09 3ヶ月後。
ルカゼ視点。
私が泣いている。
「どうせ、彼らを失う」
不鮮明で、顔が見えない。でも、泣いているような気がした。
「血の繋がった家族といたって、孤独でしかたなかった。苦しむはめになる」
隅っこで膝を抱えて、私は私に向かって言う。
「あなたは誰も独りにしないけれど、あなたは独りにされるのよ」
涙すら見えないけれど、泣きながら告げる。
「私も、独りだ」
独りに震えて、泣いていた。
◆◇◆
目を開けば、薄手の毛布の外にいた。壁際のソーヤが寝返りの際に引っ張ったらしい。
あれから3ヶ月。
6月になり気温は上がったけれども、毛布なしは寒くて震えた。掴んで毛布にくるまってから、隣のナノンに寄り添う。
あれ。今、なんか嫌な夢を見なかっただろうか。
まぁいいか。ただの夢だ。
そう言えば、パッタリと生チョコを詰まらせる夢を見なくなったな。
真ん中のリクノの顔にソーヤの手がぶつかっていたから、退かしてやる。それから二度寝をした。
次に目を覚ましてから、ベッドから出る。廊下を出て流しで顔を洗い、歯磨きをすます。
部屋に戻ってもナノン達は寝ているので、私は着替えた。
黒のタンクトップと白の長袖シャツ。カーキーの短パンを履いて、黒のニーソを穿いた。
「おはよ……」
ロングブーツを履いていれば、ナノンが起きる。
早起きはいつもナノン。少しして、リクノも目覚める。最後はソーヤ。
3ヶ月経つと、3人の身長がずいぶん伸びた。よく動くから、よく食べてよく寝たおかげだろう。
私もちょっと伸びたけれど、抱きつくとお腹に顔を埋めてくるようになった。ベッドで雑魚寝すれば、私が落ちかけるほどだ。
着替えてから、朝食をとり、いつものように訓練を始めた。
「ソーヤ! 遅い!! ナノン、よく狙え!! リクノ、ボケッとすんな!!」
訓練所Bで、私は怒号のように声を上げる。
ソーヤは炎の魔剣を手に、炎の噴射を使って向かってくるが、遅すぎる。
ナノンが唱えた氷の魔法は、巨大な氷柱のように複数が飛んできた。だが、簡単に避けられる。狙いが甘い。
雷の魔剣を構えたっきり、リクノは動こうとしなかった。
「風よ(ヴェイド)!」
風の魔法を使い、細い剣にまとわりつかせ、噴射させる。その勢いでリクノに向かった。
目を見開いたリクノは、咄嗟に私の剣を剣で受け止める。床に着地するのと同時に、足を蹴り崩す。
「雷!」
床に手をつくと、リクノは雷を発動させた。
感電する前に、また風を使って私はリクノから離れる。
後ろから、フルパワーでソーヤが突進してきた。剣は受け止め、膝蹴りを食らわせる。
「ぐっ!」
「それでいい、ソーヤ!」
ソーヤはパワー型。全力で突っ込み、切り裂けに行けばいい。勘もいいのだ。経験を積み重ねて、身体で覚えていけばいい。
「リクノは攻めろ! 鞭!!」
植物の魔法で鞭を出し、消極的なリクノに振るう。リクノは私と対決する時は、全く動かない。しっかりやれ。
鞭は届かなかった。
ナノンが唱えた炎の魔法が降り注いだからだ。今度は私を狙っている。バク転をしながら、距離をとった。
「それでいい、ナノン! だが、お前らやる気を出せ!! 3人がかりで傷一つつけられないのか!? 1回くらい倒したらどうだ!?」
ナノンの狙いはいいが、炎の魔法に限る。
私を傷つける気がないのだ。
「3人がかりで、私一人倒せないで試験に受かると思うなよ! おチビども!」
「っ!」
「ナノン、詠唱! ソーヤは突っ込め! リクノは援護!」
煽ってから、指示を出す。連携を保って戦うことを、上手くなってもらわなくては困る。
ナノンが詠唱を始めれば、ソーヤはパワー全開で向かってきた。自分の背丈とあまり変わらない大きな剣。炎の魔法を利用して勢いをつけた。
