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 吉田が私の腕を掴んだ。


「隠れて」


「え」


 短い言葉と共に二の腕をつかまれ、ぐいっと強引に教室に引き戻された。

 私を掴んでいるのとは反対の手で、吉田は教室のドアを閉めて鍵をかける。

 わけのわからない私をそのままに、吉田は反対側のドアにも駆け寄って鍵を閉めた。


 えっと、ほんとに何?


「……ヤバイ」


 吉田が呟く。

 こめかみにうっすら汗が滲んでいる。


「体調でも悪いの?」


 軽く吉田の顔を下から覗き込む。

 かなり顔色が悪い。

 ずるずると、その場に吉田は座り込んだ。

 よく分からないけれど、尋常でないのは確かだ。


「ここで待っていてね。いますぐ坂下先生呼んで来るから」


「いや、無理……」


 宿直の先生を呼びに行こうとする私の手を、吉田は握り締めて引き止めた。


「それより、これを、左右のドアの前に撒いてくれ……」


 苦しそうに、吉田が制服のポケットをまさぐり、小さな和風の小袋を手渡してくる。

 その和風の小袋は、美術の時に吉田が使うのを何度か見たことがあった。

 吉田は、絵に塩を使うのだ。

 小袋を開けると、やはり中身は白い粉。さらさらとした塩だった。

 でもかなり少ない。

 教室の左右のドアにぱらぱらと撒くと、それでもう無くなってしまった。

 これに何の意味があるのか。

 そして、さっきの少女が、教室のドアの前に立っているのが見えた。


 彼女に先生を呼んできてもらえばいいんじゃない?


 少女が教室のドアに手を伸ばす。

 瞬間、彼女の顔が歪み、引っ込めた指先がぐじゅぐじゅと赤く爛れだす。


「ちょっと、大丈夫?!」


 慌ててドアを開けようとする私を、吉田が強く引き寄せる。


「絶対に、開けるな。じっとしてて」


 さっきよりは顔色のましになった吉田が、低く呟く。

 一体、何が起こっているのか。

 ドアの前の少女は、じっとこちらを見つめている。

 でも。


 ……目線があっていない?


 まるで私が見えていないかのよう。

 怪我をした指先を少女は忌々しげに噛んだ。


「座って」


 座り込んでいた吉田に引っ張られて、私もその場に座り込む。

 そのまま吉田は小袋を握り締めて、じっとしている。


「彼女は、吉田の知り合いなの?」


「そんなわけ無い」


「まぁ、そうよね。じゃあ、何で隠れてるの?」


「……幹原って、鈍いのか。視えてるのに。アレがなんだか、わかっていないのか」


 その言葉で、なんとなく、私にもわかった。

 きっと、視えちゃいけない何か。

 この世ならざるあちら側の人。

 そのせいで、吉田は体調を崩してる。

 でも私の目にはごく普通の女の子に見えるのだ。

 ゾンビのように腐っていないし、ホラー映画でよくみるような、身体があらぬ方向に曲がっているとか、そういった特徴がまるで無い。

 昼間の学校ですれ違っていても、特に何も感じないだろう。

 黒目がちの瞳は大きくて魅力的だし、さらさらのストレートヘアは癖っ毛の私からしたら羨ましい限り。

 今だって、私には何も感じないのだ。

 独特の存在感だとか、背筋が凍るような恐怖心とかが。

 教室で吉田を見つけた時のほうがよほど怖かった。


「彼女は幽霊、なの?」


「まあ、そう」


「何で吉田は狙われているの」


「俺が狙われているわけじゃない。俺らだ」


「私も? 彼女に何もしてないよ?」


「俺だって何もしていない」


「じゃあ別に気にしなくても大丈夫なんじゃ」


 同級生にしか見えない彼女なら、そのまま別に挨拶をして通り過ぎればいいのでは。

 もっと姿形が異形なら、私だってそんなことは思わないし、多分今頃泣き叫んでいるけれど。


 ドン!


 ドンドンドンドンドンドンッ!


 急に教室のドアが激しく鳴り、教室全体が揺れ始めた。

 パラパラと天井から埃が落ちてくる。

 チカチカと蛍光灯がちらつき、フッと掻き消えた。

 一気に教室は闇に包まれ、揺れは激しさを増してゆく。


「何事も無く通してくれるとは、思えないだろ?」


 苦笑する吉田に、私は涙目でこくこくと頷く。

 揺れは止まらない。


 あああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 幽霊を馬鹿にしていたわけでもなんでもないんです、ただ、怖くなかっただけなんですっ。


「これ、どうなっちゃうのかなっ……」


「朝まで教室が持てば、大丈夫だな」


「持たなかった場合は?!」


「……言った方がいいか?」


「……いえ、聞かなかったことにします」


 きっと、聞いてもいいことは何もない、うん。


「教室、壊れたりしないよね?」


「どうだか。彼女の力次第だな」


「吉田って、よくこうゆう目にあうの?」


「結構ね。ばあちゃんがいわゆる霊感体質って言うか。親はまったく無いんだけどね。なぜか俺に隔世遺伝」


「じゃあ、もしかして、御札とか持ってて、戦えたりする?」


「あったら今頃そうしてるよな」


「でもこうゆう時の定番だと思うの。霊感少年が御札で戦うって」


「それが定番なら、幹原は今頃魔法のステッキ片手に変身して戦ってるよな」


「無茶言わないで?」


「俺にもかなり無茶いってるぞ。……っと、彼女の怒りが増してきましたよっと」

 

 ドンっ!


 一際大きな振動でドアが軋む。

 直後、ビシッとドアの窓に亀裂が走った。


「幹原、逃げるぞ」


 顔色が大分良くなってきた吉田が、私の手を掴んで立ち上がる。


「逃げるって、どこへ?」


「外しかないだろ」


「ここ三階だよ?!」


「じゃあこのままここにいて、彼女にされるがままになってみるか?」


 それは嫌だ。

 何をされるかわからないけど、絶対、命が無い気がする!


 吉田がベランダの窓を開け放つ。

 廊下とはまた違う、冷たい新鮮な空気が教室に流れ込んだ。


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