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無限階段

 振り返ると、1年2組のベランダにガラスの破片が飛び散って、街灯の少ない光をキラキラと反射させていた。

 険しい表情の吉田が、向こう側のベランダの手すりを乗り越えてこちら側に戻ってくる。


「乗って」


 そして蹲って動けない私の前に屈んで、背中を出した。


「えと、えっと」


「早く!」


 急かされて、私は慌てて吉田の背にしがみ付く。

 吉田がぐっと両足に力を込めて立ち上がり、私の太股を片腕で押さえつける。

 恥ずかしい、とか。

 言っている暇はなかった。

 吉田は、空いているほうの手でベランダの手すりを掴み、そのまま跨いで柵を乗り越えた。


「しっかり掴まってて。眼はつぶっててもいいから」


 吉田が再度注意を私に促す。

 私は、これ以上はないってぐらいに吉田にぐっとしがみ付き、深く遠く見える真下を頭の中から追い払うように、硬く目を閉じた。

 吉田が、さっきよりも慎重に、向こう側のベランダの柵に手を伸ばす気配。

 ぐっぐっ、と柵を二度ほど押して、吉田は私を支える片手に力を込め、そのまま向こう側のベランダに無事に渡りきる。

 そして私を背負ったまま再び柵を乗り越えて、向かいのベランダに乗り込んだ。


「あ、ありがとう……っ」


 赤くなっているに違いない顔を隠すように私は俯いて、吉田の背から降りた。


「礼はいいよ、それよりも早く、下に逃げるぞ」


 

 ―――逃がさない……―――



 ベランダを逃げる私の耳に、聞きなれない声が響いた。

 脳の中に直接響くような、奇妙な声が。

 吉田も聞こえたのだろう。

 二人同時にびくりと立ち止まった。

 振り返りたくなかった。

 でも。

 恐る恐る、振り返って。


「!」


 息を飲んだ。

 吉田が口元を抑える。

 私達の目線の先には、あの少女がいた。

 1年2組のベランダに佇み、嬉しそうに、それでいて憎々しげに私達を見つめている。

 吉田は吐き気をこらえているのだろう。

 ぐっと口をきつく結んだ。


「走るぞ!」


 吉田が私の手を握り、走り出す。

 叫びそうだった。

 ベランダの突き当たりにある非常階段を、私達は派手に足音を立てて駆け下りる。

 ゆっくりと、背後に少女が迫ってきているのを感じた。

 吉田が、握る手に力を込めた。

 怖かった。

 足の感覚がもうほんとになくて、何で走れているのか分からない。

 吉田と私の足音が響き続ける。

 白く塗られた鉄の非常階段が、いつまでもいつまでも続いている。

 いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも。


 あ、れ……?


 違和感。

 私は立ち止まらずに吉田を見あげる。

 吉田もきっと気づいてる。

 ずっと駆け下り続けているのに、まったく一階にたどり着かないのだ。

 降りても降りても階段が続いてる。

 私は足を止めずに、階段脇から下を横目で見た。

 そこには、延々と続く白い階段。

 地上なんて一向に見えない暗闇の中に、白い階段がぼんやりと浮かび上がっていた。

 無限階段。

 高層ビルの非常階段のよう。

 あまりの高さにくらりとする。

 クスクスと、少女の嗤う声が頭に響いた。


「吉田、下が見えないよっ」


 私が呟くのと同時に、足元の階段がぐにゃりと歪んだ。


「幹原、こっちだ!」


 歪んだ階段にそのまま足を囚われて、落ちかける私の二の腕をぐっと引き寄せて、吉田が校舎に飛び移る。

 2階の非常口だった。

 私達はあんなに走ったのにたったの一階しか下に降りれていなかったらしい。

 2階の廊下に膝をついて、私達は息を整える。

 どうしてこんな目に合うのか。

 少女の姿は見えない。

 でもきっと側で見ているに違いない。


 フッ


 と。

 私達の上に影が落ちた。

 振り仰ぐと、そこには宿直の坂下先生が佇んでいた。

 さっき私が職員室に寄って挨拶した時と同じジャージ姿で、先生はじっと、私達2人を見下ろしている。

 助かった。

 そう思った。

 でも。

 坂下先生は苦しげに顔を歪め、呻いた。


「う……ぐ……」


「坂下先生……?」


「ぐあぁああああああああああああああああああっ!」


「先生?!」


「幹原避けろ!!!」


 先生の叫び声と、私の悲鳴と、吉田の声が全部重なって、私は思いっきり吉田に突き飛ばされた。

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