最初に比べれば、上達している。アモンを叩き切るなら十分だが、私には勝てない。
「!」
炎を噴射しすぎだと思いきや、ソーヤの脇からリクノが剣を振り上げてきた。
ソーヤの炎が隠し、油断を誘ったのか。ナイス連携だ。
反応してリクノの剣を受け止めれば、電流が流れてきて身体が痺れた。力が上手く入らず、膝をつく。その私の首に剣を当てようと振る。しかし、手加減していて遅い。
私はブーツの中に仕込んだトンファーで二人の手を叩き、剣を手放させる。
「うわっ、ズルい!」
「風よ(ヴェイド)踊れ(ターン)!」
私を中心に竜巻を起こして、ソーヤもリクノも吹き飛ばす。
「アマンも持ってる武器全てで対抗するぞ! 首を落とすまで全力でこい!」
「本当に首を落としたらどうすんだよ!」
「フン、落とすほどの実力もないくせに」
「なんだと!?」
「悔しけりゃ勝ちな!」
喚くソーヤをまた煽っていると、ナノンの詠唱が完了した。
レベル3の炎の魔法。
炎を纏う溶岩が降り注ぐ。いい攻めだ。私は後ろに飛び退きながら、魔力で壁に貼り付くように駆ける。
「ソーヤ、リクノ、ボケッとするな! リクノ、詠唱! ソーヤは援護!」
見ているだけの2人に指示をして、壁から大きく飛んで床に着地。
無防備なナノンに向かおうとしたら。
「――なにやってるんだっ!!!」
男の怒声が響いて、私は震え上がった。
この声は……。
振り返れば、入り口にはハルバ隊長とニアさんがいた。
「ルカ姉!!!」
ナノンが叫ぶ。溶岩がまだ残っていて、私に向かう。
私は氷の魔法を唱えて、サッと炎ごと凍りつかせた。それは床に落ちれば、金切り声のような音とともに粉々に砕け散る。
ずっと目を放さないでいたハルバ隊長は、凄い剣幕のまま迫ってきた。
「これはっ……どういうことだ!? ルカゼ!!」
間近で怒鳴られ、縮こまる。
私も訓練生の時は、怒号を飛ばされて厳しく育てられたけれども、こんな風に怒られたのは初めてだった。
「……きょ、教育……です」
怒られて当然だと自覚しているから、目を合わせられなかった。
「これが訓練生の教育だと!? オレは訓練生のお前にこんなことをやらせたか!? これは部隊の演習じゃないか!!!」
ビクリとまた震え上がる。
ハルバ隊長の言う通りだ。
訓練生の教育は、剣術や射撃を教え、魔法を覚えさせるものだ。
今やっていたのは、現場でアマンを討伐するための戦いの演習。任務のない部隊が腕を磨くために、そして作戦の確認のために行うもの。
訓練生にまだやらせることではないのだ。
「ハルバ隊長……そんなに怒鳴らなくとも」
「いいや、ニアは黙ってろ!」
ニアさんが止めるけれど、ハルバ隊長は一蹴した。
私は泣かないようにグッと堪え、ハルバ隊長と目を合わせる。
「最近愚痴らないと思っていれば……いつから演習をやってる?」
「い、1ヶ月前です」
「……っ!!」
まだハルバ隊長は怒鳴ろうとしたけれど、堪えた。私がビクビクしているせいだろう。
「……何故だ?」
激情を抑えた低い声で、理由を問う。
「……試験に必要な魔法を、覚えてしまったからです……レベル2まで」
レベル2の試験は余裕で合格出来る。ナノン達の習得は早すぎた。
「2ヶ月で……っ。なら、ならなんで! 実演練習に行くべきだろう?」
ハルバ隊長は驚くけれど、私の肩を握り締めてその点を問い詰める。
十分に学んだら、訓練生は街を出て訓練用の地域でアマンと対決しなくてはいけない。実際にアマンと戦えるかどうかの試験だ。
「だ、だって、やっと1年経ったばかりだし……実演練習は普通半年後だし」
