に悪意を向けてきて、学校に閉じ込められて……。
何とか幽霊を迎撃しつつ、二人は昇降口へ。
けれど昇降口も幽霊のせいで出られなくなっていました。
どこかの教室の窓から脱出しようと、二人は昇降口を後にしました。
今回、吉田視点です。
……やっべぇ、左手の感覚ねぇわ。
俺は、軽く左手を振る。
昇降口で無茶しすぎたかもしれない。
塩で絵を描いた手の平部分はもちろんの事、肘辺りまで感覚がおかしい。
俺の手であって、俺の手じゃないような。
動くんだけどね。
違和感ハンパ無い。
「吉田、やっぱり痛むの?」
「いや、ほら、塩を落としただけ」
ふりふりと、俺は軽く左手を振る。
幹原、ずっと涙目だからね。
これ以上不安にさせたら倒れるんじゃないだろうか。
俺は、とりあえず美術室に向かう。
この辺の教室は、資料室だったりなんだりで、大体鍵がかかってるんだよね。
一階だしね。
二階以降の教室は結構開いてるんだけど。
美術室には、少しだけど塩があるのもいい。
俺が絵を描く為に使ってるから。
ベランダから出られればいいけど、そうじゃなければ塩を回収しておいて損はないし。
昇降口から右に曲がって、突き当りが美術室。
てくてくついて来ている幹原が首を傾げた。
「美術室って、ドアを閉めないの?」
「閉めてあるけど、ここに予備の合鍵を隠してあるんだよ」
俺は、美術室のドアの横に飾られた小さな銅像をこつんと叩く。
たぶん、もともとは貯金箱だったんじゃないかな。
誰が持って来たか知らないけど。
いつからか展示物ケースの上にちゃっかり置かれてて、中に鍵が入ってる。
合鍵を作ったのは先輩達だ。
職員室まで取りに行くのが面倒で、こっそり作ったとか何とか。
まぁ、わざわざ二階に行ってから、一階に戻ってくるのはだるいよね。
銅像をちょっと倒して、底の黒いゴムの蓋を剥がす。
鍵がコロンと出てきた。
「職員室まで戻らなくて済んだね」
「二階まで上がってから、また戻ってきたくはないしね」
先輩たちが作った合鍵に感謝だ。
俺が美術室のドアを開けると、独特の匂いが鼻をつく。
油絵の具を中心とした、画材の臭いだ。
昼間は窓もドアも開いているからか、それほど気にならなかった。
けれどこうして数時間締め切られた空間だと、むありと臭いが篭ってる。
ねっとりとした油の臭いが嫌で、俺は水彩を選んだっけ。
絵を描く事自体は昔から好きだった。
けれど無視できない油の臭いと、油絵の具を使った筆は手入れが面倒すぎてパスした。
この臭いをずっと嗅いでいると、頭が痛くなりそうだ。
幹原も臭いに気づいて、ちょっと困った顔をしている。
さっさと窓を調べよう。
勝手知ったる我が家的に、躊躇い無く美術室に入る。
電気は……お、付いた。
「明るいと、ほっとする……」
「だなぁ」
幽霊の力が弱まったんだろうか。
坂下先生に思いっきり塩ぶちまけたし。
「って、おい、幹原、待て!」
「えっ?」
俺は慌てて幹原の手をつかむ。
何で窓に手を伸ばしてるんだよ無謀な!
「窓が開くかどうか、調べるんだよね?」
「それは俺がやる。幹原は少し下がってて」
さっき、昇降口で俺がどうなったか見てたよな?
なのになんで素手で手を窓に伸ばしてるんだよ。
危なすぎだろう。
「でも、吉田は手を怪我しているでしょう?」
「先に塩をかけて確認するから問題ないよ」
俺が怪我したから自分がやろうとしたのか。
心配してくれるのは嬉しいけれど、頼むから無謀な事はしないでくれ。
ただでさえ、こんなことに巻き込んでしまって土下座したい気分なんだ。
怪我までされたらもう、マジで泣ける。
俺は、小袋から塩を軽く摘まんで、窓にかける。
瞬間、昇降口の時と同じよう塩が蒸発した。
はい、アウト。
ここからも出られないか。
「椅子で、叩いてみます!」
「いや、幹原、落ち着こうか? やるなら俺がやるから」
本当に椅子を持ち上げようとしている事にびっくりだ。
幹原、もうマジで限界来てるのか?
いや、こんな状況なんだから、冷静でいるほうがおかしいぐらいだけど。
俺は幹原が持ち上げかけていた椅子を受け取って、窓の前に仁王立ちする。
幹原には、しっかり後ろに下がってもう事も忘れない。
「……ぶっ壊れろ!」
思いっきり、俺は椅子を窓ガラスに叩き付けた。