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11)保健室


 パチリと美術室の電気を消した瞬間、何かが目の端で光った。


「どうかした?」

「んと、いま、何か光らなかったかな。窓の向こう」

「ん〜?」


 吉田が目を細める。

 美術室の窓からは、裏門が見えた。

 もうずっと使われていなくて、門の脇には雑草が生い茂っている。


「車のライトじゃないか?」

「そうなのかな」


 車が通り過ぎたといわれれば、そうかもしれない。

 なんとなく気になったけれど、わたし達はそのまま美術室を後にした。



「窓からも出れないとなると、後はどこだろうな」


 吉田が、軽く頭を掻いて思案する。

 どこだろう。

 どこか、開いている場所ってあったかな。

 あっ。


「吉田、わたしが入ってきたのは、職員用玄関だ!」


 うっかりしてた。

 昇降口はこの時間なら閉まってるから、わたしは職員用玄関から校舎に入った。

 玄関横の職員室で宿直だった坂下先生に挨拶をして、教室に向かったのに。

 なんで、忘れてたの?

 わたし、馬鹿すぎる。


「職員用玄関か。よし、調べてみよう」

「ごめんね、思い出すの遅くて」

「いや、気にすんなよ。この状況だし、色々混乱するって」


 ぽふぽふと、吉田に頭を叩かれた。

 なんか、思いっきり年下扱いになってる気がする。

 同い年なんだけどな。

 吉田が頼りになりすぎて、わたしの足手まとい感ハンパない。


「あ、ねぇ、吉田? 保健室に寄ろう」


 通り過ぎかけた保健室の前で足を止める。


「ん? なんか必要か?」

「吉田の手、さっきより酷くなってると思うの」

「あー……」


 吉田が左手を見る。

 赤い線が、さっきよりもくっきりと刻まれていて、火傷が悪化したみたいになっている。


「痛みはないんだけどね」

「包帯巻いておこう? あと、消毒!」

「それもそうだな。ついでに絆創膏とか、いくつか持って行っとくか」


 ドアを開けようとして気づく。

 あ、鍵……。


「おいおい、そんな顔すんなって。ほら、こっから入れるから大丈夫だよ」


 吉田が、ドアの横のちいさな引き戸を差す。

 教室の、廊下側の窓の下に設置されているんだよね、これ。

 小学校でも中学校でもあったけれど、これって一体なんであるんだろう。

 

 吉田がぐぐっと横に引くと、四つん這いになれば通れる入り口になった。

 

「ここって、鍵がないのかな?」

「いや、かかってるよ。でも左から二番目の扉の鍵は壊れてるってだけ」


 なんでそんな事を知ってるんだろう?

 物知りだなぁって思いながら、わたしは吉田の後に続いて、ハイハイするみたいに扉をくぐる。

 吉田がすぐに電気をつけてくれて、わたしは慌ててスカートの汚れを叩いた。

 四つん這いになったから、埃が一杯で恥ずかしい。


「消毒液と、包帯と、あとは絆創膏を持って行っておけばいいか」


 吉田がガラス棚の中から必要そうなものを取り出して、鞄につめていく。

 わたしは、汚れた手を洗ってから、消毒液とガーゼ、そして包帯を取り出した。


「吉田、ちょっとここに座ってもらえる? あと左手出して」

「おう」


 わたしは、ベッド脇の丸椅子に座ってもらう。

 立ったままだと、ちょっと治療し辛いし。

 差し出された吉田の左手を軽く手にとり、わたしはそうっと消毒液を垂らす。


「染みる?」

「いや、ぜんぜん」


 うん、痛そうな感じはしないから、大丈夫かな?

 我慢している風にも見えないし。

 ぽこぽこっと皮膚が盛り上がっているけれど、火傷みたいな酷い痛みはないのかな。

 でも見ていて怖いから、わたしはそうっとそうっと、消毒する。


 軟膏は塗ったほうがいいのかな。

 火傷と違うなら、火傷用は使わないほうがいいよね。

 擦り傷とか、そっち系かな?

 わたしはいくつか置かれていた軟膏の内、無難な市販薬を手にとって、吉田の傷口に塗る。

 ぽこっとした赤い傷跡に沿うように塗っていくと、吉田が身じろぎした。


「あっ、やっぱり痛い?」

「違う違う、くすぐったいんだよ。そんなに丁寧に塗ってくれなくて大丈夫だぞ」


 一生懸命笑いをこらえる感じで、吉田の肩が震えてる。

 わたしはさっきよりはスピードアップして薬を塗り終えると、ガーゼを当てて包帯を巻いた。

 あ、包帯を丁度いい長さで切ってから巻けばよかったかな?