「それは普通の場合だろ! レベル2の魔法を覚えられたなら、実演練習に連れていくべきだ!」
私は一度押し黙る。
ハルバ隊長は正しいけれど、ナノン達が家族を亡くしてから、今月でやっと1年が経つ。
通常、訓練生になってから半年後にやるというなら、半年後でいいじゃないか。
「アマンの住む現場で、戦えるかどうかを確認するためなんだ。ルカゼ。一度目がダメでも、試験まで何度でもトライが出来る。早い方がいいんだ」
諭すようにハルバ隊長は、私の目を真っ直ぐに見て言った。
「甘やかすな。こいつらは、兵隊になるんだぞ」
グサリと突き刺さる言葉。私は奥歯を噛み締めた。
「なんだよ! ハルバさん! ルカ姉はなんも悪くねぇよ! ちゃんと教えてくれてる!!」
ソーヤがハルバ隊長の脚を突き飛ばす。
庇われるなんて、情けない。私は天井を見上げて、込み上げてきそうな涙を引っ込めた。
後ろから腰に抱きつかれたけれど、見なくともナノンだとわかる。
「ルカゼは、お前らがアマンとは戦えないって判断したんだ。お前らは戦えねーのか?」
「戦えるよ!!」
ハルバ隊長に、ソーヤは強く答えた。
「でもルカ姉に勝てない!」
「それは実演練習を合格してから再挑戦しろ」
ソーヤの頭を撫でて、ハルバ隊長は上手く宥める。
「……ねぇ、オレのせい?」
「え?」
手を掴まれたかと思えば、リクノが問う。
「長く……訓練生でいたいって、言ったから」
前にリクノが甘えてきて、ポツリと溢してたっけ。
「あー……違うよ。リクノ達の調子だと、半年経たなくとも訓練生から見回り訓練生に昇格すると思ってたんだ」
こうなることが予想できていたから、あの時は答えられなかった。
片膝をついて、ナノン達と視線を合わせる。
「……アマンと戦いに行けるか?」
彼らの目を見て、確認した。
「前も戦ったよ、ルカ姉」
ナノンがすぐに答える。
「前とは違う。森の中で、たくさんのアマンと戦うんだ」
「そのつもりだぜ、ルカ姉」
ソーヤは理解していると、真っ直ぐに見つめ返した。リクノも頷く。
3人は、決意を固めている。
その意思を尊重したい。実力もある。ちゃんと戦えると信じたい。
でも、なにか、引っ掛かる。コイツらを連れていけないなにかが、ある気がした。
「……ルカゼ、支部長に話を通すぞ」
ハルバ隊長に腕を掴まれたので、急いで行くことにした。
ナノン達には筋トレをするように言い、ニアさんに残ってもらう。
「……悪かったな、アイツらの前で怒鳴って」
「いえ、私が悪いので」
「いや、ああいう怒り方はよくない」
廊下を歩いていたけれど、ハルバ隊長は足を止めて私と向き合った。
「ルカゼはよくやってる。あんなにソーヤ達が上達したのは、ルカゼの教えがいいからだ」
頭を撫でて褒めてくれるけれど、私は喜べない。
「ソーヤ達を思いやっているのはわかってる。でも、お前の自慢の弟分達は、ちゃんとこなせるさ」
大きな両手で頬を包むと、ハルバ隊長は優しく微笑んだ。
それを見て、私は笑みを返す。
ソーヤ達なら、きっとこなせる。
「泣いてるのか? ルカゼ」
「泣いてません!」
からかうから、私はシャキッとしてズンズンと廊下を進んだ。
「ルカゼはオレの自慢の教え子だ」
「光栄です、隊長」
追いかけてきたハルバ隊長に腕を肩に回され、ぐりぐりと頭を撫でられた。
「生チョコやるから、怒鳴ったことは許してくれるか?」
「また生チョコで機嫌直そうとするー」
「直るくせに」
いつものハルバ隊長に戻ってくれて、笑われる。むくれれば、またぐりぐりと撫でられた。
支部長に話せば、当然のように驚かれる。困ったように笑うと、急遽、明日に訓練生の実演練習が決行となった。
20151123