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巻き込んだから

 今回、吉田視点で書いてみました。

 

 涙目で坂下の側に座り込んで心配している幹原を、俺は軽い溜息と共に見つめる。


 

 完全に、俺が巻き込んだんだよな。



 昔から霊が見えてしまう俺には、その霊が悪意を持っているかどうか、俺や周りの人に敵意があるかどうかが、なんとなくわかるのだ。

 悪意を持った霊が側に来ると、軽い吐き気に襲われるせいでもある。

 普段はそんな曖昧な俺の感覚だけれど、今回のこれは、本気で命の危険を感じる。

 強い吐き気がこみ上げて、うずくまりたいほどの悪意なんて、今まではそうそうなかった。

 唯一覚えているのは、ばぁちゃんがまだ元気だった頃ぐらいだ。

 あの時は、ばぁちゃんが今の俺と同じように塩で霊との接触を防いで、朝まで持ちこたえた。

 霊が俺達二人を狙っているのは本当の事だった。

 悪意は、俺と幹原に向かってきている。

 でも俺がいなければ、恐らく幹原が襲われることはなかったと思う。

 彼女は今まで霊を見たことがなかったようだし、俺の側にたまたまいたせいで、視えてしまったんだと思うと、正直キツイ。

 俺だって好き好んで霊にまとわり憑かれているわけじゃないが、もう物心ついてからずっとだから、彼女よりは慣れているし。



「吉田、一階まで先生の事、担げる……?」



 涙は止まっても不安げな瞳で、幹原が俺を見上げる。

 


「無理だな」



 即答する俺に、「そうだよね……」と幹原は小さく頷く。

 幹原は、たぶん坂下を保健室に連れて行きたいんだろうとは思う。

 だが保健室は一階。

 二階のここから運ぶには大分遠いし、体格のいい坂下を俺が一人で担ぐのは無理がある。

 ましてやまた霊に乗り移られて攻撃を仕掛けてこられたら、今度こそ俺たちがヤバイ。



「……縛り付けておくか」


「えっ、まさか先生を?」


「次に目を覚ましたとき、塩がなくなってたら俺らがヤバイだろ」


「だけど、坂下先生怪我してるんだよ? 先生を縛るなんてそんな……」



 俺が戸棚のガラスを割ったときよりも、明らかに動揺する幹原。

 そういえば、幹原って先生受けよかったよな。

 真面目で大人しい優等生タイプ。

 幹原を目の仇にしていたのは数学教師の阿野ぐらいか?

 どうみても癖っ毛でしかない幹原の柔らかそうな髪を、パーマだの校則違反だの因縁付けてネチネチといびってたっけ。

 まぁ、阿野の場合は幹原に限らず、女子生徒はほぼ全員嫌っていて、俺達男子には妙に媚びて来るオバハンだがら例外か。

 実力主義で、下手な奴には冷たい美術教師の若本にも、幹原はそれほど絵が上手いわけでもないのに好かれてたし、男女関係なく腕力的な坂下も、幹原にその腕力を振るっているのは見たことがない。

 自分に好意的な教師陣に手を上げたり、ましてや縛るなんて、幹原にとってはありえない行動なんだろう。

 俺としては、霊から逃げ切ることを最優先したいんだが、しかたない。



 これ以上、幹原泣かしたくないしな。



「縛るのは無理でも、このままにしておく事は出来ないから、周囲に塩を撒いておく。幹原、ちょっと脇にずれて」


「う、うん」


 不安げな幹原が見つめる中、俺は坂下が叩き落して破いた塩の袋を拾う。

 坂下自身にはさっき大量に塩がかかっているので、俺は坂下の周囲に軽く塩を撒く。

 それと、家庭科室の廊下側とベランダ側にも塩を撒く。

 そして坂下が無理やり倒したドアをレールにはめ直す。

 これでしばらくは霊が坂下に盗り憑くのを防げるだろう。

 坂下が目覚めて塩を全部払って家庭科室から出ればまた話は変わるが、足を負傷している彼には今は出来ないだろうから。

 俺が振り返ると、幹原が必死にスマホを操作していた。

 少し震える指先が、青白く光るスマホの画面を何度も何度も押している。



「幹原?」


「救急車呼べないかなって。でも、圏外だったの。学校なのに……」


「そりゃそうだろ」



 霊が側にいるときは、電気系統すべてが大体おかしくなるものだ。

 蛍光灯が消えたり、ブレーカーが落ちたり。

 いわゆるポルターガイストだとか心霊現象だとか言われる類のときは、外部との連絡手段も途絶えるものなのだ。

 だから俺は最初からスマホを使わなかったし、幹原もそうだろうと思っていた。

 だがいままで幹原が外部と連絡をとろうとしなかったのはそんな余裕がなかったからで、まさか使えないとは思っていなかったのか。

 俺にとっては当たり前の知識も、幹原には未知すぎた。

 より一層不安げに瞳を揺らす幹原に見上げられて、胸が痛む。

 すべてがすべて俺のせいではないけれど、教室で俺が寝落ちてさえいなければこんな事にはならなかったわけで。



 早くここから出してやらないと。



 ガラスを割った戸棚に歩み寄り、俺は塩の在庫を確認する。

 さっき坂下に投げつけた一袋とは別に、もう一袋だけ塩が残っていた。



「幹原、塩はここに入っているだけか?」


「うん。調味料は全部同じ場所にまとめてあるはずだから」


「そうか。ならこれは幹原が持っていて」



 俺は残った塩を袋ごと渡す。



「えっ、全部私に? 吉田は?」


「俺はさっきの余りを持っとく。行くぞ」



 破けた塩の袋から、和風の小袋に入れなおす。

 これで塩が無意味に散らばることもないだろう。

 後何回撒く事になるかわからないのだから、できるだけ大事に使いたい。

 坂下を心配げな幹原に「俺達が側にいると、余計坂下を巻き込むから」と説得して、俺達は家庭科室を後にした。

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