 巻いたまま、左手に包帯を持ち替えて、右手でハサミを入れる。 

 緩みかけた包帯を慌ててぐっと掴んで、包帯止めで何とか止めた。

 うん、結構綺麗に巻けた気がする。


「サンキュー」


 吉田が笑って立ち上がり、左手を握ったり開いたりする。

 次の瞬間、吉田の左手がわたしへ不意に伸びた。


「幹原離れろっ」

「えっ」


 吉田が慌てて左手を右手で掴み、わたしは数歩後ずさった。

 どんっとよろけて、ベッドの上に座り込む。

 そしてそのまま、わたしは吉田にベッドの上に押し倒された。


「うわっ!?」

「えっ、吉田……苦し……っ!」


 わたしを押し倒したまま、吉田が目を見開く。

 吉田の左手は、わたしの首に食い込んでいる。


「くそっ、なんだこれ?!」


 吉田が、必死にわたしの首から手を離そうとするけれど、離れない。

 どこからか、クスクスと少女の笑い声が聞こえる。

 

 ぐぐっと、吉田の左手に力がこもる。

 吉田が右手で何度も左の二の腕を叩いて引っ張るけれど、びくともしない。


 ……くる……し………っ


 息が出来ない。

 涙がこみ上げてくる。

 滲む視界で、わたしの上に覆いかぶさる吉田の顔が、泣きそうに歪む。

 

 身体に力が入らない。

 わたし、死んじゃうのかな。

 吉田の左手が、より一層、強さを増した。


 目の端に、吉田が右手にハサミを持っているのが見えた。


 え、なに。

 それ……。


「離れろーーーーーーっ!」


 ザクッと。

 嫌な音がして、吉田の左手がわたしから不意に離れた。


 一気に空気が流れ込んできて、わたしは激しく咳き込んだ。

 苦しい。

 でも、吉田、一体何をしたの?!


 むせりながら身体を起こして、わたしは左手を押さえる吉田を見る。


「吉田、その左手……っ」

「勝手に動いちまった。この左手は縛り付けておかないと駄目だな」

「そうじゃないよ! 血が一杯でてるじゃないっ。それに、ハサミ……」


 間違いない。

 吉田は、左手の暴走を止める為に、ハサミを左腕に刺したんだ。


「苦しかったろ? ほんとごめんな」

「そんなのどうでもいいよ、早く血を止めなくちゃ」


 止血ってどうやるんだろう。

 わたしはとにかく、タオルをグーッと吉田の左手に押し当てた。

 止まるかな。

 お願い、止まって。


「いや、たぶん見た目ほど怪我してないよ」

「どこが?!」

「どこがって言われると困るけど、ほら、もう血も止まってきてるだろ?」


 言われてみると、段々、血が止まってきている感じ。


「切ったわけじゃなくて、軽く刺しただけだからさ」


 苦笑するけれど、嘘だよね。

 思いっきり、振り下ろしてたよね。

 でもハサミだからか、傷跡は一センチ程度かも。

 あ、でも、さっき巻いた手の平の包帯が血で汚れちゃってるね。

 これももう一度巻きなおさないとだ。


「吉田、もう一回包帯巻きなおすから、座って」

「いや、むしろ俺を縛り付けて置けよ。じゃないとまた、幹原に襲い掛かるかもしれないだろ」

「そんなこと出来るわけないじゃない! 吉田の意思じゃなかったんでしょ?」

「だからだよ。坂下みたく、乗っ取られたら厄介だろ」

「でも、吉田は意識がしっかりしてたよね?」

「あぁ。自分の意思で動かせなかったのは、左手だけだな。……今は動くか?」


 握ったり開いたりして、左手の感覚を確かめている。


「とにかく、ちゃんと消毒しよう? それから、考えよう?」


 わたしは強引に吉田を座らせて、さっきみたく包帯を腕に巻く。

 血で汚れた包帯を取ると、吉田の手の平は、嘘のように火傷みたいな傷が消えてなくなっていた。


「なんだこれ」

「治ってるみたい……」


 さっき触れたときはぽこぽことしていた手のひらは、今は普通にすべすべだ。

 そっと、手の平に触れてみる。

 傷跡を思い出しながら、なぞってみる。


「痛くない?」

「まったくないね。感覚も戻ってる」

「さっきね、笑い声が聞こえたの」

「笑い声?」

「うん。あの女の子の声だった」


 苦しむわたし達をみて、楽しげな笑い声。

 どうして、彼女はわたし達を苦しめるんだろう。

 学校に閉じ込めたんだろう。

 幽霊だから?

 理由なんてないのかな……。


 わたしは鬱々とした気持ちになりながら吉田の手を治療して、わたし達は保健室を後にした。

 

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